ENo.1470 なきぃる

ここはどこだろう・・・？
森の中だ
今まで行った事のある場所を
すべて覚えている訳じゃないけど・・・
来た事のない森だ。
見たこともない木々が茂っていて
名前も知らない花々が足元を飾っている。
鳥たちの歌声が聞こえてくる。
これも知らない鳴き声・・・とても楽しそう。

ここはどこだろう？

辺りをキョロキョロと見渡していると
コツンと頭を叩かれる。
いつの間にそこに居たのか
真っ白なローブを羽織った男性が呆れ顔で立っていた。

『なきぃるさん。集中して下さらないと・・・』

この人は誰だろう？

『さぁ、講義を続けますよ』

男性は教科書の様なものを開くと
何かについて話し始めた。

あぁ・・・私はこの人から授業を受けているんだ。
この森の中で・・・
何の？

『水は大地から大気へ、そしてまた大地へ還る。
上方向への縦への循環。
そして、生から死への循環を司ります。
大地はゆっくりとですが隆起し、そしてまた地中へ潜る。
下方向へ縦への循環。
そして死から生への循環を司ります。
水と大地の関係は言ってみれば数字の８の様なものです。
この二つが相互に影響しあい作られているのが
世界の営みと言えるでしょう・・・
ちゃんと聞いていますか？』

男性はまた呆れたような顔をする。
今度は小さくため息をついた。

聞いてますよ。
ところで聞きたい事があるんですが・・・
ここはどこですか？
貴方は誰ですか？
どうして私はここで
おそらく四大元素の働きの講義を受けているんですか？

男性は私の矢継ぎ早の質問を受けて
ちょっと困った表情になる。

『また忘れてしまわれたのですね・・・。
名前を教えることはできませんが
私は貴方を導くようにと言われた者です。
ここは聖なる森、精霊や様々な古代の生物、上位種がいる森です。
セルフォリーフや、貴方が居た元の世界とも違う世界』

あぁ・・・なんか思い出してきた。
お姉ちゃんと夢であった事あるんだった。
あんな感じの場所なのかな？

『別物ですが、まぁ、似たようなものだと思っていて下さって構いませんよ。
肉体ごとこちらに転送するのは大変な作業になってしまうので、
眠っている間だけ、こちらに来ていただいてるのです。
そして、あなたがここで学んでいる理由ですが・・・
触りだけしか説明できませんが
貴方がいつまでも気付いて下さらないからです。
私のお仕えしている方が、しびれを切らしましてね。
ここで貴方に考える基本となる要点をお教えしていると、言う訳です』

私が何を気付いていないと？
まぁ、色々気付いて居ないだろう事はあるけど・・・
ってか、貴方が使えている人って誰？
答えを聞いても、さっぱり理解できない。
根本的な部分の疑問が一向に解消されない。

『まだ聞きたい事はあるようですが
さっきの説明の続きを終わらせてしまいましょう』

男性はまた教科書を開いて淡々と話し始める。

『水・大地が縦方向の循環であるのに対して
風は横方向の循環。すべてに等しく変化を与える力。
時を司ります。
火は循環せず、３つの循環の内側に存在し
３つの循環が滞る事のないように廻す力となります。
そして司る物は破壊と創造です。
ここまでは理解できましたか？』

理解できた。
魔術の基本概念のおさらいでしかない。

『さて、貴方は私と私の使えている方の素性をお知りになりたいようですが、
それをお教えすることはできません。名前を明かすことは禁忌の１つです。
代わりに他の質問にお答えしましょう。』

だったら、どうして私が水の魔法が使えないのか説明してみせて！
他の兄姉が天才的な術者なのに、どうして私には才能がないの？！
私は『いらない子』「オマケの子』なの？

『先ほどの説明を聞いてらっしゃいましたか？
あまり教えてしまうと･･･私が怒られてしまうのですが・・・』

適当な事を言って、実は分からないんでしょ？
誤魔化そうとしても駄目。

『分かりました。お教えしましょう。
貴方の兄姉の力を見て分かるように、彼らで水の力は完成しました。
だからこそ、貴方が生まれたのですよ・・・なきぃる』

声の感じが変わった。
さっきまでの、ちょっと距離を置くような話し方から
近しい親族に語りかけるような
子供をあやす時のような
優しい言葉の響き。

『貴方の力は縦方向への循環の力。
大気を経て天空に上がり、また再び地上へ戻る為の力。
そして風と共にあって横に循環する力。時を司る力。
分かりますか、なきぃる・・・
貴方は与えられているのですよ
他の３人の兄姉に負けないほどの力と使命を』

あ・・・『循環しない水は腐る』ってこういう事だったのか。
姉上やお姉ちゃんは知っていたんだ。
兄貴は・・・きっと理解していない。それは確信できる。

『ちょっと教えすぎてしまったようですね。
これは反省文では済まないかもしれません。』

男性は少し寂しそうに笑う。
そして、森の景色がゆっくりと色を失っていく。
見えなくなっていくのではなく、白に溶けて行く。

『そろそろ戻る時間です。
もしかしたら、もうお会いできないかもしれませんが
覚えていてください。私は貴方のそばに居ます。
いつでも、どこに居ても。
あなたにとっては、ほんの数日前の出来事でも
あなたにとっては、些細な約束でしかなくても
私には数百年の時間の果ての再会なのです
覚えていてくださいね！なきぃる！』

再会？
以前にも出会った事がある？

『次は生きている人間の姿でお会いしたいものです』

完全に白に飲み込まれた世界の中心。
２人の間に眩しい光が溢れだす。

そして・・・目が覚めた。
最後に聞こえたのは羽根の音だったのだろうか？
リアルな夢。
夢？鳥の鳴き声も花の香りも、全部覚えている。
もちろん、彼の言っていた言葉もすべて。

あれは夢？