ENo.1828 霊夜　代

国門の外。
国境から少し離れた、小川が流れる平原。

「……こんなところで、一体何を？」

「いいから。黙ってついてくる。」

俺はリンを呼び出して、国を出る。
こんな僅かな時間外に出るだけで出国手続きがいるんだから面倒な国だ。
しかもついてきてる人が人なだけに余計に時間を食ってしまった。
気が付けば少し日が傾いてる。もうすぐ夕方だ。

平原に立つ、一本の樹。
国の外で誰も手入れされていないのだろうか、近くは落ち葉で溢れていた。

「知ってる？　世界樹のこと。」

「世界樹？」

「樹はね、意外と魔力の源なの。時には樹が世界を造ったり、葉が人の姿に変えて襲う事もあるんだから。」

「へぇ……そうなんですか？」

「うん。で、樹の中でも特に強い力を持ってるものを世界樹って言うんだよ。例外はあるけどね。」

「へぇ……怖いけど、素敵な話ですね。」

「ま、これは世界樹ほどではないけど、世界樹のタマゴと言ってもいいぐらい強いものだと思うよ。星牙が言ってた。」

「はあ……ところで、星牙さんは何故私を避けてるんでしょうか？」

「あの人本当に女の人嫌いなだけだから、気にしないで。」

「はあ……」

軽く余談を話したところで、樹に登る。
そしてそこに置いてた荷物を取り、素早く降りた。

「……ま、この樹なら荷物を預けられるかなって。見たところ、人も管理してなさそうだしね。」

「……。」

「ん、どうしたの？」

「……。」

リンは俺の荷物をずっと見つめている。
まるで、そこに『何か』があることを知っているかのように。

「……勘がいいね、幽霊が見れるとかいう力のせい？」

「まさか……」

「そ。あんな話聞いた後じゃ、流石に会わせてあげたいでしょ？」

「……そう、ですか。」

袋から、小さな箱を取り出す。
木で出来た、焼けた跡のある木箱。

「……この木箱はね、俺が作ったんだ。」

「……。」

「最期にね、廃墟の家に居たんだけど……そこを去る際に、足跡を残したくなくて燃やしたの。そのときに燃え残った木材で作った。」

「……貴方、一体…………」

「……ただの賞金稼ぎだよ。ただの、ね。」

「……。貴方、何歳ですか？」

「……今年で18、だったかな。誕生日とか覚えてないんだよね。で、この木箱作ったのは8年前かな。」

「8年、前……」

リンはそれだけで口を塞いだ。
どうやら全てを悟ったらしい。

何も言わずに、木箱をそっと渡した。
リンは少し驚いたけど、その箱を震えながら受け取った。

「本当に幽霊が見れるかどうか知らないけどさ、俺よりも付き合いが長いみたいだし……お話してみたらいいんじゃないかな。」

「……そう、ですね…………」

「じゃあ、俺はあの川のほうに行ってるから。満足したら言って。」

「……はい、ありがとう……ございます…………」

リンはそれから目を閉じて、しゃがみこむ。
俺は言った通りにその場を離れ、川のほうに歩いていった。

川には星牙が一人佇んでいた。

『良いんですかねぇ。死んでるとは知らなかったみたいですし、彼女に遺骨と会わせるのは……』

「さあね。俺は知らない。」

『おや、案外冷たいんですね。』

靴を脱いで、足だけ川に突っ込ませる。
身近にあった石を拾って、川の中に石を投げ入れながら時間を潰していた。

「……さっきさ、復讐が目的で居るって事言ってたじゃん？」

『ああ、彼女に自己紹介した時ですか。』

「……俺はしないからね。」

『別に、其れは俺の目的ですからね。手伝って貰うなんて考えてませんよ。』

「……状況によっては、阻止もする。それでもいい？」

『……おやおや。恩を仇で返されるのは心外ですね。』

「裏切り上等。もう何年も前から思ってるよ、俺はどうなってもいいって。」

『……。』

星牙はやれやれと言った感じで隣に座ってきた。
まあ普段は俺の身体の中に居るのだから別にこんな事しなくてもいいと思うのだけど。

『……後悔してますか？』

「何に？」

『今に。』

「まさか。こうしてのうのうと生きてられることが一番の幸せだと思うよ。」

『……貴方はまだ、小さい頃の事を。』

「……一生忘れる訳が無いじゃない。あの最低な父親と母親の事。」

『……没落、しましたねぇ。』

