ENo.2367 鴉揚羽

　――思い出を振り返ることが出来るだけ、私は幸せなのだろうと思った。

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　先輩たちはやっぱり、変わった人達だった。

　性格がゆがんでいたり、屈折した人が多いと言われるくノ一科で、先輩たちは明るく、優しい人達だった。

　くノ一科は里の中でも特殊なところだ。
　身寄りの無い子供や、貧しい家の子供達を集めて、半ば監禁状態で教育を施していたのだ。
　そこでの授業は過酷で厳しく、そのせいで気が違ってしまったり、廃人のようになってしまう生徒も一人や二人じゃなかったらしい。

　そんな中で、笑いながら生きていたあの三人は、やっぱり変わっていたのだと思う。

　特にそんな場所にも関わらず、わざわざ何年も留年し続けている先輩は、相当な変わり者だった。

　けれど、だからと言って。
　先輩達がまともで居られたのかと言うと、当然の如くそんな事は無くて。

　三人の内、私と一番仲の良かった子には、酷い自傷癖があったし、一番大人しくて落ち着きのあった子は、行為に依存するようになってしまっていた。

　十歳にも満たない頃、まだ幼い子供の頃に連れて来られ、無理やりに教育を受けさせられる。
　望みもしないのに、行為を体に覚えこまされる毎日。
　そんな日々に、二人は追い詰められていたのだと思う。

　それでも、二人が正体を失わずに居られたのは、先輩のお陰だったらしい。

　追い詰められ心が擦り切れそうになっていた二人に、先輩が声をかけたのだそうだ。

　それから、先輩達は三人で行動するようになって、二人は笑えるようになった。
　断じて楽しい場所でも、笑えるような場所でもなかったけれど、三人は笑っていた。

『あたしらに他の人生なんてないんだからさ、どうせなら楽しんだほうがいいだろ？』

　そんな先輩が居たから、私は三人に出会えたのだ。

　あの日、服を眺めていた私に先輩が声をかけて。
　散々着せ替え人形のようにされて、その後も連れまわされて、最後には待ち合わせ場所にまで着いてきた。
　
　それで私は散々先輩達にからかわれて……？

　あれ？

　あの時、なんでからかわれたんだっけ？

　待ち合わせ？　誰と……？

　何か、忘れている気がする。

　何かが抜け落ちているような……。

　頭が、痛い。

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　――また、視線を感じた。

　けれど、振り向いたところで誰もいない。
　確かに感じたはずの視線も、いつの間にかなくなっていた。

　……以前、監視を受けていた時と似ている。

　あの時もこんなふうに見られていた。
　何処からか、私の事を見張っていたのだ。

　だから、もしかしたらと思う。

　あの山崩れが起きた時、監視役も巻き込まれていたんじゃないだろうか？
　私を見張れるだけの距離にいたのだ。巻き込まれていても不思議じゃない。
　監視役がどんな人間だったかは知らないけれど、私がここに居るのだから、同じような仕事をしていれば世界から追い出されることもあるだろう。
　そして、同じ場所同じ時間に同じような目に遭ったとすれば、それは十分あり得る事のように思えた。

　けど、

　……まさか、ね。

　ありえるように思えるだけで、そんな事はないだろう。
　別の世界に飛ばされるなんて馬鹿な事が、そうそうあるはず……無い、とは言い切れないけれど。
　実際にそういう人が少なくも無いし。
　それでも、たまたま同じ目に遭ったからって、同じようにアンジニティに居るとは考えづらい。

　けど、もしそんな偶然が起きて監視役までこの世界に来てしまったとするなら……。
　ううん。だとしても、それじゃぁ今度は、私に攻撃してくる理由がわからない。
　今更任務だなんだと言っていられる状況じゃないって事くらいはわかる筈だ。状況判断が的確に出来なければ、こんな仕事はやっていられない。

　だから、変なのだ。
　気配の消し方、苦無の形、覚えのある視線。……同じ世界の人間と言う事は間違いない、はずだ。
　とすると、任務だとか、状況がどうとか構わず私を狙ってくるような相手って事になるのだけど……。

　そんな狙われるような覚えなんて……ありすぎて特定できない。
　うん、私を恨んでる人は何人だっているし、私を消したくて仕方ない人達も沢山居る。
　そう考えたら、狙われるのも不自然じゃないような気がしてきた。

　だったら？
　どうして、最初の一回からしかけてこない？
　何度もチャンスはあったはず。なにせ、あちらは一方的に有利な状態にいるのだ。
　私はそれらしい視線に時々気づけるだけで、警戒はしているものの、隙は幾つもあったはずだ。

　……わからない。

　それに、どうしてだろう。

　不思議と危機感が無い。

　気にはなるし、落ち着かないし、不安にはなるけれど。

　それでも、なぜだか命の危険は感じない。

　だから余計に、わからない。

　一体何者なのだろう？

　背中に奇妙な視線を感じながら、私は仲間の下へ向かった。