ENo.1455 天色　壟

「うーむ……」
「にゃー……」

非常に困った事になった。

一番街の商店に荷物を届けにやってきたのだが、見事に閉まっている。
三番街の果物屋の箱のような便利な物は見当たらなかった。

閉まった扉の前で大声を出したり、扉を叩いたりしてはみるものの、誰も出る気配が無い。
留守なのだろうか……

立ち往生。
しかし大雨の中、あまり外に出ていたくは無かった。
さっきから雨宿りしても水飛沫がかかって冷たい。身体を壊しそうだ。

「ん……？」

何気なく振り返ると、昨日行った廃墟の病院が見えた。
この店からそう遠くは無い場所にあったみたいだった。

……主人が居ないなら仕方ない、よな。

そう言い訳して、私の用事を済ませる事を優先した。

「セリオン。」

「にゃ」

「あの病院に行ってくる。お前もついてくるか？」

「にゃ」

セリオンは小さく鳴くと、またバックパックの中に入ってしまった。
すっかり気に入ってしまったようだった。

……まあ、いいか。

雨の中、一度も通った事の無い裏路地を通る。
先程の商店がどこにあったか忘れないよう、目印になりそうなものをいくつか覚えておく。

廃墟に辿り着く。
よく見てみれば裏口のようだった。
昨日行ったのは正面口だったか。反対側に着いてしまった訳だな。

「ん……？」

鍵が、開いている。
誰かが入って、閉め忘れたのだろうか…………

そう思ったとき、急に背筋が凍るような感覚があった。

……！？

ま、また…………？

……この、妙な感覚は何なのだろう。
今までに……この街以外で、こんな背筋が凍るような体験はした事が無い。

扉を開けて、敷地内へ。
すると裏口が僅かに開いていた。

まさか……誰かが、ここに入っていったのか…………？

雨は激しさを増し、まるで中に入れと促すように言っているようだった。

……きっと、あれだな。近所の子供が面白半分で入ったに違い無い。
ある意味、私もその一人になる訳だが……

少し戸惑ったが、意を決して中に入る。
幽霊に悪魔など、それほど怖くは無い。

中は暗く、埃っぽかった。
とりあえずすぐに雨具を外す。これがあると動きにくい。

「にゃー」

すると、バックパックからセリオンが飛び出してきた。
あの中に居続けるのは飽きたのだろうか。

うわ、床も埃まみれだな……
転んでしまったら全身が汚れてしまいそうだ……

「にゃ」

セリオンが急に、どこかに走り出す。

「あ……おい！！」

そして、すぐに居なくなってしまった。

……不気味な場所だが、放置しておく訳にもいかないか。

廃墟だけあって、壁も床も天井もボロボロだった。
だから走り出す訳にもいかず、慎重に通路を進んでいく。

すると、広間に出た。
受付のような場所や壊れた椅子があるから、待合室だろうか。

……受付の横の扉が開いている。
風が吹いているためか、僅かに揺れているのが気味が悪い。

扉のノブに手をかける。
その瞬間、また背筋が凍る感覚があった。

……。

流石に、もう四度目だ。
……多少は、慣れた。

そっと、ドアを開く。

部屋の中には……一人の人間の少年が居た。

後姿を見る限りでは、何か……をしゃがみこんで読んでいるように見えた。
一体、こんなところで何を……？

「……あ、その、そこの……お前。」

戸惑いながらも、声を掛けてみる。

「ん？」

すると、少年は私のほうに振り返った。

青い髪に金色の瞳。歳は私よりも幼く見えた。
大体、6歳前後だろうか……？

すると、少年はきょろきょろと見渡した。

……そして、自分の顔を指差した。

「他に誰が居る。お前だ、お前。」

「……俺？」

「……何してんだ、こんなところで……危ないだろう。」

「え？　だって開いてたもん。」

「いや…………ん、まあ私も開いてたから入ったんだが。」

「でしょ？　俺いそがしーの、後でね。」

「……。」

……な、何なのだ、この子供は……

「いや、ちょっと待て。お前、何してるんだこんなところで。」

「え？　何してるって、探検してるんだよ？　おにーさんもそうでしょ？」

「いや……私はその…………」

「ね？　俺いそがしーの、後でね。」

「いや……忙しいって、一体何をしてるんだ？」

