ENo.117 JAZZY

『―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッッ！！！！」

吼えた。
大気が恐怖したのかと思う震動が搭乗席まで伝わってくる。鳴動。座席の安いシートも肘置きに繋がる操縦桿も、コクピット内に点る警告灯の赤も揺れた。
吼えたのは何だ、と一瞬の疑問は当然としてしかしすぐに答えは出る。JAZZYだ。あの無垢なる機体が持ち合わせていないはずの声帯を以て叫んだのだ。

黒鉄「――はっ」

思わず零れたのが自分の息だと、それが笑いだと自覚しなかった。
これだ、これが見たかったんだ。
操縦桿から飛ばされる電気的な指示はJAZZYの脳幹に最早届かない。レバーをどれだけ握り締めようと、彼は手に入れ始めた自らの意思をそれに沿わせたりしない。
ただ、その意識はまだ言葉にもならない獣の意志だ。俺には分かる、あの雄叫びは赤子の鳴き声だ。欲しい、欲しいと泣く飢餓の叫びだ。

黒鉄「いいぞJAZZY、思う様にやれ。分かってるんだろう？お前の欲しいものがどこにあるか！」」

俺の言葉に答えるようにまた一鳴きが聞こえてくる。そうしてすぐにまた不穏な音も届き始めた。
金属の部品が軋み、罅割れ、歪んで別の何かになる不快な響きだ。しかしそれすらも今は期待と楽しみに変わっていく。
頭の上でせわしなく明滅する警告灯もパレードを照らすフラッシュライトのようだ。

寧火「shuuuuuuuutup！！！！いいぞじゃねええええええええ！！！このクソやかましい音も言うこと聞かないわがまま小僧も何とかなんないのかよ！黒鉄！！」」

寧火「どう考えても大丈夫じゃねえだろ！ふざけんな、アタシは降りる！降りるぞ！！」」

寧火が焦りと動揺で操作盤にその手を叩きつける。
そのタイミングで鳴動が一瞬の落ち着きを見せた。

止まった？と思うとすぐに静かな軋み音がする。首を静かに回していた。
途端モニタに大映しにされるのは、リンクス。見た覚えのある機体だ、確か俺達を追ってきたスワンプリンクスとかいうタイプの。
映像ウィンドウがモニタだけでなくコクピットにどんどんと現れていくのを、俺は歓喜で出迎えた。

黒鉄「そうだ。それだ。お前の思う通りにするといい」

がくん、と衝撃が起こった。続いて凶悪なまでの爆音が追ってきたのは、つまり急激な速度変化だ。初速から焼ききれるようなブーストを噴出したのだと分かる無茶苦茶さで機体は目標に向かおうとする。
機体パーツがまだ安定せず、不良部分を整備もしていない状態でそんなことをしたものだからコクピット内のバランスはたまったものじゃない。寧火はまた喚き出し、俺は高らかに笑っていて舌を噛みそうになる。JAZZYは高度をとれずに砂地の岩山に足をとられ、いくつかのパーツが飛び散ったりもしていた。だが、それでも俺は笑いが止まらなかった。

――――っ。
また急激に、今度は止まる。目前には先のスワンプリンクス。

黒鉄「くくっ。なあJAZZY、彼に挨拶をさせてくれないか。そういう気分なんだ」

操縦桿をノックしながら言うと、機体外部に映像ウィンドウが現れたようだ。
いまいち華の無い目の前の機体に対して俺は喋り始める。

黒鉄「やあ、はじめまして。……いや違うかな。
ともかく俺は君に礼が言いたい。生きていてくれてありがとう、追ってきてくれてありがとう。
助かるよ、君がいなければ俺達は色々と諦めていたかもしれない」

黒鉄「この世の全ての何がしかは目標たる役目を持って生まれてきたとは思わないか？自分一人では達成出来ないような奴に俺は手を貸したい。このJAZZYにも、君にもね。
さしあたって君の役目は……ここでコイツに喰われることかな」

黒鉄「最後に改めて御礼を。――俺達の踏み台になってくれてありがとう」