ENo.1392 ラクア

昔々、ある小さな村に少女が住んでいました。
彼女はどこにでもいる女の子。
優しい父と母、一つ上の兄と三つ下の妹が家族。
決して裕福ではなかったのですが、家族はとても幸せに生活をしていました。

少女は明るく、誰とでも仲良しでした。
金色の長い髪は手入れがされとても美しく、村の女性は彼女の髪を羨むほどでした。
青い瞳はまるで良く晴れた空のように澄み、穢れとは縁遠いそれに彼女の同年代の男性は魅了されました。
しかし、彼女はそれに驕ることなく人々と接しました。
そんな彼女は村でも人気者だったのです。

そんな彼女をとある吸血鬼が目をつけました。

名のある吸血鬼だった彼は彼女を見て「なんと美しい」と感嘆しました。
そしてこう思いました。

彼女の美しさは失われてはならぬ、そして私は彼女を迎え入れたい。

吸血鬼は純粋な欲望を抱き、それを叶える為に彼女に近づきました。
突然見知らぬ人に話しかけられた少女は驚きましたが、彼女は旅人だと偽った吸血鬼にも他の人たちと変わらぬ態度で接しました。

吸血鬼は言葉巧みに彼女を村の外へ誘い出し、村の外れにある廃屋に誘い出すと魔眼で彼女の自由を奪い、ゆっくりと彼女の白い首筋に牙を突き立てました。

彼女が気づけば吸血鬼はもういませんでした。
でも、彼女は気づいてしまいました。
もう自分はヒトではなく、吸血鬼になってしまったのだと。
捨て置かれた鏡に微かに映る自分の姿は自分に良く似た誰かでした。
陽の光で暖かく輝いていた金の髪は、月の光で冷たく煌く銀の髪に。
聖母のような慈愛に満ちた青の瞳は、鬼神のような狂気に満ちた赤の瞳に。

彼女は怖くなり、自分の家へ逃げ帰りました。
家族はそんな彼女を見て驚き、涙し、しかし優しく受け入れました。
村人に見つかってしまうときっと酷い目にあってしまう。
なら家族で隠し通そうとしました。

しかし、小さな村でそれは不可能でした。
噂が村を蔓延し、やがて彼女は村人の前に引きずり出されました。

変わり果てた少女に人々は慄き、そして酷い言葉を投げかけました。
家族はそんな村人に怒り、彼女を守りました。
それが彼女にはとても嬉しかったのです。
みんなが一緒なら今までとは違うけれど幸せに過ごせるのだと。

でもそれは彼女の勘違いだったのです。

彼女の家族は村人から差別を受けるようになりました。
作物が動物に食われても「きっと吸血鬼がやったんだ」。
誰かが病気になると「吸血鬼の呪いだ」。
家畜がいなくなれば「吸血鬼がイケニエに使ったんだ」。
何かがあれば吸血鬼である彼女とその家族のせいだと、村人は声をそろえて言いました。

そんなひどい言葉をかけながらも彼女たちは必死に生きようとしました。

でも、無理でした。

ある日、三つ下の妹が死にました。
夜になっても帰ってこない妹を家族が探しに出ると、妹は村の近くの森で乱暴をされた後、殺されていました。

そこから、全てが崩壊します。

妹を殺され怒り狂った一つ上の兄は犯人探しを始めました。
誰も彼にも食って掛かり、暴力を振るうようになりました。

ある日、兄は木の上に逆さに吊るされたまま血まみれの死体で見つかりました。

犯人はわかりません。誰も知らないと首を振るだけです。
父は二人の子供を失い、気が狂い家を飛び出し、そのまま失踪しました。
母も心を病み、最後は自分の胸にナイフを衝き立て自殺をしました。

そして、彼女は一人になりました。

幸せはあっという間に崩れ去りました。

きっとそれは自分のせいだ。
彼女は自分で命を断とうとしました。
しかし強力な吸血鬼の力で彼女は死ぬ事は叶わなかったのです。
刃物で傷つけようとも、崖から身を投げようとも、強烈な痛覚を全身で味わうだけです。

彼女は村を離れ宛もなく歩き続けました。
何年も何十年も歩き続けました。

彼女は老いることなく、生き続けました。
自身の意思とは裏腹に生を強要され続けたのです。

そしてある日のこと。
彼女は教会という組織に捕縛されました。

彼等は異端に容赦がありません。
きっと吸血鬼を殺す術もあるはずです。

彼女は喜びました。これで死ねる。罪深い穢れた自分を殺してくれる。

しかし、運命は残酷です。

教会でも彼女を殺すことは叶わなかったのです。
それほど元凶の吸血鬼は強い力を持っていたのです。
眷属となった彼女も強い力を与えられたのです。

教会は苦肉の策として彼女を掃き溜めへ捨てることにしました。
そうして、彼女は世界から姿を消したのでした。

彼女は掃き溜めで立ち尽くします。

自分は何時になったら死ねるのだろうと・・・。