ENo.1810 エミール＝ランドール

シルバー「これまで依頼の請負に関して、基本的に俺は放っぽってきたが‥
今回ばかりは大いに口出すぞ」

エミル「‥‥」

師匠兼保護者としての使命を思い出したのだろう、シルバーはその依頼内容に異議を唱えた。
詳しい情報は不明ではあるものの、追跡対象は紛れもなく”殺人鬼”と呼ばれる者。
年端もいかぬエミールを黙って行かせてしまうには、少々難がある相手であった。

シルバー「ハッキリ言うが、生半可な冒険心なら止めとけよ。
好きで人殺すようなブッ飛んだ奴をお前が相手にできるたぁ思えねえ。
腕試しにゴロツキ共の相手すんのとはワケが違う。」

シルバー「俺たちは世直ししてるわけじゃあねえ、市民をお護りする自警団でもねえ。
怖いですっつって逃げたところでガキ一人責める奴ぁ誰もいねえよ。
チームに穴空けんのがイヤなら、特別俺が代わったっていい。」

エミル「‥あの、お師匠」

話が終わるか終わらないか、半ばシルバーの声に被せるようにしてエミールはおずおずと切り出す。

エミル「お師匠が今そうしてお心遣いを下さるのは、僕が王子だからですか？
父様から、万一の事がないようにと強くお願いされたからですか？」

まるで”そうだ”と言われることを始めから拒んでいるように、その言葉は堅い響きをもっていた。
彼は王族としての特別な扱いは望んでいない―それは付き添っているシルバー自身もよく理解している。
理解していながらも、なお頷く。

シルバー「まあ、そうだな。
親父に代わって保護を引き受けた以上は当然、いや最低限の責務だろう。」

責務という言葉がどれほど重きを置かれるものであるかは、エミールにも分かっていた。
しかしここで負けてはならないと、表情を引き締め、更に問う。

エミル「‥では、僕が王子でないとしたら？」

シルバー「ガキはガキ、危なっかしいのは同じこった。
‥が、俺個人としちゃ度胸だけは買ってやらんでもないな。」

｢買ってやらんでもない｣、そう聞くや否や、エミールはぐっと身を乗り出した。

エミル「それではお師匠、その度胸を買っては頂けませんか？」

シルバー「はぁ？」

あまりの突拍子のなさに、さしもの”お師匠”も驚きを禁じえない。
エミールは静かに続ける。

エミル「僕はこの依頼を‥手配書を見て、言い様のない恐怖に襲われました。
世にこのような邪悪があって良いものかと、とても‥信じられませんでした。」

エミル「それとともに‥許せないのです。こんな気持ちは始めてだ。
恐ろしいと思う以上に、僕はこいつが今も笑って外を闊歩していることに、腹が立つ。
誰かの為‥というよりも、一番は自分の為に、僕はこの手でこいつを打ち倒したい。」

シルバーはしばらくの間黙り込む。
―こいつはなんだってやばい時、極限の時に限ってヘタに思い切りがいいんだ？
驚き、呆れ、その両方を表情に滲ませながら。

シルバー「確かにこの間、手前に対して素直になれたぁ言ったがな。
一時の正義感なんぞで命縮めちゃ世話ねえぞ。」

シルバー「‥俺も身に一つや二つの覚えがねえわけじゃねえが。」

エミル「実力不相応なのは分かっているつもりです。
でも、どうしても‥何もしないうちからきっぱりと諦めて逃げることはしたくない。
一度でいい、敵わなかったら諦めます。こいつと立ち合わせて下さい。」

シルバー「‥‥」

いつになく強い言葉だが、全く覚えがないわけではない。
彼がこのような断固とした意志を見せることはこれまでにも何度かあった。
もっとも、ほとんどが泣きべそをかきながらだったが‥

シルバー「泣き虫が無茶無謀を言うもんじゃあねえよ。
どうしたって奴とやり合おうってんなら、ふん縛ってでもここに置いとく所だ。
お前をよそから預かってる人間の責任としては、な。」

そこで一呼吸置き、笑う。

シルバー「しかしだ。俺はそういうバカやるのは嫌いじゃねえんだわ。
やっとガキがここまで言うようになったんだし、止めようにも止めらんねえよなァ。」

エミル「そ、それじゃあ‥！」

シルバー「依頼は依頼。殺人鬼相手となりゃ一個人の修行どころじゃねえ。
完遂ただ一点を目標にってことで、本腰入れろよ。
絶対に命捨てるマネだけはすんな。」

エミル「は‥はい！ありがとうございますっ！」

勇んで頷いたエミールの眼前に、びしっと人差し指を突き出す。

シルバー「それとだ、今度は俺も手を貸す。以上が受注の条件だ。」

エミル「えっ！？い、いやでもお師匠は、最初に‥」

シルバー「誰が一生手伝わねえと言った。ケースバイケース、覚えなさいよ。」

エミル「‥‥は、はいっ！」