ENo.150 ダーク＝ブラッドペイン

『ダーク＝ブラッドペインの表裏』

　ミラージュの日付『PC2268.07.14』。次元、世界不明――

　エクスは溜息に似た声を漏らした。
「……現在地は惑星『ヴィナス』近隣のステーション周辺だ。転移ポイントから
大分離れてしまったな。アークの反応もない」
　俺は頷いた。ヘルメットを脱ぎ捨てる。汗が飛び散った。
「次元の移動は心臓に悪いな。死ぬかと思ったぜ」
　力無くシートにもたれて、スクリーンに映る青空を仰ぐ。
　ここは出現地点から離れた小島だった。何もない原っぱだけの小島だが、
小休止のためにこの小島へ降りたのだった。エクス本体の色を原っぱと同系統の
色に変化させ、環境に紛れさせている。完全な同化ではないが、遠目で見る分には
機体と判らないだろう。
「全くだ。オレも生まれ変わった直後にいきなり大破するのかと思った」
　相棒のエグゼ……後継機に組み込まれ、生まれ変わったエクスも安堵の息を吐く。
「あぁ、まさか大都市……しかも、近代的な都市の中心に出るとは思わなかった。
いきなり撃ってきやがって……」
　無用の混乱は極力避けたかったのだが、都市の中心に出現したのでは
避けようもなかった。即座に事態を把握し、全力で逃げ切るしかなかったのだ。
反撃することも出来ただろうが、俺達は異世界に戦争を仕掛けるつもりで
次元を超えたのではない。下手に刺激を与えれば敵視されるだけだ。いや……
もしかしたら、既に敵と見なされているのかもしれない。
「役立つのか判らない解析装置で言語を解析してみたが、敵意剥き出しだな。
この国は他国とでも戦争しているのか。敵国の新型兵器と見られたようだ」
　解析が正しければの話だが、罵声を解析した結果は激しい憎悪と
殺意の塊でしかなかった。話の通じる相手ではなさそうだ。
「……本当に合っているのか？」
「マスターには悪いが、当てにしない方がいい。未知の種族の……知らない言語を
解析出来ると思えない。それ以前に言語解析装置の実験すらしてなかったからな。
ちゃんと解析出来ているか判らない」
　と、相棒は笑った。試験する間がなかったらしい。
「おいおい。そんなもん搭載するなよ」
「いやぁ、異世界へ行けるかもって言うから、リストゥアの奴がテストを兼ねて
搭載したんだ。ま、お試し用装置ってことで使用を宜しく」
「機会があったらな」

　ミニエクスは本体の迷彩機能の状態を確認している。俺は小島に飛び降りて、
大地の感触を確かめた。何の変哲もない地面だった。
　草花があって土があって、心地よい風が吹いた。

　次元は変われど、同じように青い空、青い海、緑の大地、世界を構成する四大元素に
世界、文明があって、様々な生命体が住んでいる。
　俺の次元の惑星『アース』や惑星『ミラージュ』と同じ。異なるのは言語や文化だ。
他は何も変わらない。
　変わらなすぎて少々興ざめたが、何も変わらないことに少し安堵していた。
　次元転移を繰り返せば、いつかは異質な世界に辿り着くのかもしれないが、
未知への好奇心と共に未知への恐怖もあった。
　万が一、自身の手に負えない……対処しきれない『存在』、例えば架空の物語に
登場する怪物等に遭遇したら……と、想像を巡らせると恐ろしくなったのだ。
エクスという相棒はいれど、パイロットである俺自身は射撃が上手いだけの
普通の人間なのだから。

「……ところで、レイガ。どうしてマスターを捜す気になったんだ？　依頼主が
いないから後はクリス達に任せて帰るとか言ってたのに」
「そうだな。最初は投げ遣りなことを言ってしまったな……」
　初めは他の惑星の戦争にも、自分の惑星の防衛にも興味はなかった。俺は自分から
飛び込む形で戦いに加わることになったのだ。

