ENo.179 雑草王女

　
第１６話『雑草王女／Ｚｅｒｏ』

　私と縁が虹色天幕に身を寄せてから７年程になる。
マナに体を冒され人ならざるものとなった私には他に選択肢は無かった。
幼いなりにも、もうまともな人生を送るなんて無理だとわかっていた。
良いとか悪いとかそんな問題じゃない。
私が生き永らえるにはこれしかなかった。
今でもその点についてだけは断言できる。

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　母の手で一度は殺された縁を、私は自分の異能を使って生き返らせた。
もはや世界のどこにも居場所のなくなった私たちの心の拠りどころは、
己の半身とも言えるお互い自身しかなかった。

えにし「モッサアアアアアッ！」

「えへへ、ありがとう。お兄ちゃん。」

　お兄ちゃん。
今ではもう使わない言葉。
今なら使ったとしても兄さんだ。

　縁がお腹を空かせた私のために、倒壊したコンビニから食料を調達してくれた。
今は歩行雑草化しただけで６メートルを超えてしまう縁だが、この頃は精々が２メートル。
一般的な歩行雑草と変わらないサイズだ。
とはいえ、成人男子程度の身体能力は備えている。

えにし「モッサアアアアアッ！」

「うん、おいしいよ。」

　冷え切ったコンビニ弁当ではあるが、味はさほど問題ではない。
母の虐待によって私と食卓を囲むことを許されなかった縁との久々の食事。
粗末であっても、野外での兄と一緒の食事は宛らピクニックのようですらあった。
けれど、私たちが目にしていた景色はピクニックなどとは程遠いもの。

　地震、津波という天災。
それだけならまだしも、更にその後の度重なる人災が追い討ちをかけ、止めを刺した。
結果、人の生きられない、人の居ない、死の街と形容するに相応しい光景がそこには広がっていた。

　ただ、人間にとって危険極まりないその地が、
皮肉にも、人ではなくなった私たちにとっては安全な場所でもあった。
人が避け、忌むべき場所であるからこそ、私たちは安全でいられた。

えにし「モッサアアアアアッ！」

「じゃあ・・・もう少しもらうね。」

　縁の勧めに応じて食事を食べ続ける。
食事量の増加の兆候。
学校給食を食べれば満腹になっていた私が、そこで既にコンビニ弁当を５個は平らげていた。
縁はただの空腹と思い、私はさしたる考えもなく空腹を満たすべく食べていた。
変化はそれだけじゃない。

「・・・あれ？」

　初めて感じた感覚。
目で見るのでもなく、耳で聞くのでもない。
でも、何かの存在を肌で感じる。
初めて目を覚ました私の第六感が何者かの接近を捉えた。

「何・・・こわいよ・・・」

　感知能力に秀でた者からすればお粗末とはいえ、私には生命エネルギーを感知する能力がある。
その能力が初めて捉えたのは、私たちと同じ、人ではないものだった。
もしかすると私は縁に対して能力を発言させる前から、微弱ながらもこの能力を発揮していたのかもしれない。
無意識におおよそ通常の人間に備わっている生命エネルギー、マナの量を認識していたのだろう。
だとすれば、あの時違和感を感じたのも当然と言えた。

「こわいよ。こわいよ、えにしぃ・・・」

えにし「モッサアアアアアッ！」

　尋常ならざるエネルギーを持った何かが近付いて来た。
瓦礫の向こうから見える人影。
遠目に見る限り人にしか見えない。
近づくにつれその全容が明らかになる。
近づけば近づくほどに、それは人間だった。
たった今開眼した第六感で捉える情報と、これまで使い続けてきた視覚から入ってくる情報。
相反する情報を統合しきれず困惑する私に、それは天使のような笑顔で話しかけてきた。

「落ち着いて。悪いようにはしないから。」

　虹色天幕からの勧誘。
それは実に悪魔的な誘いでありながらも、
しかし魅力的なものでもあった。

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　この時虹色天幕に入団したのは私だけではない。
マナに体を冒されて異能を身に付けた者１２人が虹色天幕に身を寄せた。
多元世界という概念が常識として認識されていない世界に於いて、
次元盗賊団などという存在は実に胡散臭く、怪しい新興宗教の勧誘も同然だった。
しかしそれでも私は入団した。
他の入団者に関しても共通していることだが、殆どは入団せざるを得なかったのだ。

　異能を手に入れたとはいえ、それが必ず良い結果を齎すとは限らない。

　わかりやすいところでは縁がいい例だ。
人間とかけ離れた姿ということはそれだけで十分に社会生活を営みがたい。
縁の歩行雑草形態のような人外の姿がデフォルトで、縁のように人間形態に戻ることができない。
そうした異能者が人間社会で生活することは実に困難なことだろう。

　異能を身に付けたことで人間離れした特異な習慣や性癖を余儀なくされる者もいる。
例えば、私だ。
体内でマナを生成するためには膨大な食事量が必要となる。
作戦行動時以外なら、私の１日の食事、そのカロリーの総量が１０万キロカロリーを下回ることは無い。
オリンピッククラスのアスリートですら、日に１万キロカロリー以上を摂ることは容易ではない。
おにぎりなら５００個に相当するカロリー数だ。
そのような食事量を常時摂取していたとするなら、目立って仕方ないことだろう。
それこそ世間から隔離された刑務所の奥でひっそり暮らす等するしかない。
しかも、私でもまだマシな方だ。
プルトニウム、人肉、そんなものを摂取しないと生きていけない。
そうした境遇に置かれているケースを見れば、私はまだ幾分かでも楽なんだと思える。

