ENo.2262 アス

前回のあらすじ：http://phang.blog100.fc2.com/blog-entry-65.html

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思ったよりも事態は深刻を極めているらしい。
端的に纏めるのであれば、『カガチさんと逸れていた間の記憶』が殆どない。

祇斬と行動をともにしていたのは覚えている。
‥けれど、残っている記憶が共闘したときのみというのは一体どうしたことだ。

野営をした、という事実はあるはずだ。
何時も通りに過ごしていたのであれば料理も施しただろうし、それと火を囲んで休息も取って居た筈だ。

しかしそのどれも断片的にすらも拾い上げることができない。
『合流地点』に至るまでにどのような道を歩いてきたのか。
‥時間としてかなりの比率を占めるであろうそこでさえ。
一度、歩いて――もしかすると翼で駆けたのかもしれない――きた道を、振り返って目に留めてもよみがえってくる記憶はない。
今道を引き返しても、踏破したであろう経験は微塵も活きることはないのだろう。
それほどに、頭のなかから引き出せる情報は乏しかった。

‥しかし記憶を汲み取るコトばかりに集中してもいられない、という節もまたある。

合流地点から街での目的地点を目指すまでの道中、自らの短刀で首を割き自害したらしい賊徒の類らしい男が倒れていた。
‥いや、紛うことなく絶命していただろう。仄暗い路地に転がっていたとはいえ、その周囲は失血死に充分すぎる紅に染められていた。
――ちらとしか見えなかったが、その表情は一体何を見たのか、というくらいに慄き歪んでいるように見えた。

‥街が近いとはいえ、やはり此処はアンジニティの一角である、ということなのだろう。
そんな脅威が何処に転がっているとも知れない。慎重に歩みを進めることにする。

何故だろうか、先ほどから背中に伸びる長毛がじくじくと痛む気がする。

「アス、大丈夫か？‥荷物、やっぱり持とうか」

周囲の警戒を自ら負うて先を歩むカガチさんが脚を留めて此方を顧みる。
大丈夫だと応じて、何故かと問うと何時もと呼吸の調子が違うから、と帰ってきた。
‥呼吸？
‥‥いつもと大差はないはずだ。
普段と同じように突き出した鼻先から、肺腑の奥にまで空気を染み渡らせている。
――何が違うのだろうかと彼に改めて目を遣ってみると、微かに慮るような視線が俺を見上げていた。

‥かといって、しかし。それを今問うのは躊躇われる。
問うてしまえば、恐らく碌に睡も取らずに道を急いだであろうこの竜人に、率先して負わせて貰った荷物を返さねばならなくなる。
恐らくの事ではあるが、今日も例に漏れず戦闘を回避することは叶わないだろう。
であれば、それまで暫時気休めだとしても身体を休めておいて貰わねばならない。‥聞くのはまた、移動の必要を無くす夜にでもすればよいだろう。

「‥普段なら３日掛かるところを急行軍で２日に縮めたのはカガチさんだからね。‥実質がどうであれ無理はしたのだから、このくらいだったら体格の大きい俺が負うよ」
「そうか。ん‥じゃ、頼――じゃなくて、お客さんのが先みたいだな」

此方に明らかに狙いを定めて歩を進めてくるのは壮年の男たち３人だった。
‥とにかくその容姿がわかめだらけであることを除けば。

「‥流石に慣れた、か。数日水は開けちまったが、何時もどおりいこう」

‥”何時もどおり”に、カガチさんが前に出て獲物を構える。
よく見慣れた、いつもの姿。
前は任せてあとは飛掩するだけ。

――荷物をひとまず降ろして舞い上がる俺を、祇斬がただ見上げていた。
”何時も”はやってくる敵に対する感想などを口にしながら、カガチさんとすぐに肩を並べるべく前に立つのに――

「‥‥どうか、したか？」
「‥いや、気にするな。‥些細なことだ」

些細なことだ、と祇斬はなぞるようにもう一度口にして――”何時も”に戻っていった。