ENo.179 雑草王女

　全ては、あの日から始まった。
　人は生まれ、人は死ぬ。
　天に軌道があれば、人には運命がある。
　炎に追われ、閃光に導かれ、辿りゆく果ては何処。
　だが、この命、求めるべきは何。
　目指すべきは何。
　打つべきは何。
　そして、我は何。

　次回第１７話『雑草王女／Ｚｅｒｏ\x87U’ＴＵＲＢＯ』

　目も眩む破壊の中を、歩行雑草が走る。

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第１７話『雑草王女／Ｚｅｒｏ\x87U’ＴＵＲＢＯ』

　緑は虹色天幕団員になった。
僕は団員ではないものの、準構成員とでも言うべき扱いとなった。
別に騙されたわけじゃない。
僕が同席して相談することも許されていて、二人で相談もした。
その後の一生を左右する選択を一ヶ月そこそこで迫られるというのは、
確かに少し乱暴じゃないかと思いはしたけれど、
今にして思い返せば、まだ温情ある対応だったと思う。
それは、僕らが生き残ることができるとするなら、虹色天幕に入る他なかった状況で、
僕らに他の選択肢が無いことを見越しての対応だったんだろうけど、
比較的紳士的な対応だった。

　非人道的な任務に付く可能性があることを示唆されて入団を拒んだ人も見たことがある。
誰だって、とは言えないけれど、
少なくとも僕と緑は人を傷付けたり、ましてや殺したりなんて今でもしたいわけじゃない。
でも、僕らは虹色天幕に入らずに死ぬよりも、
虹色天幕に入り、生き残ることを選んだ。

　緑が生きることを諦めない限り、僕は緑の盾になる。

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えにし「モッサアアアアアアッ！」

　緑が初めて能力を発現させた時、僕は歩行雑草になった。
はっきりそれを意識できたのは、歩行雑草になって暫くしてからだった。
その暫くの間の記憶は全く無い。
緑によると、僕は緑を抱えて家を飛び出して逃げ去ったのだという。

　最初は兎に角驚いた。
まず、気が付くと、僕とさして変わらない身長であるはずの緑が、
まるで子猫のように僕の腕に乗っていたことに驚いた。
最初は緑が縮んだのかと思ったけれど、周りを見て気付いた。
僕が大きくなっているのだと。
そして、ガラスに映った自分を見て気付く。
人間じゃなくなったと。

　本来緑の体の一部しか歩行雑草化させられない緑の能力が僕に作用したのには、
僕と緑が双子で体や魂が非常に近しいから、緑が必死だったから、
色々な理由が挙げられたけど、今でも結局よくわかっていない。
実際虹色天幕の中には僕らの能力を解明したいとかで
実験や研究をしたいと希望する人たちもいたけれど、
最低限の、健康診断に類するようなもの以外は、緑が全部断った。
それこそ、虹色天幕に入っていなければ、実験動物として彼らに捕獲されていたのかもしれない。
他にも、例えばあのアードナスという女の人のような、珍しい生き物を欲しがるコレクターだってそこらじゅうにいる。
実際に狙われたことだってあった。
アードナス邸に招待された時も、緑はまず行かないと決めた上で他のメンバーと今後の進路について話をしていた。
誰も異論を述べなかったけれど、異論が出たなら潰しに掛かったはずだ。
緑は常に、僕のことを第一に考えてくれる。
それはとても嬉しいなって、そういつも思う。
でも、時として、そのあまりに手段を選ばないところが心配にもなり、怖くもなる。
他者の犠牲を厭わないところも兎も角だけれど、自分自身が被る犠牲だって、緑は厭わない。
緑自身が死ねば僕にマナを供給できなくなるのだから、自分自身の命を犠牲にすることだけはない。
それがせめて唯一もの救いなのかもしれない。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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　僕はもう緑からのマナの供給無しには生きられない体になっている。
実際に試したことはないけれど、マナが枯渇すると、僕は多分死ぬ。
他の歩行雑草みたいに溶けて蒸発するのか、死体が残るのかはわからないけれど、多分死ぬ。
歩行雑草形態を維持できないマナ量になった時に味わうあの例えようのない不安感は、
多分死が迫っているというサインなんだと思う。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　それは、当然、歩行雑草なんかにならずに、普通の人間のままでいられれば一番良かったんだと思うけれど、
そもそも僕は緑に歩行雑草にしてもらっていなかったらそのまま死んでいた。
緑と二人で虹色天幕に身を寄せたことに対して後悔なんてあるわけがないように、
僕は緑が僕を歩行雑草として蘇らせたことについて、感謝しこそすれ、後悔したり恨んだりなんて決してしない。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　流石に普段は気恥ずかしいし、そんなことを取り立てて言ったりはしないけど、
僕は緑に感謝しているし、それこそ・・・愛している。
これこそ言ったら色々勘違いされそうであまり言えないけれど、変な意味じゃなくて、妹として愛している。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　もし自分が歩行雑草じゃなければということは、これからも考え続けることになるだろうけれど、
歩行雑草として生まれ変わって、たった一人の家族である妹を守ることができる肉体を手に入れたことに対して、
感謝している。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　それと、これも多分考え続けることになるだろうと思うことが、もう一つある。
緑が僕を重荷に思っているのではないか、ということだ。
緑は絶対に僕を生かし続けると公言して憚らない。
それこそ、僕が緑を大事に思う以上に、緑は僕を大事に思ってくれているのだと思える。
それでも、僕は自分が緑にとって、重荷に、足枷になってはしないかと、自問自答し続けるのだと思う。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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　緑の身長はこの７年間変わっていない。
それは、僕の所為だ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　緑が歩行雑草を生み出すのにはマナを使う。
僕の生命を維持するのにも、同様に、マナを使う。
しかし、他の歩行雑草を生み出す際と、僕に対してマナを注ぐ時とでは、決定的な違いがある。