　あと、見た目も振る舞いも人間と大差無い異能者だったとしても、安心はできない。
異能者を抹殺することを目的とする者は確かに存在する。
私も虹色天幕に入りでもしなければ知らなかったことだが、
異能者狩りに力を入れる政治結社、宗教団体も少なくない。
秩序ある社会の形成には異能者は邪魔だろうし、
異能者は殆どの場合悪魔や魔女として扱われる。
異能者を捕らえる為の網はそこかしこに十重二十重に張り巡らされ、
掛かればすぐさま処刑人がやって来る。
私たちにしても、虹色天幕からの迎えがもう少し遅れていれば、亡きものにされていたかもしれない。

　大きな力には大きな責任が伴うと言うけれど、それ以前に大きなリスクが付き纏う。

　でも、私はこの力を授かったことを後悔していない。
この力のおかげで、私は縁を生き返らせることができた。
今でも、縁をあんな体にしてしまって本当に良かったのかと悩むことはあるけれど、
死んでしまったら元も子もない。
私のエゴだという者もいたし、突き詰めれば実際その通りなのかもしれない。
だけど、縁に生きていて欲しいと、私の命を擲ってでも生きていて欲しいという思いは本物だ。
それだけは誰にも否定させない。
そして、私の死が縁の死と同義であるというなら、私は何としてでも生き延びる。

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　私が能力を発現させる少し前、私の居た世界には、異界との境目からマナが噴出して来ていた。
本来ならごく限られた場所にしかマナが存在しない筈の世界に、
本来有り得ない過剰なマナが噴出した結果、様々な異常事態が起こった。
天変地異、疫病の流行、そして、異能者。

　研究家らによると、この時マナの影響によって異能を発した人間にはある種の共通点があると言われている。

　精神に何らかの病的な異常を抱えていること。

　自分で思い返すと、思慮が浅く、弱々しく臆病。
知能の発達という点に関しては恥ずかしながら同年代の子供に遅れを取っていたようにも思うけれど、
それだけに思索に耽って思い煩うというようなこととも縁が無く、
およそ精神異常、心の闇などというものとは、本来無縁な子供だった思う。
でも、虐待される兄を目の当たりにして、黒い思いを澱の如く募らせていたのかもしれない。
兄に残酷な仕打ちを加える母と、兄に理不尽を強いる世界に向けて。
そうした私の内の闇の部分に溶け込んだマナが、縁の死をきっかけに能力を発現させた。
仮説に過ぎないが、そんなところではないかと思われる。

　ただ、私と時期をほぼ同じくして虹色天幕に入団した異能者たちを見れば、
程度の差はあれ、なるほど異常だった。
異能のことを別としても、人として異常だった。
現在も生存しているものを見てみれば、やはり変わらず、
場合によってはかつてよりも異常だ。
だからこそマナの祝福を享受できたのだと言える。
健全な肉体には健全な精神が宿るという言葉があるが、
異常な精神こそが異常な力を呼び込んだのだろう。
自分のことを棚に上げてと言われるかもしれないが、私はこの輪の中に限って言うなら、比較的常識人だと自負している。

　勿論自分以外にも常識人だと思える人間が居ないわけではなかった。
取り分け、私が自分以上の常識人、人格者と認め、慕い、尊敬していた女性が一人居た。
居るではなく居たと過去形にしたのには二つ意味がある。
一つは、私が彼女を尊敬し慕っていたのは既に過去のことであるから。
もう一つは、彼女は既にこの世を去っているから。
もはや彼女に出会うことは決して無い。
でも、もし仮にもう一度彼女に会うようなことがあれば、私は彼女を殺さなければならない。
天使のような笑顔で語りかけてくる様が刷り込みの如く私の内に焼き付いているのは事実だ。
一切の逡巡無く仕果たすことができるかと言われれば、正直そこまでの自信はない。
しかし、こちらももはや盲目的に親鳥に従う雛ではない。
私は死ねない。縁を死なせるわけにはいかない。
痛痒を伴おうとも、犠牲を払おうとも、必ず仕留める。
その覚悟だけは絶対だ。

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　私がこうして恐らくは原稿用紙に起こすと１０枚ほどにはなりそうな回想に至ったのには原因がある。
本来なら私の前に姿を現すはずのない女が、私と縁の前に現れたのだ。

　全ては、あの日から始まった。
人は生まれ、人は死ぬ。
天に軌道があれば、人には運命がある。
炎に追われ、閃光に導かれ、辿りゆく果ては何処。
だが、この命、求めるべきは何。
目指すべきは何。
打つべきは何。
そして、我は何。

次回第１７話『雑草王女／Ｚｅｒｏ\x87U’ＴＵＲＢＯ』

　目も眩む破壊の中を、歩行雑草が走る。