ENo.928 蒼月樟葉

TURN-16

「燃えちゃえー！！」

「……。」

「表情はイマイチわかりやせんが、なんてぇ目で見てるんですかい。」

不満をぶちまけるかの様に持ち切れない肉を地面に叩きつけた。

「食いもんで遊ぶな。」

戦闘が終了すると同時にミニドラのカードを外し消す。

「メリアさん。」

虚空に向かって名を呼ぶ。

「なんでしょうか。」

即座に返事が返り、ゴシックドレスに身を包んだ銀髪の少女が半透明の姿で現れる。

「一つお尋ねしたい事があります。」

「はい。」

「さっきのは、なんだったのでしょうか。」

「先程の、と言いますと……ミニドラの事でしょうか。」

僅かに言い淀みながらメリアと呼ばれた少女は質問の対象を特定する。

「前に召喚したときは、あんな頭の悪そうな子供じゃなかったと思うんですよ。」

「はい、そうですね。こちらのシステムには特に変更はありません。
　恐らくアンジニティの管理者による生態系介入の影響でしょう。」

「どういう事？」

「以前も説明しましたが、こちらから送られるデータとそちらの世界で生じる存在には差があります。
　こちらから送られたデータはそちらの世界で使えるように変換されます。
　AD変換の様なもの、といえば伝わるでしょうか。」

「よくわからないけどだいたいのイメージは理解した。
　で、今回その出力結果が変更された、って事なのね。」

「はい、そちらの世界に割り込む事はこうして可能ですが。
　そちらの世界そのものの変化をどうこう出来る手段はこちらにはありません。」

「つまりここもあそこと一緒って事、ね。」

「何処の事かは存じませんが、理解頂けたようですね。
　では又何かあればどうぞ。」

「うん。お疲れ様。」

半透明のメリアはそう言うと姿を消した。

「まぁ、とりあえず……。
　もうこいつはコスト以外には使わないわ……。」

平地を進み砂地へと差し掛かる。
海に挟まれ、態とらしくも存在する一本道。

「ねぇ、レコットとおっさんは世界の管理者って知ってる？」

ふと先ほどメリアと交わした会話を思い出し尋ねる。
同行者である二人は急に妙な話を降ってきたこちらを訝しげに向く。

「突然なんですかい。」

「いやぁ、ふと気になってさ。」

「そんな奴知らない、知ってどうにかなるわけでもない。」

「レコットはつれないなぁ。」

「……知らないし、知る気も無い。
　が、私やオマエみたいな幾つかの世界を渡った経験を持っていれば”識ってはいる”だろ。」

多少の沈黙が訪れる。
口を開いたのは誠治郎だ。

「よくわからねぇんですが、神様……みてぇなもんですかねぇ。」

神様、確かに大抵の世界ではソレが世界を作って管理している存在だ。

「そう表現される事も多いかな。
　おっさんもどっかの世界からこの世界に送られた身でしょ、確か。」

「へぇ、色々ありやして。」

「まぁ送られてきた理由は今更詮索する気もないし―――。」

「興味も無いわ。」

言葉尻をレコットに奪われる。

「ま、レコットがこんな所に来てる理由は知りたいけどねぇ〜。」

「……。」

「ふふん。
　話戻すけど、おっさんが居た世界と私が居た世界とレコットが居た世界は全部別々。
　そしてここアンジニティという世界も又それらの世界とは違う世界。」

「そうなりやすねぇ。」

「んでそれらの世界ってのは、作った奴が居て―――。
　まぁ神様で良いや、神様が世界を作って大抵は神様がそのまま管理してるんだよね。
　代行を立てたり、神様がたくさん居たりする事もあるんだけど。」

「へぇ。」

「でもねぇ神様って言うと凄く万能で凄い存在みたいに思えるけど。
　自分が創った世界しか自由に出来ない、全然万能でもなんでもない存在なんだよね。」

「どういう事ですかい？」

「例えばさ、この世界に、別の世界の神様が来たとしても。
　この世界に来た時点でもう主権は絶対的にここの神様にあるんだよね。
　だから神様が出来るはずの色々な事はここではできなくなっている。」

