ENo.117 JAZZY

コクピットになり響く警告音は漸くのことで治まってきた。
しかし前面のモニタと室内灯は赤く染まり、JAZZYが未だ異常事態であることを示し続けている。
よろける機体を引きずりながら飛び続け、逃げるように町を越える。

時折苦悶を表すように、哀しむ赤子のように機体は振動の唸り声をあげてきた。
それがJAZZYのコミュニケーションなのだと俺は気付く。いやコミュニケーションとも言えない、一方的な通告だ。

”足りない”
”まだ足りない”
”もう少しなのに”
”欲しい”

そういう言葉が俺には聞こえてくる。かわいいもんだ。
だけどそう言ってこのまま放っておくわけにはいかない。当然だ。こいつはただの癇癪を起こした子供じゃない。
行く末が楽しみな英雄か、暴君になるかもしれないんだから。

延々と続く砂地の上をホバリングし、ところどころに顔を出している岩山の陰で機体を停める。

寧火「Fuuuuuuuuuuck！！なんなんだよコイツはさ！黒鉄！！」

寧火が不満を垂れ流した。岩場の陰へと腰を落ち着けさせる操作も荒い。
機体が砂に多少埋まる音は、JAZZYが顔を俯かせて吐息を怨嗟とともに吐く様にも思える。

寧火「ここまで問題児のリンクスだなんて聞いてないよ！？体の動きを制御できないなんて、そんなんじゃダンスもやれない！」

ち、とつい舌打ちが漏れる。
寧火の長所は馬鹿で扱い易いところだが、短所も馬鹿なところだ。今更それを言ってどうなると言うんだか。

黒鉄「（しかし実際のところ、俺も焦ってはいるわけだ。目的を達せられなければ本末転倒。こんなところまで追い遣られて座して死を待つってのは意味が無い）」

寧火「こんなことならアンタの口車になんか乗るんじゃなかったよ！それで”プロデューサー”とは呆れるね」

ため息を吐く。
実際この小娘を連れてきたのは一石二鳥とも思ったからだが、これでは逆に邪魔……いや、まあこんなこともある。
この程度は瑣末な問題だ。壁ですらない。その先に見えるはずの輝きを期待するならば、子供をあやすくらいは何でもないことだ。
複座のコクピットで座席に背中をもたれかけ、赤く染まる天井を見上げた。

黒鉄「……そういえばお前にはこの機体の来歴も話していなかったな。コイツがどういう機体なのか。何でこんなに手間がかかる奴なのか」

黒鉄「むしろよくそれでついて来たもんだと思うが」

我が妹ながら頭のネジがいかれてる。苦笑がこぼれた。

黒鉄「どうせ時間はありそうだ。……JAZZYの動力部、というかコアのようなもんだな。そいつはどこぞの奴が軍からかっぱらってきたものなのさ」

寧火「what？……軍って、ヒノモト自衛軍？」

黒鉄「いいや違う。ここに来た時に追ってきた奴らさ。そのコアを俺が買った。何でだか分かるか？」

思い出してもぞくっとする体験だった。
アレを見た瞬間に未来の一端が見えた気分だった。かつて見たことのない輝きの原石を手に入れた気分だった。

黒鉄「コイツにはな、華がある。誰も持っていないような華だ。だがそれはまだ咲いていない。
それが咲いたらとんでもない事になると……俺の勘がそう告げたのさ」

黒鉄「お前も同じだ寧火。お前は確実にスタアになれる。モニタの前で囃し立てられるような半端者じゃあない。世界を掴むようなスタアだ」」

寧火「……」

コイツはこの言葉でいい。ただ自分が輝いて生きて死ぬことだけを目指すおかしい小娘だ。
原石だというのも嘘じゃないけどな。

JAZZYが俺の話を聞いて、褒められて喜んでいるかのように灯りが明滅する。

黒鉄「――お前はリンクスがどうやって動くか知ってるか？」

寧火「hm？そりゃ……機械とかプログラムとか、魔力炉なんかもあったっけ」」

黒鉄「不思議に思わないか。”本当にそんなもので動くのか”。俺達は技術屋じゃない。リンクスのあの機動、自己制御、エネルギー。あんなものが本当に人間の手で作り上げられるのか」

寧火「黒鉄、一体何の話だよ」

黒鉄「JAZZYのコアはその中でも特級品。『ブラックボックス』なのさ。何で出来ているかも、どうやって造られたかもよくわからない動力部。それを俺は誰も見たことがないリンクスにしようってわけだ」

黒鉄「その為にリンクスを喰うハメになるとは思ってなかったがね」

寧火「……」

黒鉄「そんなわけだ。多少のトラブルくらい大目に見てくれ。コイツが”完成”した暁には凄いことになるぞ。その時はお前にくれてやるから、お前は一躍大スタアだ」」

えっ、と一瞬大きく寧火が目を輝かせる。
が、まだその不満は治まりきらないらしい。

寧火「だけど、もう少しリンクスを食わなきゃいけないんだろ？
なのにここにはもうリンクスなんて誰もいないじゃないか！どうすんだよ？！」」

そればかりは俺もどうしようもないわけだ

黒鉄「……ま、何とか脱出を図るしかないだろうな。JAZZYを置いていくわけにもいかないから今は機を見て――」

ばぎん、と強烈な音がした。続けて軋むような音が追ってくる。
攻撃を受けたんじゃない。咄嗟に確認したセンサーには何も……。

操作モニタを見れば、JAZZYの頭部が勝手に開いていた。
大きくはないその開いた部分から、レーダーに似たものが生えて来ているのが確認できる。

息を呑んだ。俺も、寧火も。
俺の瞳はサングラスの奥で狂喜するように輝いていたかもしれない。
そうだ、お前はそういう機体だ。そうだと思っていた。

そうして見る間に変化していくのは――モニタの索敵。
そのレーダーが……リンクスの反応を、捉えた。