ENo.3330 ネイト・グラスウォール

一日動かずに休息を取ったらどうやら大分回復したらしい。
というわけで、今日は移動を再開することになった。
とは言っても、行くのは平原の一本道。
しかもそこまで距離は進まない予定だ。

それにしても、たったコレだけの時間で回復するような傷だったのか、と聞かれると首を傾げたくなる。
と言うか、切り傷でも打撲でも、完治には普通３日以上は掛かる。
回復術を施してるとはいえちょっと異常だと思った。
初めのうちは花宮に忍び込んだときに変な加護か呪いでも受けたかと思ったが
そうではなく、この世界にいる住人皆がそのようだ。
つまり、この世界の理がそうなっている、と言うことらしい。

「便利なんだけど、妙に釈然としないと言うか」
「良いじゃないですか。納得できなくとも、便利な物は便利」

なぜか、妹に得意げに言われた。
いや、確かに便利なんだけどさ。
でも、原理の分からないものはヤッパリ気持ち悪い。
見知らぬ人物から贈り物を送られたような不気味さがある。

「ふむ、そこまで言いますか」

めんどくさー、と言うような顔でこっちを見る。

「禿げますよ、そんな細かいこと気にして」
「余計なお世話だ」

涅槃雪は……微妙な表情だ。
まぁ、はっきりと分かるような物ではないのだが
安心は出来ないけれど目くじらを立ててカリカリするほどの物でもないのでは？と言う感じか。

「それじゃ、こうしましょう」

妹がピッと指を立てる。

「コレは神の奇蹟、祝福による物です。ってね」
「神、ねぇ」

あー、実際回復術使用するときに聖句は述べたけどな。

「こっちに来てから、と言うか来る直前にかなり信仰心落ちたと思ったんだけどな」

哀れにでも思ってくれたのかな。
まぁ、山で襲われているときや昨日の回復術を行っている時は
居もしない神にたいして慈悲を請うたっけか。
あれだけの信仰で奇蹟が起きるなら、やっすい神様だな。
そう首を傾げていると妹がさらに怪訝な顔をする。

「何の話です？」
「え、だから信仰の話だろ」
「ええ、そうですが……その信仰してる神はなんですか？」
「何って……選べるような物じゃな」
「はいはずれー」
「……？」

妹は何を言ってるんだ。
外れも何も事実俺の信じてるのは……。

「貴方が元々何を信じていたかはココでは瑣末事。兄さん」
「んー？」
「この世界の神々の名前は？」
「それくらい余裕で言えるわ」

そういって、兄は七柱の神を挙げた。
というか、聞いたことない神の名前ばかりだったが。

「というわけで、この世界に対して影響を持っているのはその七柱しかいません」
「他の宗教は？」
「あって構わないとは思いますが……」
「なんだ、歯切れ悪いな」
「目に見える奇蹟をくれる神がいるんですよ？
　そんな居るかどうか、助けてもくれない神を信じることはないと思いますけどね」

……筋は通っている。

とまれ、妹の話を理解する必要があった。
これは今後にも関わることだ。

要約すると、こういうことだ。
この世界は七柱の神が信仰されているらしい。
いや、神と言う表現も少し違うのか。
正確には神でなく“守護者”というらしい。
この世界の古い伝承に登場している人物たちのようで、
なんだかよく分からない超常的な存在よりもこっちの方がむしろ“らしい”といえる。
とまれ、それらは以下の７人だ。

・熱血ガリバーヴォルク
暑苦しい熱血漢として描かれることが多いらしい。
なんか崇められてる感じがあまりしない。
でも加護の影響か信仰する人は多いそうだ。
力強さに恩恵が得られる。

・女神ラヴナオリティス
明るく心優しい女性として描かれることが多いらしい。
一番神っぽい（気がした）
守勢に回るため、信仰者は多くはないそうな。
堅実さ、身の守りなどに恩恵が得られる。

