ENo.653 リリーエ=E=ティーマ

空は一面ねずみ色、所々黒い雲が見える

私はどんよりとした雲を時折見上げつつ、山道を尾根伝いに進んでいた。
巨大山猫の依頼を終えて一旦二人と別れた私は、この山の向こう側にある洋館を目指していた。

空がどんどんと暗くなってきている

一人で旅をするのはこれが初めてではない。
エレ＝ヴィオレートに居た頃に何度か、村から聖都セイラームまで一人旅をしていた。
その時は整備された街道を歩き、様々な人々が行き交う道を進むだけだった。
今歩いているのは整備されていない山道であり、人影はおろか動植物の気配すら感じられない。

心細かった。

時々空の様子を見る為に顔を上げなければ、ずっと下を向いていてしまうぐらいに。

今すぐにも雨が降ってきそうだ

こんな時は何か考え事をするのがいい・・・のだろうか。

私は巨大山猫との戦いを思い出す事にした ―――――

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零砂「邪魔をするなら、蹴散らしましょう。」

リリーエ「行きましょう！」

リィン「着ぐるみ... ですね」

巨大山猫「視界から消えてしまえにゃあぁッ！！」

巨大山猫がこちらを睨みつけ、雄たけびを上げている。

その間に有澤さんが罠を仕掛けていた、私も戦闘の準備を始める ――

突風と薫風の精霊の加護を受け、私の身体が風の衣に包まれる。

リィン君が楽器で朝の光の歌を奏でる ――

私達の身体が朝の日差しを受けたかの様にぽかぽかと温まり、体の調子が良くなった。

零砂「先手を打たせてもらいましょうか」

と有澤さんが刃を飛ばすも外れ、続けてリィン君が疾風を巻き起こすも回避されてしまう。

しかし、回避した着地点で有澤さんの罠が発動し、巨大山猫の背中に短剣が突き刺さった。

巨大山猫「に゛ゃあぁぁッ！！」

見かけによらず巨大山猫の動きは俊敏だった。

巨大山猫がリィン君目掛けて爪を振り回してきたが、全く回避する事が出来なかった。

何度も切り裂かれ、止めとばかりに強い一撃を叩き込まれてしまうリィン君。

その時私は軽く体をほぐして呼吸を整えている所で、まだ戦闘の準備を終えていなかった。

有澤さんが劇薬を塗った刃を飛ばす・・・巨大山猫の肩の辺りに命中する。

体勢立て直したリィン君が、疾風を唸る巨大山猫に向けて放つ・・・巻き起こる風に吹き飛ばされる巨大山猫。

巨大山猫「に゛ゃあぁぁッ！！」

リリーエ「わっ!?」

今度は私の方に向かって来た、ブンブンと振り回される爪を少し受けつつ何とか避ける。

無理に回避して体勢を崩した私を、巨大山猫は軽く殴り飛ばした。

受身を取り、立ち上がったものの頭が、体が重く揺れる。

どうやら巨大山猫の爪には毒があるようだ。

背中を向けた巨大山猫に思いっきり槍を突き出す ―― ガキンッと金属的な手応えがあり、跳ね返されてしまった。

距離を取って精霊に祈りを捧げつつ、背中をよく見てみる・・・・・何だろう、背中に合わせ目がある？

有澤さんが刃を飛ばし、リィン君が協和の取れた音を奏でる・・・巨大山猫の動きが少し鈍くなった。

巨大山猫「に゛ゃあぁぁッ！！」

巨大山猫はまたリィン君目掛けて爪を振り回した。

避ける事が出来ずに爪で切り裂かれ、体を小さくして耐えるしかないリィン君。

何とか引き剥がそうと槍を繰り出すも、回避されてしまった。

仕方なく距離を取って精霊に祈りを捧げ、辺りに魔力を満たす。

毒を受けたリィン君は身体をふらつかせながらも回復の術式を発動させ、ついでに魔力弾を放つも回避される。

有澤さんは短刀を二つ投げ、両方命中させる。

巨大山猫「に゛ゃあぁぁッ！！」

まだ巨大山猫はリィン君を標的にしている。

リィン「...！」

咄嗟に転がって回避するも、いくつも切り傷を付けられ、刻み飛ばされてしまう。

リリーエ「はあっ！」

その隙を狙って槍を繰り出す・・・左腕に命中する。

リィン君はぎくしゃくと身体を動かしながらも、回復の術式を発動させる。

有澤さんは刃を飛ばし、右腕に当てる。

巨大山猫「に゛ゃあぁぁッ！！」

今度は私を狙って来た、素早い腕の振りに着いてゆけず何度も切り裂かれてしまう。

巨大山猫が一度に腕を振るえるのは六回。

振り終えたその一瞬を狙い、力強く踏み込み深く槍で腹を貫く。

槍を引き抜き、後ろに下がって精霊に祈りを捧げる・・・

リィン君が魔力弾を飛ばし、有澤さんは刃を飛ばす。

どうやら巨大山猫は疲れてきたようだ、連続で爪を振るうこともせずただ力任せにリィン君を殴りつけた。

殴り飛ばされて地面を転がるリィン君。

私は槍を繰り出したものの回避され、飛びずさって魔力の補給を行う。

立ち上がったリィン君が回復の術式を発動し、再び調和の取れた演奏を始めた・・・

