ENo.2262 アス

此処に堕とされたのか。俺が此処を望んだのか。
現状を考えれば差は瑣末なものだが、此処に来てそろそろ二十を数えようとしている。
厳には何日目だったろうか。

‥明日で十七か。
半月はとうに越えたことになる。
同時に此処に堕ちてきた者は、始めの街からほぼ動かない者から、これまで我々が歩んだ距離の倍以上を歩んでいる者もあるという。
多少鈍行気味であったとはいえ、ゲオルクを旗頭として俺たちはそれなりの距離は歩んできたはずだ。
その距離の倍だとしても相当な強行軍となる筈だが、それでも”出口”の続報、もとい噂も頑として聞かない。
場所が場所なので話が及んでいない可能性もあるし先鋭が黙している可能性もあるのだが――。

あるのだが。

頑として耳にしないのは何故だろうか。
実しやかに囁くことができる虚言趣味の者くらいこの世界に一人も居ないということはないだろう。
軍に居た頃の経験則、虚報というものは侮りがたい効果を発揮するものだ。
軍というものは国土の拡大・防衛の為に在り、勝利に邁進する事を目的としている。
故に情報というものは価値があるのだ。
此処に於いては脱出を完全に諦めた者でもない限りは、この類の情報は垂涎のもののはず。
それなのにまったく耳にしないということは不自然じゃないだろうか？
そもそも不自然な点を挙げていくとそれこそ類挙に暇がないが。

前回に引き続き現れた大鷹をばらすカガチさんを時折眺めながら、\xFB~斬と周囲を見遣る。
差し当たり接敵の懸念はしなくともよさそうだ。

‥遠く離れたところに見慣れた姿いくばくと、いつぞや対峙した椰子の樹の姿がある。
椰子に密接して剣を振るう姿ふたつ、すこし退いて豪快に炎を見舞う姿ひとつ。さらに後方に淡く佇む白がひとつ。
こうやって距離を取って今の同行者の戦闘を見る機会はあまりない。

参考になるだろうか、と敵影警戒は\xFB~斬に任せて目を凝らしてみる。

‥端的に評するなら、とても凸凹ながらに連携をきっちり図れている、というなんとも理解するのが難しいものだった。
非常に淡白な印象を受ける剣術を繰る前衛二人は、遠目で見る限りは特に合図や目配せなどを用いるでもなく自由奔放に剣を振るっている。
その剣閃は時に味方の行動を妨げ、時に牽制を放り出して同一に斬り結ぶ。
時にはファングの火が味方を焼くのではないだろうか、剣撃は無為にぶつからないだろうか――と心中穏やかでなかったのは、見物を決め込んだ初めだけのことで。

どう見てもかっちりとは噛み合っていないように思う。
――が、剣閃はどうやら剣閃を鈍らせるには至らず、それらは一点、ファングに攻撃が至らぬ事については実に盤石堅牢なものであるらしかった。
椰子の一撃にも怯むことなく奔放に剣を振るい続け、魔法が火を吹く刹那に於いては退避しまた切り結ぶ。
その微を計れるほどに鋭敏な目と思考を俺は持ち合わせていないから、実がどうかはわからない。

――けれど、そもそも。
ファングが後衛に立ち、その更に奥にリーゼが佇んでいたあたりから察せなかったあたり、俺は盲でいたようなものだったのだろうな。
距離故に実際鼓膜を揺らした訳ではないが、フェアーが最後の椰子に盛大に決めた罠とその威に俺は、少しだけ胃が萎縮するような思いを抱いて背を向けた。