・幸星メディルサーカス
勝手気ままに飛び回る少年として描かれることが多いらしい。
アレだよな、トリックスター的な役割ってことだよな。
つまり道化だ。
以外にも目敏さや集中力に恩恵が得られるらしい。

・隠者マルクスバレッジ
真面目な紳士として描かれることが多いらしい。
隠者ってことは、つまり仙人みたいな物だ。
日陰に身をやつして生活してる人物。
その所為か、身の軽さ、物事を受け流すなどの恩恵が得られるそうな。

・英雄オリフェンドール
剣を持つ勇敢な女性として描かれることが多いらしい。
先頭に出て皆を先導する……アレだな、指導者。
もしくは民の生贄だ。
その所為か持久力、生命力に加護があるらしい。

・魔王エリエスヴィエラ
冷ややかな笑みを浮かべる女性として描かれることが多そうだが……。
英雄譚としてなら出るのは分かる。
しかし、守護者の枠として“魔王”がいるのも面白いな。
その魔力ゆえか、体力なんかに恩恵があるそうな。

・聖人サンセットジーン
ボケーっとした少年、もしくは少女で描かれるらしい。
僧侶か、な。
まぁ、聖人が信仰対象になると言うのもよくある話だ。
そういう意味で言うと毒などの病気などから守ってくれる“らしい”加護があるそうな。

以上７名から１つのみを信仰するのがこの世界の慣わしなんだとか。

「何で複数を信仰しちゃいけないんだ？」
「言ったでしょ。守護者なんですよ、彼らは」
「……あー」
「信じる信じないは自由だと思います。けれど守護に付くのを複数にやらせるのは贅沢でしょ」
「まぁ、そう言うことなら一つ選ぶのが筋か」
「そう、複数から守護されても干渉して効果が薄くなってしまうから」

というわけで、この中から選ぶわけだが。
つーか、もうすでに選んだことになっているらしい。
この世界に居る人は自動的に一体の守護者が守護に付く、
そういう決まりなのだそうだ。

「さて、それじゃ俺の守護者は誰なのか……」
「それは、直感かな。この人って思った人がついてるものよ」

直感な、この７人の中で一人選ぶとしたら……。

「……魔王、かな」
「あら、意外」
「俺が熱血漢に見えるとでも？」
「いや、それはない」

おい、真顔で言うなよ。

「いえ、貴方だったら……英雄思想でオリフェンドールか気障ったらしくサンセットジーンかと」

英雄思想て。

「お前、それサンセットジーンの被守護者に喧嘩売ってるぞ」
「いえいえ、貴方が選ぶ理由がですから」
「それっぽい理屈を……まぁ、魔王が一番俺に合ってるさ」
「へぇ」
「他人の見方が厳しくて、巻き込むことに躊躇しないからな」
「割りと自己分析してるのね」

妹が驚いたように言う。
余計なお世話だ。

「言って納得されるってことは、まぁやっぱり魔王が守護者かな」
「だと思いますよ」

ちなみに兄妹はサンセットジーンらしい。
って、お前ら自分でさっき酷いこと言っておきながらサンセットジーンか。

「…………」

脇に居た涅槃雪を見やる。
元々、涅槃雪も外の人間だしな。
それに、俺らとは生活様式が大分違う。
元の宗教とかも良くわからん。
て、あの家自体が宗教みたいなもんか。
戒律やなんやと、色々と急がしそうな家だった。本当に。

さて、そんなことはいいとして。
今までの話だと彼女にも守護者が付いている事になるのだが……。

「……うーん？」
「どうしたの」
「いや……なんでも」

思い浮かんだのは１つある。
けれども、俺は彼女に理想を求めすぎるからな。
そして、彼女はそれを聞く度に恥ずかしそうに否定するのが常だった。
守護者は本人が決める物。
彼女の性格からしたら、自ずと分かってくる。

「でも、今はこうやって表に出てきたんだろ」
「…………」

多分当たりだろう守護者を思い浮かべて話しかけた。
それを聞き、彼女ははにかむ様な仕草を見せる。
それは、一歩下がって立つような涅槃雪らしい反応と、その答えだったと思う。