巨大山猫の体がガクリと揺れ、荒い息を吐き始めた。

有澤さんが刃を飛ばし、巨大山猫の肩に命中させる。

零砂「立たなくても、いいですよ？」　・・・やっぱり時々言葉が怖くなるなぁ・・・・・

そんな事を思っている間に有澤さんは罠を仕掛けていた。

巨大山猫の動きが変化する、まるで猫に追い詰められた鼠の如く猛烈な勢いでリィン君に飛び掛る。

リィン君に馬乗りになり、何度も腕を叩きつける。身体を縮こまらせて耐えるリィン君。

馬乗りの状態のままで腕を振り上げ、そのまま振り下ろす巨大山猫。

リィン「...！」

何とか身を捩って回避するリィン君、腕は地面を叩いただけだった。

巨大山猫はそれにイラついたのか、リィン君を蹴り飛ばす。

私は精霊への祈りを捧げ終え、槍を低く掲げる・・・

リリーエ「我は熱の精霊フォルマハウトに請う ―――

　　　　　　　　　灼熱の揺り篭よりなお熱き紅焔の檻 ―――

　　　　　　　　　　　　　　我が槍に高熱の付加を与え給え ―――」

低く掲げた槍が炎に包まれ熱で紅く染まる。

私は素早く懐へと踏み込み、高熱の槍を突き出した！・・・・・が、寸での所で避けられてしまった。

傷ついたリィン君が回復の術式を起動させ、有澤さんが再び刃を飛ばす。

巨大山猫は目を血走らせ、猛烈な速度で私達に飛び掛ってきた。

私とリィン君がほぼ同時に弾き飛ばされる。

私は飛ばされた勢いで距離を取り、魔力補給の術式を二重起動させた。

リィン君がゆっくりと楽器を構え、調和の取れた音色で冬の朝焼けの曲を演奏し始めた・・・・・

しかし、肩を怒らせて荒い息を吐き続ける巨大山猫には聴こえていなかったようだ・・・

有澤さんが刃のたくさん入った罠の箱を置き、ナイフを投げる・・・脇腹に命中する。

思わず足をふらつかせた巨大山猫は次々と罠を起動させてしまう。

零砂「…切れ味は保障済みです。立たなくても、いいですよ？」

肉裂く円盤が巨大山猫を切り裂き、撒き散らされた刃が幾つか刺さる。

零砂「足止め程度にはなるでしょう。」

殆どが外れてしまったが、巨大山猫はもう満身創痍だ・・・

後はもう一方的な展開だった。

私が槍を繰り出し、リィン君が癒し、有澤さんが罠を仕掛ける。

巨大山猫「にゃにゃにゃ！？」

巨大山猫は最後の抵抗とばかりに大暴れしたけれど、

巨大山猫「いつか・・・・・・見てろにゃあぁぁッ！！」

そう叫ぶとすごい勢いで逃げていってしまった・・・・・

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・・・・・雨が降ってきた

ぼんやりとそんな事を思い出していた。

リィン「ティーマさんは明日、あの洋館にもう一度行くんですよね...無理だけはしないでください.....絶対ですよ？」

昨日の巨大山猫戦後にそう言われた時の、リィン君の表情を思い出す。
表側はどこかたしなめる様な笑顔、でも裏側はかたかたと揺れている。
そんな不安と慈しみの混じった様な複雑な声色で・・・・・

リリーエ「バカだ・・・私・・・・・こんなに心配掛けてまで・・・」

ギリッと奥歯を噛み締め、槍を強く握り締める右手が小さく震える・・・・・

胸の辺りがズキズキと痛む、思わず左手で痛んだ所を抑える。
こんなにも辛くて苦しいのに、頭の中を駆け巡っているのはたった一つの思いだけ。

雨脚が強くなってきた

足が止まり、一歩も進めなくなる。
私は雨に打たれながら俯き独り言を呟く・・・

リリーエ「納得が、いかないんです・・・・・
　　　　　ごめんなさい、我が侭なのは十分に分かっているんです・・・
　　　　　でも・・・負けっぱなしなのが納得いかない、それだけじゃないんです・・・私は・・・・・私はっ！」

『私は ――――――― 』

誰にも聴こえない、けど叫んだ。
私がこの世界に来た目的、その理由を。
思わず両膝から力が抜け、力なく崩れ落ちて地面に座り込んでしまった。

リリーエ「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい・・・・・」

と謝りながら、胸を掴む左手をさらに強く握り締める。
弱い自分がみすぼらしくて、当たり前の現実に納得できない私が醜くて・・・・・
頬を伝う液体が雨水なのか、そうじゃないのか分からなくなる程、頭の中が真っ白になるぐらい
私は体を震わせてその場に座り込んだままだった・・・・・

雨が上がり、日の光が差す

雲の切れ間から差す眩しい光に、思わず顔を手で覆った。
いつの間にか体の震えは止まっていた。
頭の中はまだぐちゃくちゃにこんがらがっている。
けれども、私はふらりと立ち上がった。
そのまま一歩一歩をゆっくり踏み締めながら先へと進む。
その姿は足掻くなんて格好のいい言葉は似合わない。

それでも、前に進むしかないから・・・・・

ゾンビのいる洋館が見えてきた ―――