ENo.687 ルーミリア・リィス

彼女のルーツ／2

「それじゃあ、練習したとおりに。がんばって」

背中を押されて、みぃは舞台に降り立つ。
客席にはびっしりと「人」及び「人ならざる者」が待っている。

ソロ・ステージは初めてだった。
みぃは扇子を手に、しっかりとステップを踏んでいく。
劇場の雰囲気は上々である。
みぃはこっちの仕事でよかったと、今更ながらかみしめていた。

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「遠征ですか？」
「そう、遠征。初めて行く場所だからポータルは使えないけれど、そう遠い場所でもないよ」
クーフェは明るく言って、みぃの金髪をなでる。
「もう、先輩、何でことあるごとになでるんですかぁ！？」
などといいつつも、みぃはクーフェになでられることは嫌いではない。
「いいじゃん、なでさせてよー。みぃってなんでこんなきれいな髪してるの？これ自毛よね？」
「え、ええ、いちおう……」
「いいなぁいいなぁ、舞もダンスもこの髪なら映えるよね。
　ね、ほんとにここくるまで未経験だったの？実力高くてびっくりしたわよおねえさん」
クーフェの本職は弓道だが、舞の綺麗さを買われて時折劇場で披露しているのだという。
もちろん、通常のダンスも素晴らしい。
「先輩の黒髪も、とても素敵ですよ。和服がすごく似合う」
「えっへへ、ありがとうみぃちゃん！」
そんなことを公道を歩きながらやっているものだから、二人はいつの間にか、この楽団の名物ユニットになっていた。

ちょっとした宣伝マスコットである。

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山をひとつ超えた隣街に入った楽団は、予定通りの公演を続ける。
すべて順調のはずだった。それを見つけるまでは。

みぃがソロのダンスをしている時、事件は起こる。

観客席の一角、ちょうど出口のすぐ横辺りの席に、みぃは踊りながら何気なく注意を向けた。
そこにそれが存在していた。
見間違うはずもない。何度も何度も思い描き、また会いたいと願っていた顔。
赤色のショートカット。
みぃは今にもダンスを取りやめて、跳びかかりたい衝動を必死にこらえる。
必死にこらえる。
必死に。

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「姉さま！会いたかった！」

曲が終わるやいなや、みぃはこらえきれなくなってそのまま観客席のその一角へ飛び出してしまう。
舞台袖でクーフェやその他演奏メンバーが慌てて止めようとするも、みぃを抑えきれなかった。

「姉さま！わたし、帰れなくってごめんなさい！」
息も絶え絶えに、みぃは嬉しそうにいう。
「……あなた、腕前はよいのに、まだ未熟なのね。もう少し落ち着きを得たらいいと思いますわ」
冷ややかだった目が、少し暖かくなったように見えた。
「……妹によく似ているわね」
「え？姉さま？」
「そう、妹も姉さま姉さまって、いつも呼んでくれていたわ。今、どこで何をしてるのかしら」
その発言に、みぃは少なからず動揺する。
動揺して、突飛な行動に走るのであった。

「……あの、楽屋で少し話を聞いても、よろしいですか？」

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「ごめんなさい、ここ、お茶とかなくって」
「気にしないで。それで、お話というのは？」
柔らかい所作で進められた椅子に座りながら、彼女、ファルは言う。
「……あ、あの。どこで何をしてるって言ってましたけど、妹さん、行方不明なの？」
「数年前から、ですわね。学園から追い出されたのがよっぽど堪えたのかしら」
みぃはあれ、とおもう。
この楽団に入ってからまだ数ヶ月しか経っていない。
そういえば、いまははいつなのだろう？それとなくエルフが使用している暦を聞いてみると。
「あれ……時間が飛んでる……？」
それはたしかに、みぃの知っている時間からその暦上で数年が経っていた。
やっと気づいたが、目の前のそのエルフは、みぃの知っている彼女よりも大人びている。

「そのいろんな表情の変化……ほんとうに妹によく似ている」
「……どうして……？
　姉さま、なんで気づいてくれないの？私はここにいるのに！」

涙ながらに訴えるみぃ。
ファルはその言葉に、先程から感じていたことを重ねあわせる。

「え？……ミリア、なの？」
「本当に、わからないの？」
「嘘でしょう？だって、髪の色も、肌の色も、眼の色だって」
それに、とファルは根本的な事実を言う。
「マナの色が違うのに」

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ばぁん！
みぃは勢い良く扉を開ける。
酒場のマスターはその音に少なからず驚いたようだ。
「……いらっしゃい、いつぞやのお嬢さん」
「どういうことなのですか！あの時のませたマジックアイテムは一体何だったの！？」

−−生き物にはマナの色と言うものがある。
視覚的な色とは少し違う概念なのだが、そのマナの色は生涯変わらないパーソナルカラーとも呼べるものである。
魔法に長けた種族であるエルフは、しばしばこのマナの色により個人を特定することがあり、また人工的にマナの色を変えるのは掟に違反することであった。

「君が望んだのでしょう？新しい君になりたいと」
「はじめに何もいっていないじゃないよ！」
「アレは体内に取り込むと望みの効果を3つまで作成する効果なのです。
　この街はほんとうにエルフには厳しい。
　あなたがなぜこの街に迷い込んだのかは知りませんが、アレを渡さない限り、あなたは間違いなくこの街で殺されてしまう。
　……一つ目の効果を誘導したのは、悪かったと思っています。
　ですが、マナの色すらも変えるとは、私も思ってはいませんでした。

　もしかして、逃げたかったんじゃないんですか？エルフの村の皆から。あるいは、自分の保護されている範囲からでしょうか。
ここは、エルフの生息地域からは大きく離れていますからね」

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街のハズレに一人、みぃは佇んでいた。
目の前は崖、その向こうには大きな緑が広がっている。
もう、家族じゃない。
その思いがみぃの胸をいっぱいにしていた。
私はもう、帰れない。
帰る場所は、ない。

泣きたくなって、泣かないように、歌を口ずさむ。
たった一曲だけ覚えている、故郷の歌。

たったひとつだけ残った、「わたし」のかけら。

「その歌……やっぱり、ミリアなの？」
その声に振り返る。
そこには、ファルが立っていた。
「……姉さま。ううん、もう、姉さまなんて呼べないよね」
ファルはその言葉に対し、いいえ、と頭を振り。
「あなたが私を姉だと思うなら、それが真実だと信じるのなら、あなたは私の妹ですわ」
「姉さま……」
「忘れないようになさい？うちに伝わっているその歌には、不思議な力がこもっているの。
　いつかわかる時が来る。あなたは一人じゃないということが」
「ごめんなさい……いつか、きちんと帰るから。何百年かかっても、何千年かかっても」
「……ええ。待っているわ、未来の妹。」
そうして、ファルは掻き消える。
魔力の読めないみぃにも、うっすらと理解はしていた。
今まで目の前にいたそれが、本物の姉ではないということを。
願いが形になっていただけだということを。

この場所は、エルフの生息地域から大きく外れた場所なのだから。

そしてみぃは、最後の願いを思い浮かべるのだった。
「こんな不器用なわたしでも、父さまと姉さまとが家族で、トラウ村の住人として暮らしていられることが、一番の幸せです」

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「……たった一つの、真実の歌」
その歌は、ゆったりとしていて、静かな歌だった。
わたしは歌う。

歌いながら、静かに舞う。
何かの力を得られるかのような、不思議な感覚だった。

あの時、願った姉さまが探しにきてくれたように。
今度はわたしが、迎えに行かなくちゃ。

だってきっと、エルフの生息地域から大きく外れた場所だろうから。