「死ねば良いとも思ってるよ。俺の敵は全員。」

『其れは怖い怖い。敵対しない事を祈ってますよ。』

「さあてね……」

星牙から時々、残酷だと言われる事がある。

小さい頃、俺には家族は居た。
でもその家族は俺を見てくれなくて、不出来な俺を蔑んでいた。

教育という名の虐待。
そうなるのも時間の問題だった。

何歳の頃だっただろう。
星牙と出会ったのは。

最初、星牙は死神だと思った。
星牙も俺の命が目当てのようだった。

……でも、何故かその悪魔は俺に生きる力をくれた。
そして、俺はあの家を出たんだ。一人で。

「……正直に言うとさ、他人は信じられない。」

『おや、人に親しく接している様に見えるのに。』

「そう見せてるだけ。まあ、何人かは信用出来ると思って接した事はあるけどね……」

『……きっと、その中には彼が含まれているんでしょうね…………』

「……。」

師匠と出会ったのは家出をした一年経ったか経たないかといったところ。
あの人に賞金が懸かっていたから接触した……そんな筋書き。

実際のところは、最初からあの人には接近するつもりだった。
それが星牙が俺に協力するための『対価』だったから。

最初は、その人の事を信用はしてなかった。
他の大人と同じで、いつかは裏切るんだろうと思ってた。

「何て言うかさ、あの人は不器用なんだよ。」

『は？』

「見捨てるって言ってくる癖にいざとなったら助けに来たりさ、酒が手に入らないと解ったら最低半日は愚図るしさ、珍しく料理してくれると思ってたらくそ不味いしさ、ちょっとした事で怒るしさ、すぐに説教とかしちゃうしさ。」

『はぁ……』

「……でもさ。嘘はつかないよね。」

『まあ、俺も貴方も嘘吐きですからね。真反対の奴でしたね。』

「……俺にはできない事を簡単にやる人だから、羨ましかった。」

『……。』

「それで、思ったの。この人は幸せになってほしいって。今となっては、俺が出来るのはそれぐらいだから。」

『……その為に、自分を犠牲にするんですか。』

「言った筈だよ？　俺はどうなってもいいって。」

『……。』

そう。あの時の恩をあの人に全部返す。
それが今、俺が生きている理由。

「……邪魔なんだよね、師匠に罪をなすりつけた奴。」

『……まあ、其れには同意します。』

「……咎人の魂は地獄行きだっけ。なら、その咎を無くせばいい。」

『確かに、輪廻転生の輪には咎が無ければ加わる事は可能になります。後は、本人の意思ですが……』

「大丈夫大丈夫、幸せになりたくない奴なんて居ないって。」

『……まあ、そう……ですね。』

「そゆこと。その為なら邪魔な奴を潰すぐらい、どうってことないよ。」

『……やれやれ。』

師匠の咎を消す為に、自らが穢れる。
それが俺が生きると思った道だから。

それから数分が経った辺りで。

「あの……すみません。」

「お？」　『お？』

リンが、木箱を持ってやってきた。

「……気持ちが落ち着きました。あの……これ……」

そう言って、木箱を差し出す。

「あ、それさ……全部落ち着いたら、この国の墓地に収めてくれないかな？」

「……それは、出来ません。」

「え？」

意外だった。
確かに今は無理かもしれないけど、元々はこの国の人なんだから……

「……これはお返ししますね。」

そう言って、リンは笑顔で木箱を返す。
……どういう意味なんだろう。

仕方なく俺はまたあの樹の上のほうに、他の荷物と一緒にしまっておく事にした。
また登るのか……面倒だなぁ。

「……本当に羨ましい。」

『女の嫉妬とは、恐ろしいですね。』

「……骨にも、魂は残るんですよ。それは貴方もご存知でしょう？」

『まあ、だからこそ見せて良いのか気になったんですがね。あいつは知らなかったみたいですね。』

「……彼と話をしました。そして……彼の決意を知りました。」

『……そうですか。其れは未だ、彼には御教えしない様に。』

「ええ、そのつもりです。」

樹から下りると、リンと星牙が何かを話してるようだった。

「りゃ？　二人して何を喋ってたの？」

「ふふ、秘密です。」　『はは、秘密ですよ。』

「……何なの？　二人して気持ち悪い。」

気が付けば日は暮れて、もうすぐ夜になりそうだった。