ENo.736 R，E．D．

　通信回線の健全性　93％
　ただし、通信先の世界観によって品質が低下する場合があります。

　やってきたエルフは“涼風”を遠巻きに取り囲んだ。互いに目くばせをすると、その内の一人が進み出て、呪具を片手に“涼風”にも分からない言葉で二言三言呟く。流れ出る血が止まることはなかったが、幾分“涼風”の苦しさが和らいだ。

「……長に、見せたか？」

　拙いエルフ語で、苦しい息の間に言葉をはさむようにして“涼風”はそう聞いた。半分は演技だが、残り半分はそういう訳でもない。何せ、致命傷は避けたが死にかけていることには変わりないほどの傷なのだ。

「無理をする必要はない。お前たちの言葉は理解できる。それより、お前はここで何をしていた？」

　エルフの中でリーダーらしい男が、治療の魔術を施したエルフに代わって近寄り、人間の言葉で“涼風”にそう問うた。この辺りで使われている地方語だが、その話し方はそこらの人間たちよりもずっと流暢で洗練されたものだった。
　彼の問いは当然だ。瀕死の体で森に放り出されて運良く命拾いした人間が、わざわざまた森へとやってきて野営し、また死にかけている。しかもその男は森に対する侵攻計画を持ってきたのだ。

「多分……奴らは俺を追ってきた。あの書類を盗み出したときに、顔を見られたから。」

書類は偽造されたものだ。つまりそんな事件は存在しない。“涼風”を探して森へとやってきた衛視たちは街で“涼風”自身が頼んだもので、街でそれを依頼された連絡役が手配したものだ。恐らくは強盗か何か、別の事柄をでっち上げて“涼風”を犯人に仕立て上げ、その調査で彼を探しにやってきたのだろう。だが、それを確認する間もなく隊長役の騎士は死に、なし崩しに戦闘で残る四人も死んだ。死人に口なしとはこのことだ。無論この後、死んだ者たちを探して捜索隊が来るだろうから、その時までに上手く事を運ばねばならない。

「…………。」

　小さく唸るように声を出すと、エルフはそれきり黙りこんだ。“涼風”もそれ以上何も言わない。傷は十分に塞がっていないし、このままここに放置されれば“涼風”は死ぬだろう。前回のように森の周辺、人間の世界へと戻すのも難しいほどの傷だ。

「仕方ない。この男を眠らせろ。」

分からないと思ったのか、そのエルフは周囲の連中にそうエルフ語で命じた。周囲のエルフたちも抗議する様子はなかったが、さすがにさわついてお互いに目くばせしている。

「おい、今何と言ったんだ？」

彼らの言葉が分からなかった振りをして、少しだけ不安そうな様子で聞いてやる。傷の痛みに呻きながら、というおまけ付きでだ。

「心配するな。悪いようにはしない。抵抗するなよ。」

周囲のエルフたちは答えず、リーダーの男が結局答えた。エルフたちの様子からして、彼は“涼風”を里に連れて行くつもりなのだ。エルフたちの村の位置は人間には知られていない。近づく前にエルフたちから戻るように言われるからだ。あまりにも広大な森の奥、どこかにそういう場所があることは分かっているが、正確な場所は誰にも知られていないのだ。極一部、エルフの監視にさえかからぬ隠身の技術を持った者以外には。
　場所を知られないようにするために、エルフたちは“涼風”を眠らせるらしい。だが、それほどまでに森の奥地であるのであれば、まだ森の周辺部であるここからは、まだ森の外の方が近いはずだ。“涼風”が事前の学習から得ている村の位置はそれほど正確ではないが、それでも大した距離の差があるとは思えなかった。
　何にしても、彼に選択肢がある訳ではない。あの文書の効果を信じて、彼らに任せるだけだ。
　治癒の魔術を使ったエルフがもう一度歩み寄り、静かにまた呟く。そのうねるような言葉に誘われて、“涼風”は今度こそ意識を失った。

──十六日目〜“Stance”──