ENo.716 アウラル

「アウラルさん、何してるんですか？」
「ん？何してるって？」

ぴょんぴょんとステップしたり、くるくると回ったり、はたまた拳を突き出したり。
珍妙な動きをしているアウラルを見て、我慢できなくなったのか、傍から見ていたルアが尋ねる。

「いや、何かの型かなと思ってしばらく見てたんですけど、見たこともないし、動きに一貫性が無いしで…ちょっと気になったんです」
「型…？」

アウラルは一瞬首を傾げるが、すぐにけらけら笑い始め、ルアの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「あぁ、そういうことね。ルアちゃんは真面目だねぇ」
「なっ…なんですか一体」

ルアは刀を使った戦闘を行う。アウラルも、蛍との付き合いで和国における剣術の存在は知っていた。最も、蛍はほぼ我流のめちゃくちゃな戦闘方法を取っていたが。
その剣術が流派に寄るものか、我流かは分からないが、ルアも当然、剣術には流派に寄る型が存在していることは知っているのだろう。それで、何かの型を練習しているのだと勘違いしたのだ。

「私はただ、身体の調子がおかしいから適当に運動してただけだよ」
「あの動きが運動ですか…」

「でも、身体の調子がおかしいというのはやっぱり気になりますね」

しばらく座ってアウラルの運動を眺めていたルアが話しかけてくる。

「以前から身体が枯れ気味というのは知ってましたけど…更に調子がおかしくなったってｺﾄでしょうか？」
「う〜ん、だるいとかそういうのじゃなくて、身体の動きが付いてこない感じかな…」

頭が痛いとか、息が苦しいとか、熱っぽいとか、そういう事ではなく、単純に思考に身体の動きがついてこないのだ。
ここに来てから、戦闘では蔦を使ってちまちまと戦っていたアウラルだが、かつては戦場を駆け巡っていたため、自分の身体の動きについては良く知っていた。

「…そうだ、もし暇だったらちょっと、手合せしてくれない？」
「え、手合せですか？」
「うん。適当な棒とか使って打ち合って…簡単な練習のつもりで良いからさ」
「そうですね…私で良いならお相手しますよ。でも、無理はしないでくださいね？」

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平原の真ん中で、アウラルとルアが木の棒を握りしめて向き合う。アウラルは両手にそこそこの長さの棒を、ルアはいつも使っている刀と同等の長さの棒を。距離は20m程だろうか。

「おねえちゃんたち、準備はい〜い？」

遠くで、木陰に腰かけているるみゃが二人に声を掛ける。

「オーケーオーケー」
「構いませんよ」

「それじゃ、いくよぉ〜。練習〜…」
「…あ。ちょうちょさん」

その言葉が言い終わるか終わらないかのタイミングで―
2人は同時に前方に跳んだ。
そして、2人が立っていた丁度真ん中の位置で、木の棒の乾いた音が響く。

「…アウラルさん、こんな早く動けたんですね」
「ちょっと頑張れば。こうやってね」

そのままアウラルは高く跳ねる。ルアは、一瞬足元で二本の触手が地面を蹴っているのを見逃さなかった。
触手を使って推進力を得る。これは普通のアルラウネには出来ず、根を足に変え、身体能力と、触手の強化を図ったアウラルだからこそ出来ることであった。

「…ふっ！」

アウラルの落下に合わせて、最高のタイミングで棒を横に薙ぐ。
…しかし、その攻撃は空を切った。アウラルの身体が空中で急にルアの後方へバウンドしたのだ。

ルアは身体のひねりを止めず回転、そのまま後方をカバーする。
縦に回転しながら振り下ろされた二本の棒を受け止めた。

「これは…本当に見た目に騙されると大変なことになりますね」
「初見さんはこれで落ちてくれる場合も多いんだけどね…流石だね」

ルアは一度深呼吸する。

地面、空中問わず、縦横無尽に地面を蹴り、反動で舞いながら両手に構えた棒で多段攻撃を仕掛けるアウラル。
それを凌ぎつつ、隙を見つけて一撃を見舞おうとするルア。

しばらく、小刻みに聞こえる乾いた木の音と、たまに聞こえる重い木の音が平原に響き渡っていた。

再度、アウラルが上方に跳び、バウンドしながらの回転攻撃を仕掛ける。回転の軸を修正するために使用する触手の数も６本まで増えていて、出鱈目な角度の攻撃になりはじめていた。

