ENo.1360 Olifia・Violette

　森は枯れず

　命は枯れず

　愛は枯れず

　されど全ては枯れゆく

昔々あるところに、田舎だけれど豊かな国に、幸せなお姫様が暮らしていました。

けれどお姫様には生まれる前に悪い魂、悪の王にとり憑かれてしまっていたのです。
悪の王は波長の合うお姫様の魂に目をつけ、依り代にして力をためようとしていたのでした。

しかしお姫様が十六歳になった日の事です。
良い魔女がお姫様の中に眠る悪の王の存在に気づき、完全に封印してしまおうと魔法をかけました。
魔女の魔法はとても強く、魔女の思惑に反して小さく豊かなその国の全ての魂を封印してしまいました。
しかし魔女は罪もない幸せな人々の魂を救うことより、悪の王を封じ込めることを選びました。
魔女を責める者もいたでしょう。
しかし魔女のくだした判断は仕方ないことかもしれません。
なぜならお姫様の中に眠る悪の王は本当に強大で、いつかもっと多くの人々に多くの嘆きと悲しみを与えるかも知れなかったのです。

こうして悪の王は封印され、600年余りもの年月が流れました。
ただじっと眠るお姫様と悪の王に転機が訪れます。
誰が何をしたのかは分かりませんが、悪の王を封じている錠が、少しだけ綻んだのです。
それでも魔女の魔法はとても強く、封印は完全に解除されることはありません。
悪の王は姫の身体から出ることは叶わず、また姫も悪の王の魂をその身体に内包することを余儀無くされました。
人間の姫と悪の王が混在する身体は人間でありながら強い力を持つようになりました。

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episode.1

木々のざわめきが夜の闇に響く。
時折木々の隙間を抜けて身体を撫でる風が、薄紫の髪の毛とドレスのシフォンを揺らす。
まだ若干幼さを残した顔立ちの女が、ウサギの耳を生やした少女の額に華奢な指をあて瞳を閉じていた。

「まだ霧は濃い…けれど、見える…」

金色の瞳を薄く開き、誰に聞かせるとも無く呟いた。
目を見開き唇の端を上げ微笑むその表情は清らかとは言い難い。
だがすぐに目を細め、少女の額にあてていた指を離し頭を掌で撫でてやると少女も閉じていた瞳を開き、女を見上げた。

「オリフィア様、もうよろしいのですか？」

ウサギの耳の少女が問いかけると、オリフィアは静かに、そして満足げに頷いた。

「ええ、ありがとう、マグノリア。」
「オリフィア様のお役に立てて嬉しいです。」

マグノリアは朱色の瞳を細め頬を上気させた。

「さぁ、もう休みましょう。そろそろお父様とお兄様が帰ってこられます。夜更かしだと咎められてしまいますね。」
「あ…はい、そうですね。お父様よりも特にユリシス様は心配性ですし。」
「ええ。マグノリア、寝具の用意をしてもらえますか？」
「はい！」

自分よりも小さなマグノリアに目線を合わせるように膝を折りオリフィアがそう告げると、
マグノリアは荷物をひっくり返し二人分の寝具を用意し始めた。
その様子を眺めながらオリフィアはアンジニティの赤い空を見上げた。