ENo.2224 ローランド・マッカラム

〜安堵〜

†

アンジニティのただでさえ弱い陽の光がうっそうと重なり合って茂る葉にほとんど遮られ、昼間にも関わらず森の中は――夜のように暗い。
その暗い森の地面にまるで溶け込むかのようにしゃがみ、男は地面を注意深く調べていた。
彼とその一行は今までも森を足早に通り過ぎたことはあったが一晩を過ごすの初めてであり、
強い魔物が出るとの噂を警戒してスカウトのスキルを持つハンターの男が偵察役を買って出ているのだ。

（……見つけた、近いな……足跡から見ると獣が１体。いや、２体か？それにしちゃあ妙だな……）

男が警戒しながら進んで行くと、ほどなくして木と木の間の地面に獣らしき足跡を見つけた。
アンジニティの生態には明るくない男から見ても、その足跡からは虎か豹かそれに近い獣を想像させる。
獣が近くに居るという徴に、一瞬緊張して神経を研ぎ澄ませるも、とりあえず、あたりにそれらしき気配は感じられない。

ふうっと息を吐いてひとごこちつく。

（やれやれ、腑に落ちねえ点もあるが……とりあえずは心配していたような…）

大物ではなかった。通常の獣の範囲におさまっている。
ただでさえ強靭な獣が、巨大化してうろついているかもしれないという男の心配は杞憂であったようだ。
今の一行にどうにもならないような凶悪な魔物が出てくる危険はないだろう。

そう考えた男は、低く維持していた体勢を元に戻し顎をさする。これは考えごとをするときの男の癖であった。
緊張が解けると、自然と思考は昨日の仲間との会話に戻ってゆく。

†

男は昨日、宿でそれまでのらりくらりとかわしていた男のアンジニティにやってきたその理由――「復讐」のことをふたりに話した。
話そうと思ったきっかけは自分でもよく分からなかったが、腹を探り合うのが面倒になったからだと自分では思うことにしていた。
半分自棄気味で、もう一人になっても構わないという風に「囮にするかもしれない」……などと挑発するような言葉まで使って一気に喋った。

――ところが、どうやらふたりともまだ自分と一緒に行動してくれる気らしい。
ふたりより３人つるんでいるほうが生存率が高いという計算もあるだろうが、元々ふたりとも単純な損得計算以外の判断基準で行動してるようなところもあり、
ますます「変わった連中」だと戸惑いながらも呆れる男であった。
……が、やはり安堵したというのが本音であった。

思い出すのは、元の分割世界で、仇である魔竜を狩ろうとハンターの仲間に話したときの反応だ。

「……気持ちは分かるよ……だが、悪いことは言わん。アイツに手を出すのはやめておけ」

「すまん、ロール。俺はもう降りるよ……」

「俺も腕には自信があるが、今度ばかりは相手が悪すぎる。命を無駄にするようなもんだ」

誰もが皆、男の元を去っていった。
ただ一人残って支えてくれたフランも、もういない。

†

そこまで考えてふと気づくと、たったひとり暗い森の中に立っている。
あたりは静まり返り、風の音ひとつしない。しんと、静寂が背中に刺さるようだ。
まるで、この森には男以外、他に誰もいないかのように。

警戒するのも忘れ、思わずもと来た道を駆け戻っていた。
すぐに息が切れ、自分の出すゼエゼエという呼吸の音がやけに耳につく。

（おいおい、冗談じゃ――）

「……冗談じゃねえぞ！」

頭で考えていたつもりが口に出していた。

――すると、すぐに茂みの向こうから「ぴぎゃー」と間の抜けた音が返ってくる。
それを聞いた途端、年を考えない全力疾走に足がわらって文句を言い始め、男はへなへなとその場に座り込む。

「ははは……」

男は心底ホッとしている自分に気づいて、自嘲気味に笑う。

（情けねえ、ひとりでもやつを狩るっつう覚悟はどこに行ったんだ？）

――やがて男は息を整えると、自分の見つけたものを伝えるために、ゆっくりと立ち上がった。