ENo.2810 快盗紅マグロ

で。

俺は今一人砂地に居る。
決してねーちゃんに妙に距離をとられている感が高まって居た堪れなくなったわけではない。決して。
ねーちゃんはちょっと休憩した程度でどうにかなるほど体調が芳しくなさそうだったから、
斥候するなら一人の方が身軽だと言い残し、今日一日は街で休んでもらう事にした。

嘘は言っていない。斥候はする。
斥候ついでにもう一つ、やらなきゃならない事があるとは言っていないが。

「で？今日は一体何をやらされるんでございましょうか？」
『何時になく不機嫌を全面に押してくるわね、そんなにあの子と一緒に居たかった？』
「べっつにー、休憩だけじゃなく宿屋で寝たかったなーなんて思ってねーですよ」
『…きっと、本当にただ宿屋で寝たいだけなんでしょうけど、どうしてそうも自然に誤解を招く言い方しちゃうのかしらね』
「何が」
『何も』

目的地までの間に、本日のターゲットについて情報を聞いておく。
なんでも身の丈に合わない大剣を持った女だとか。

『身長はあんたと変わらないくらい、剣のサイズは2mを超えるそうよ。見た目はエルフ族、まぁこれだけ特徴あればゴーグルなくても見てすぐわかるでしょ。』
「もう絶対わざとだ」
『偶然ってこわい』
「違う、わざとだ…」

わざとでなく襲った相手がここまで皆女絡みだなんてあってたまるものか。

「さっきの街でも手配書見かけたけどよ、『婦女子を専門に狙う強盗犯』とか注意書きがあったんだぞ？言い訳なんて欠片も出来ないけどよ、あんなのねーちゃんに見られたら気まずいなんてもんじゃねーし、流石にちょっとこれは」
『ターゲットは暫く此処の砂地から動いていないそうよ』
「無視！？…いや、もう、いいや…で？そのでかい剣取ってくりゃいいのか？正直あんまりでかいもん持ち歩きたかねーんだが、取りにでも来てくれるのか？」
『違うわ、耳飾りよ』
「耳飾り…ピアスとか、イヤリングとか？」
『翡翠でできた耳飾りとしか情報は入ってないわ。なんでも退魔の力が封じ込められているとか。翡翠ってわかる？』
「ごめん、わからない。でもまぁ耳飾りならつけてるだろうし、宝石なら綺麗だろ？」
『まぁ、磨かずに飾りにはしてないでしょうし…そうね。一応言っとくと深緑色の宝石よ』
「…なんかさ、すっごい久々にまとも…いや、久々っていうか初めてだよ。まともに価値のありそうな物を狙うのって。」
『失敬な』

…おかしい。

「…一体何を隠している」
『何が？』
「今までのケースを考えてまともな物のわけないだろう、どんな曰くつきの品なんだ」
『…知ってる？エルフ族の中には水中で呼吸のできる種族が居るらしいわよ』
「とぼけんな」

結局その後も適当なはぐらかしの結果、無駄な知識が増えただけでどんな品なのかは教えてもらえなかった。
本当に何もない純粋に高価な装飾品なのか、命に関わらない程度に何かが起こるのか…まぁ、前者はあるまい。
何もないならはぐらかす必要がない。
とりあえず嫌な予感がしたらそんな物は無かったととぼけよう、と考えながらターゲットを探す。
この辺は前の街と比べて生物も弱く、考え事や過去を振り返りながら探索する位の余裕はある。

「しかし、昨日は凄かった」
『休憩中に何かしたの？』
「まさか肉が降ってくるとはね」

銀クジラの言葉を聞き流し、昨日を思い出す。
砂地で襲いかかってきた鳥どもをどう食ってやろうかと考えていたら、ねーちゃんが何やら唱えると空から肉が降ってきた。

目を疑った。
思わず唖然とその様子を見ていたが、ねーちゃんにせっつかれ言われるがままにサポートし、
鳥を捉えた頃にはねーちゃんの袋は肉（と、よくわからない物体）で溢れかえっていた。

「いやー…思い返してもあれにはびっくりだわ。何なのあれ？どっかの密教でも信仰でもしたらできるの？
この世界じゃ無敵にも程があるだろ…ねーちゃんにどうやってるか聞いても大丈夫なもんかな」
『私も驚いたわ。あれは噂に伝え聞く召喚術、”叉門毘遺符”ね…』
「さもんびいふ…？知っているのか銀クジラ」

『ええ。叉門毘遺符…それは空間の歪みを異界と繋げ、様々な者を呼び出す召喚術が源流となったものよ。通常召喚術は契約した存在に働きかけ、此方からの道と向こうからの道を繋げる事によって、決められた存在を円滑に呼び出すっていうのが一般的な召喚術って、私の持ってる本に載ってるんだけども、叉門毘遺符は此方から対象までの道を作り上げて無理矢理対象を持ってくるのよ。普通そんな事を行えば対象に抵抗されるなり、下手をすれば牙を向いてくるのでしょうけど、無機物相手にそれを行う事でその問題を解決しているのね…そうだとしても、一方的に繋ぐだなんて制御も難しいでしょうし、物が1つで無限にあるならまだしも、有限な物を幾つも持ってくるなんてどうやって目標を付けているのかしら。呼び出した物が還ることも無いし…少なくとも、こんな技を安易と使いこなしているあの子は相当の技量を持っていると思っていいわね』

「何言ってるのかさっぱり理解できないけど、とりあえずなんかすげー技で俺には使えそうも無いことは分かった」
『下手に手を出して、何処かに飛ばされたりしないよう気をつけることね。あんた本当に迂闊なんだから。本当に』
「…おう」

まぁねーちゃんを怒らせるような事はしない様に気をつけよう。
ただ問題は、ねーちゃんやおばさんに限らず、女ってのは何がきっかけで怒るのか、俺にはさっぱりわからないって事だけだ。

「とりあえず褒めておけばいいか…？」
『そのとりあえずって部分がもう既にアウト』
「一体どうすればいいんだ…」