ENo.2314 デイジー・スぺル

夜気は優しく、虫がちろちろ鳴いている。
旅を続けてから、二人きりで話をするのは久しぶりだった。
「もーずっとアタシのこと忘れてるんじゃないかって心配だったわよ」
「そんなことないですよ。ちょっと忘れてただけです！」
「ほらやっぱり。忘れてたじゃない」
デイジーと対面してふわふわと浮いているのは、彼女が召喚したサラマンダーである。女性のような喋り方だが、実質、炎を纏ったムキムキのおっさんでしかない。
「まあアナタも変わってないわねぇ」
「ですか？」
「未だに焚火もできないし」
「うー。それは言わない約束ですっ」
「そんな約束してないわよー」
サラマンダーは、デイジーをセルフォリーフに強制送還した、あのお師匠様から頂いた精霊だ。
昔、お師匠様が長旅をしていた時に出逢ったそうだ。
デイジーのもふもふな耳がぺにゃんと折れた。
「うにゅう。まだコントロール難しいです」
「あの爺が若い時には、マシュマロだけじゃなくてわたあめも作れたわよ？」
ちなみにわたあめは風の魔法で作れる。焼きマシュマロと同じくらい、加減が難しいのだとか。
デイジーの耳はますますぺにゃんとなった。
「お師匠様凄すぎですよぅ…」
サラマンダーはしばらく黙ったまま、ふよふよと空を歩いた。
「うーん、確かにあの爺は素敵だったけれど、才能はひとそれぞれだと思うわ。あとはどれだけ努力するか、じゃないかしら」
「大ねこ様への献上菓子も作れないなんて、わたしダメダメじゃないですか…」
「ねこ族がそういう基準で物を考えるなら仕方ないけれど…。魔法を扱う者としては、デイジー、アナタ強い方よ。やりすぎなくらいね」
と、サラマンダーは暑苦しいウインクを一つ。
「焦らないことよ。他の魔法の訓練もいいけど、目的を忘れないこと！」
「うっ…」
痛いところをつかれた。
(ちゃんと火霊も訓練しなきゃですね…)
強くなりたいから、色んな魔法を使えればいいのかな、と安易に考えていたが。黒焦げマシュマロを卒業するのだって、必要なのだ。
デイジーはうーうー唸った後、考えるのに疲れて、ぽてっと横になった。
仰向けになると、黒い空が見えた。星が見えづらいのは、月が照っているからだろう。
「月きれいですねー」
言いつつ、デイジーは大きな欠伸をした。
「ユエ…だっけ？あの青髪のおにーさん」
「ですー」
「どうしてついていく気になったのよ？」
「飴くれるからいいひとですー」
ぷにゃぷにゃと眠くなってきたデイジー。
「え、それだけ？」
「ですー…」
サラマンダーは苦笑した。
「アナタもアナタねぇ…」
「にゃ…サラマンダーこそ、何でお師匠様についていこ…うって思ったですか…？」
目をごしごしするが、睡魔は言うことをきいてくれない。
「そりゃああの爺がす………」
「す？」
「な、なななんでもないわよっ！お子様は早く寝なさいっ」
サラマンダーは非常に慌てた様子で、ポンッと夜闇に消えた。
「す…？」
眠くてあまり考えられない。
「ああ…すっぱいにおいですか…」
それから数秒の間に、デイジーの寝息が虫の鳴き声に調和した。