「え？　何って、ずっと前に出た悪魔さんを探してるの。」

「な……何！？」

「わ、ちょっと大きな声出さないでよ。お化けが出たと思うじゃん。」

「い、いや……」

やはり、この病院跡が……私が産まれた、場所…………！
そして、やはり悪魔の噂があった場所だったんだ…………！！

「す、すまん！　わ、私もその悪魔とやらを探してるんだ！！」

「へー、そーなの。俺いそが――――」

「忙しいのはわかってるッ！！　な、何かその悪魔とやらを見つけたのか！？」

「ど、どうしたの……？　おにーさん、怖いよ？」

「あ、いや……」

そうか、初対面の人間に対してここまで言う事では無かったな。
軽く呼吸し、冷静になってから話す。

「……私の名前はローランド。その……この、病院で悪魔に攫われたと言われた……かもしれない子供なんだ。」

「……へー？」

「その……私は、その……悪魔といわれる奴の事を捜していてな……何か手掛かりが――」

「あ、じゃあこれおにーさんの事だったんだ。ローランドって書いてあるし。」

「あると思って来たんだが何だとおおおおおおおおおおおおおおおおおッ！？」

「ちょっ、おにーさん怖い。本当に怖い。」

少年が持ってるものを見る。

それは報告書のような……紙だった。
そこには確かにローランドと書かれた部分があった。

破れたり滲んだりしていて全ては読めないが、私が攫われたときの記録のようだった。

「た、確かに……わ、私の名前だな……」

「そっかー、じゃあおにーさんがさらわれた赤ちゃんなんだね。」

「う、うむ……」

そっかそっかと喜ぶ少年。
……この少年は一体何者なんだろう。

その視線に気付いたのか、少年は改めて自己紹介した。

「あ、俺の名前はウル。悪魔さんを捜しに来たの。」

「あ、悪魔を……？　捜して、どうするんだ……？」

「え？　だって悪い事したならごめんなさいしないと。それで皆と仲良くするの。」

「は…………？」

「へっへー！　これで捕まえて、みんなにごめんなさいしてもらって、んで友達になるの。ね？」

「は……はぁ！？」

少年……ウルが出したのは、虫取り網だった。
これで、子供を攫う悪魔を捕まえる……？

な、何なんだ……こいつ…………？
何というか………………こ、こういう奴の事をバカと言うのか？

「あ、じゃあ一緒に捜す？　俺、さらわれたって場所知ってるよ！」

「え……そ、それは本当なのか？」

「うん、ここに来たの初めてじゃないし。」

「う、ううむ……」

何と言うか、その……こいつについていって、大丈夫なのだろうか。
色んな意味で心配だ……

……あ。

「そ、そうだ。悪魔以外にもう一つ捜してるんだ。」

「何？　将来の夢？　俺は将来密猟するのが夢で――」

「誰がそんな壮大なものをこんなちっぽけな廃墟で捜すかッ！！　猫だ猫ッ！！」

「猫？」

「あ、ああ……一緒に入ったんだが、はぐれてしまって……見かけなかったか？」

「んー、俺は見てないなぁ。けっこー長い時間、この部屋に居てたし。」

「そうか……」

……全く。どこに行ってしまったのか……

「じゃあ、捜すの手伝ってあげるー。病院の部屋の配置とか俺、全部覚えてるから？」

「……何故最後は疑問符なんだ。」

「んー、全部って言っちゃうと嘘になっちゃうから。秘密の地下通路とかあったら知らないし。」

「ち、地下通路があるのか！？」

「無いよ？」

「無いのかッ！！」

……というやりとりを十分近くしていた。
何なんだ、この……無駄にバカな子供は…………！！

「じゃ、いこっか！」

「あ、ああ……もうどうにでもなってくれ…………」

「何か言った？」

「何でも無い…………」

少し相手をしただけなのに、非常に疲れる……
それにしてもウルはこの暗い廃墟なのに、早足で転ばないものだな……

「えへへー！」

「何だ、気持ち悪い。」

「んーん、おにーさん、俺の親友に似てるなぁと思って！」

「そうか……お前の親友の気苦労が何となく解る気がするな……」

「そっか、よかったね！」

「良くないッ！！！！」

はぁ……
早く、何か……手掛かりを見付けないと…………疲れて動けなくなりそうだ…………