（動きに眼が慣れてきたとはいえ、攻撃がきつくなってきた…ここらで一本取らなければ）

ルアは渾身の一撃のために、呼吸を整えつつ、攻撃を凌ぐ。
狙いは回転の軌道を変える際に、一瞬だけ反動に寄って生まれる隙。そこに合わせて、上半身に叩き込む…！

（…そこっ！）

「あ、わわわっ！？」
「えっ？」

どすーん。。。

…最高のタイミングのはずだった。何もなければ、アウラルの腹部には、棒で突かれた跡が残っていただろう。

しかし数秒後、そこには落下してきたアウラルの下敷きになったルアと、打ち所が悪くて二の腕がもげつつ、転がって眼を回しているアウラルの姿があった。

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「２人ともだいじょうぶ？」
手合せを見物していたるみゃに起こされ、治療を受ける２人。

「ごめんごめん、やっぱり身体が付いてこなくて空中でバランス崩しちゃってさ〜」
「うぅ、勘弁してくださいよ…それ、人にとってはトラウマレベルですよ？」

からから笑いながら、もげた腕をもう片方の手でぽんぽん投げてはキャッチするアウラルと、頭に出来たタンコブを抑えてむす〜っとするルア。

「るみゃちゃんだって…ねぇ？」
「るみゃはお姉ちゃんの頭もげたところ見たことあるよ？」
「………」

何かもう、ツッコム気力もなくなったルアだった。

「ごめんごめん、でもルアちゃん初見なのに最後の合わせはほぼ完璧だったと思うよ。事故もなくて、真剣勝負で、ニンゲンだったら死んでたんじゃないかな？」
「そ、そうですか？」
「私はニンゲンじゃないけどね」
「…あ、そうか。そうでしたね」

アウラルの急所は上半身にはない。硬く、炎でも燃えない実に守られた中に存在している。
今回の事故で片腕がもげたが、それもアウラルにとっては大したことではないのだ。

「でも、やっぱりこのままじゃいけないか…」

ルアの反応をみてにやにやしていたアウラルだが、もげた腕を見つめながらため息をつく。

「アウラルさん？」
「私は、こうやって戦えるように自分のアルラウネとしての身体を狂わせて力を得てきた。でも、あんな所でヘマをしちゃうってことはそろそろ限界ってことなのかな」
「今はただ、身体の動きが鈍ってるだけだけど、一体何が起きるか分からない。。。今の戦い方を捨てるにしろ、新しい戦い方を模索するにしろ、私は今よりは元気になっていかなきゃならないね」

いつになく真剣な表情のアウラルに、ルアは声を掛けることが出来ない。が、それも少しの間のことだった。

「ま、いいか。今日は練習に付き合ってくれてありがとうね。現状の自分が知れてすっきりしたよ」
「あ、はい。私も楽しかったです！」
「そいじゃあ、メリムちゃんも呼んで４人でお茶にしようか」
「さんせ〜！さん〜せ〜！」
「るみゃ。ちゃんとこの取れた腕、治癒してくっつけてよね」
「は〜い」

本来の４刀流の戦い方とは少し違うとはいえ、あの戦い方を誰かに見せるのはこれで最後になるかもしれない。そういう意味でも、アウラルはルアに感謝していた。
…お茶を飲みながら、再度、健康な身体に戻ることを決意するアウラルだった。

少しして、るみゃから言われたアウラルが、「ちょうちょ」の曲を練習する笛の音が平原に響き渡った。