　僕に対してマナを注ぐ際だけ、緑の体から成長エネルギーとでもいうべきものが一緒に吸い出されている。

　実験に携わった学者の詳しい説明は覚えていないけれど、要約すればこうだ。
同時に、それは僕がこうして異常なまでの巨体になるに至った原因でもある。
緑が本来成長するために消費したであろう成長エネルギーを、僕が消費することになった。

　僕が余分に成長した分、緑は成長できなかったのだ。

　それだけじゃない。
自由、苦労、時間、金銭・・・緑が僕のためにどれだけ犠牲を払ってきたのかわからない。
僕に見えないところでも、何かしらの犠牲を払っているに違いない。

みどり「この体であり続けることは、誇りよ。」

　かつて緑はそう言ってくれた。
僕たちにはもうお互い以外に家族はいない。
でも、兄であるからとか、家族であるからとか、それだけの理由で果たしてここまでのことができるだろうか。
家族間で殺し合うようなところだって、何度も見てきた。
それに、かつて僕を殺したのは・・・

　母さんだ。

　僕は緑のように母さんを恨んだりはしていないけれど、
母さんが僕を殺そうとしたのは事実だ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

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みどり「どうしたの？」

えにし「ああ、ちょっと、何だか色々思い出しちゃって・・・」

みどり「そう・・・私も、桜を見ると昔のことを思い出すわ。」

　逃げ延びた桜の樹の下で泣きじゃくる緑をあやしたことが昨日のことのように思い出される。
緑も同じようなことを考えていたんだろうか。
もう昔から一緒にいるというような人は、僅かだ。
虹色天幕に入る以前の人のつながりなんかは、もう無い。
母さんが亡くなって親族はひとりも居なくなったし、
それ以外の知り合いと言えるような人たちも、災害で散り散りになった。
虹色天幕に入ってからこっち、それなりに人付き合いのようなものもあるにはあったけれど、
それはやっぱり殆どが仕事仲間とかそういうつながりで、
友達とか気を許せるとかそういうものじゃなかったと思う。
でも、少ないながらも、そういうつながりも、やっぱりあるにはあった。
それこそ、緑には話していないけれど、好きな女の子だっていたんだ。

えにし「えっ・・・」

みどり「どうしたの急に立ち止まって・・・えっ・・・？」

　死んだはずの人に出会うというようなことも、虹色天幕にいれば少なくはない。
何事も慣れなんだと思う。
最初はそうしたことでひどく驚いていたとしても、
慣れてきたら次第に驚きも少なくなってくる。
でも、それが、単なる仕事仲間とか友達とかいうよりも、もっと縁の深い人だったとしたら、どうなってしまうのか。

それが、初恋の人だったとしたなら。
それが、虹色天幕を裏切った反逆者だったなら。
それが、僕の目の前で惨たらしく殺された女性だったなら。
　
　僕は、考えるのをやめて立ち尽くすことしかできなかった。