ENo.121 風の加護を受けしモノ

　　　前回のあらすじ

　　　小さな村で休憩していたルリたちの耳に、轟音が響く。

　　　外に出てみると、そこには巨大カマドウマが暴れまくっていた。

　　　追い詰められたルリたちの前に、一人の女性の声が響いたのだった。

？？？「まったく……騒がしい虫けらね。」

　気が付けばカマドウマの遥か後方、丸太を組んだだけの粗末な村の門に、大小二つの影が佇んでいた。

　先程の声は小さい影、女性が発したらしい。

カマドウマ「おっ？
そこの娘も、私と愛を語りませんかッ！」

「そ、そこの人、危ないッ！！」

　カマドウマたちは新しく表れた者を標的に選んだらしく、ルリたちを囲んでいた二匹はそちらに跳ねて行く。

　それを見て、もう一つの影、ひょろっとした大きな男は戸惑いの色をにじませた。

？？？「み、緑（みどり）。
虫たちが向かってくるよ！」

みどり「慌てることは無いわ、緑（えにし）。
私たちならあんな虫けら、楽勝よ。」

えにし「う、うん。
でもあまり僕は気が進まないな……。」

みどり「相変わらず優しいのね、緑。
でもこれも必要なことだから。
さ、行くわよ。」

　少女は自らの黒髪に手を伸ばし、数本毛を引き抜く。

　そしてそれを、ふぅっと一息吹きかけた。

　そこから事態は一変する。

　抜けた毛は地面に落ちるより早く、急激に体積を増し、人型をとった。

「あ、あれって……歩行雑草！？」

　全身が濃い緑色に染まった、筋骨隆々のいかつい顔の歩行雑草。

　並の人間より若干小さいくらいのそれらは、まるで機械で操作されているかのように、規律よく戦いの陣形を組んでいく。

　以前召喚されてこの世界に来た時、ルリは召喚術師のスライムと共に、一匹の歩行雑草と旅をしていたことがある。

　だが当時はたくさんいた彼らは、この度訪れてからは、一度も見ていない。

　だからこの世界に、歩行雑草は居ない。そうルリは思っていた。

みどり「あれで虫けらの一匹は押さえておくから、もう一匹を頼むわね。」

えにし「モッサアアアアアッ！」

　さらにルリにとって驚く光景が広がった。

　えにしと呼ばれた、一見人間の男性にしか見えなかった物が、爆発するように急激に膨らみ、その姿を歩行雑草に変えたのだ。

　その体長は毛から召喚されたように見える歩行雑草よりずっと大きく、村の民家の屋根まで届いている。

　巨大なモッサーっと咆哮を上げ、地鳴りを上げて歩行雑草たちはカマドウマに突撃していったのだった。

　戦いは一方的な物だった。

　小さな歩行雑草たちが一匹を足止めしている間に、巨大歩行雑草はもう一匹のカマドウマと対峙した。

カマドウマ「これこそが愛の形ッ！！」

　カマドウマは、臆することなく巨大歩行雑草に突撃する。

　ズドンッと腹に響く音と共に、大木すらへし折りそうなタックルが巨大歩行雑草に叩き込まれる。

　だが巨大歩行雑草はそれをガッチリと受け止めた。

みどり「そうよ、まず浮かして動きを止めてしまえば、もう手は無いわ。」

　カマドウマは強靭な後ろ足でジャンプするが、持ち上げられているこの状態では地面を蹴って逃げることもできない。

　せめてものあがきと齧りつくが、頑丈な巨大歩行雑草の肌にはまったく歯が立たない。

えにし「モッサアアアアアッ！」

　　　ガギッ！　ブチブチッ！！

カマドウマ「ぐぎゃああああぁぁぁああああッ！！！」

「ひっ！」

　そして巨大歩行雑草はカマドウマを押さえつけたまま、力づくでその節くれだった脚を千切り取っていく。

　身の毛がよだつほどの叫びもどこ吹く風で、六本の脚、ついでに触覚ももぎり取ってしまった。

　巨大歩行雑草は、ダルマ状になったカマドウマは放り捨て、残ったもう一匹のカマドウマへと突進していったのだった。

・・・・・・

・・・

店主「助かった・・・・・・」

　あの後の一方的な虐殺――あれは戦いと呼べない、はあっけない物だった。

　もう一匹のカマドウマも同じように手足をもがれ、今はピクピクと痙攣しながら転がっている。

　気が付けば歩行雑草たちも巨大歩行雑草も姿を消し、緑の少女と男がこちらに近寄ってくる。

みどり「貴方が村の代表かしら？
私たちは『食料の運搬』を依頼された者よ。
荷は村の外に置いてあるわ。」

店主「あ、ああ。アンタらがそうだったのか……本当に助かったよ。
ちょっと待ってな、いま報酬を持ってくるから」

　店主は散らばったカマドウマを恐る恐る片付ける村人たちの間を抜け、村の中央の家へと向かっていった。

みどり「お疲れさま、緑。」

えにし「あ、うん。
ん……？　どうかしたのかい？」

「ど、どうして……あそこまでやらなくたって。
追い払うだけじゃ、ダメだったんですか……？」

　ルリは震える体を抱きしめ、そう問いただしていた。

みどり「いいえ、これは必要な対処よ。
ヤツらはこの村を定期的に襲っていた。つまり近くに住んでいるということ。
例えいま追い払ったとしても、またすぐに来たでしょうね。」

「それでも……ッ！　殺すだなんて――」

みどり「甘いわね。」

　その一言に、ルリの言葉が止まる。

みどり「貴女、名前は？」

「……ルリ、です」

みどり「そう、じゃあルリ。勘違いしないで欲しいのだけど、私たちだってしたくて殺している訳じゃない。
必要だから、そうしただけ。
この世界で生きるということは、その“覚悟”を持つということ……貴方は持っていないのかしら？」

「う……そ、そんなの……」

みどり「貴方のその“甘い優しさ”だけで、どこまで行けるかしらね。」

えにし「緑……ちょっとそれは、言いすぎじゃないかな？」

みどり「――そうね、この娘に言っても仕方ないわ。
でもねルリ、この世界で生きる以上、きっと貴女にも決断する時がくるでしょう。
覚悟だけは、しておくことね。」

　そこに店主と村長らしき人物が駆け寄ってくる。

　そして感謝の言葉を報酬を受け取って、二人は村を去って行った。

「ママ、だいじょうぶなの？」

「ええ……平気、よ」

　ルリはギュッとシュイを抱きしめる。

　何も言い返すことができなかった、語る言葉を持っていなかった。

　彼らのしていることが、正しいとは思えない。けれど、それに対する自分の思いが出てこなかった。

　視線を上げると、ちょうど村人たちがカマドウマの死骸を運んでいた。

　アタシも、いずれこのように誰かを“殺す”時が訪れるのだろうか。

　そんな仄暗く、吐き気をもよおす考えが頭をよぎった。

「ううっ……アタシ、どうすればいいんだろ……」

？？「ふー、アイツら派手にやってんなー。
ん？　おい、嬢ちゃん！　嬢ちゃんじゃねぇのか！？」

「……え？　あ、貴方は……！」

スペシャルサンクス：『ENo.179 雑草王女』様