「そうだな。」

「まぁそれは私達みたいな、神様でもなんでもない一般人でもそうだけど。
　何処かの世界に移動すると、その世界にとって都合の良い感じにされちゃう。
　んでもって、その世界の都合が良い事しか出来なくなっちゃう。」

「話逸れてやせんか？」

「……。」

「逸れてるな。」

「わかった、戻すね。
　だからこの世界にも、世界を弄る管理者、神様が居るらしいんだけどさ。」

「そうなりやすねぇ。」

「でもなんだか妙じゃない？」

「何が。」

「こんな閉鎖した、荒廃した世界。
　ただ漂流してくる者を閉じ込めておくだけの世界を創るのは一つの疑問だけど。
　元々それが目的だったのかもしれないからそれは置いとくとして。」

「それが何かオカシイんですかい？」

「うん、おかしい。
　この世界が私達が来るよりずっと前、普通に栄えていたとしたらこの状況がまずおかしい、
　ここまで何も無くなった世界、存続させる意味が無い、普通ならリセットなり破壊なりすると思う。
　逆にこの世界が元々何者かを閉じ込める為に用意されたのだとしたら、隔壁が壊れたのを放置する筈がない。」

「確かにそう考えられなくもない……か。」

「じゃあ、どうしてそういった対処がされないのか。
　まぁ実際には隔壁が壊れてない、結局ただの噂でしかなかったというオチもあるけど。
　それは私達が悲しくなるだけなので隔壁が壊れているのは事実として考えるとさ。」

「考えると？」

「もう、このアンジニティには神様が居ないんじゃないかな？」

沈黙。
各々がその説に思考を巡らせる。

「お二人とちがいやして、異世界経験が浅いんでわからねぇんですが。」

「何？」

「神様がいなくなった世界ってやつぁどうなるんですかい？」

「大抵は神様が消えて、管理されなくなってもその世界に居る普通の奴らは変わらず生活するよ。
　ただ、管理する人が消えた世界は大抵衰退していく、結果的にこの世界みたいになるかな。」

「終わりもしないが、何の価値もなくなる。
　平和とも言うが、退屈とも言う。」

「そういう世界に居ても私達みたいなのは良い事ないからね、
　さっさとおさらばするのさ。」

「へぇ、となりやすとその話は案外的を得ていやがるんですかねぇ。」

「判断するのは時期尚早だと思うが。」

「まぁね、実際世界の変化は感じてるし……。
　でもなんだろう、この世界が変化しているというよりは、どこか近くの世界の変化がこっちにも影響している様な感覚。」

「世界の変化が影響するほど近くに別の世界がある、って事か。」

「可能性の話ね、もしかしたら隔壁が壊れた影響がその世界にも出てるかも知れない。」

「ふぅん。まぁなくはない話だ。」

「そうだとしやしたら、私らはその世界に出るっつぅ事になるんですかねぇ。」

「かも知れない。」

考え疲れたかのようにやれやれと言った具合で誠治郎は腕を振る。

「全部可能性の話じゃねぇですか。」

「暇だし良いじゃん？
　海の向こう岸に何か見えるし、大分進んだよ。」

「次の街、か。」

しかし現在地と街と思わしき場所の間は海だ。
一本道の先をなぞると先日超えた山や森よりも険しい地形が目に入る。

「ありゃー面倒臭そうだね。」

「又走るんですかい？」

「さて、どうするかな。」

「どーにかなるっしょー。」

「そうだなぁー。」

「すこしゃあ休ませてくだせぇ。」

「私は別に良いけど。」

「そうだな、私らは別に良いが。」

「ホントですかい？」

「「残念だけどアイツらは休ませてくれそうにない。」」

そういって私とレコットは目前の砂地を指さす。
巨大な芋虫が二匹、こちらに向かってもぞもぞとその巨体を蠢かせて這い寄ってきていた。