　俺が初めてクルゥと出会ったのは祖父の研究所だ。その時は挨拶を交わしただけだが、
俺の知る人物の面影を感じて容姿だけが印象に残っていた。
　次に合ったのは真夜中の歓楽街だった。所用を終わらせて、街を散策していた時に
クルゥの姿を見つけたのだ。声をかけようと思ったら、怪しい二人組がクルゥの後を
着けていたのである。厄介事に巻き込まれるつもりはなかったが、気になって俺も
クルゥを尾行した。
　後は……出来すぎた展開の連続である。尾行に気付いたクルゥが逃げ出して、
二人組が後を追って、何故か銃撃戦に巻き込まれて……いつの間にか、
クルゥに代わってエクスのパイロットを務め、惑星『アース』を狙うの侵略者と
戦う羽目になったのだ。
　要らぬ好奇心から、自分で戦争に飛び込んでしまったのである。クルゥを
助けたと思えば、この行動も報われるのだが、肝心のクルゥは行方不明だ。

「……あいつとの付き合いは長くないが、友人を見捨てるなんて出来ないさ。
ここで見捨てたら本当に薄情者じゃないか」
「そっか。マスターを友人として助けてくれるんだな」
「当たり前だろ」
　と、俺は相棒の頭に手を置いた。
「そっかぁ。友人として見てくれているのか。よかった」
　相棒は目を楕円の形にさせて、安堵と喜びが混じったような溜息を漏らす。
「あぁ？」
「甘いお菓子の祭りの時から微妙に妖しい空気が流れていたから、
レイガがマスターを恋人と見ていたらどうしようかと思った」
　金属を叩く音が響き、相棒の目に星が散った。俺が相棒の玩具のハンマーで、
相棒の頭を叩いたのだ。
「……確かにあいつの見た目は女っぽいし、家事も得意だし、あいつが
女なら良かったのにと思ったことはあるけどな。俺はそんな目であいつを
見ていないから、誤解を招くような発言をするな！」
「きゅぅ。ご、ごめんなさい……」

「まぁ、でも……恋はないが、疑いだけはあるんだよな」
「は？」
「確認したいことがあるんだ」
　俺はコックピットに飛び乗ると、シートの後部を漁った。荷物を収納する
スペースだ。クルゥを探すための荷物と、その他の荷物を収納していた。
目的の物を見つけると、コックピットを飛び降りた。
「これは？」
　エクスにそれを渡すと、携帯端末のデータを引き出す。データは
クルゥに以前調査を依頼した少女の画像だった。その結果は既に聞いており、
少女は病で亡くなっているということだった。
「クルゥの居ない今だからこそ、クルゥを知るお前に聞きたい。あいつ、
俺に嘘を吐いて……いや、隠していることがあるんじゃないのか？」
　エクスに渡したものと、画像の少女が持っているものは同じものだった。
ロボットをデフォルメにした縫いぐるみだ。
「捕まったお陰で運良くってのも変だが、ミラージュに行けたんだ。クルゥと
出会う前の記憶はあったからな。その際に偶然知ったのさ。色々とね」
「？」
「クルゥの言う通りロボットギャグアニメも、主人公のロボットの
縫いぐるみもあったさ。だが、これはそのロボットじゃない」
　エクスに渡した縫いぐるみのタグを裏返す。製造年は昨年となっていた。
「彼女が持っていたのは当時のミラージュでユニシグネードが主力開発していた
戦闘兵器『セラリエール』をデフォルメにした縫いぐるみだ。しかも、
一般市場には流通していない。ユニシグネード関係者しか持っていないそうだ。
この『セラリエール』の縫いぐるみが一般に出たのはつい最近だ。リメイクブームの
流れに乗って、昔のロボットの縫いぐるみがシリーズ化されているそうだ」
　一気にまくし立ててしまいそうになる衝動を抑えて、縫いぐるみの話を出した。
有力な証拠にならなくとも、彼の嘘を崩せるのではないか。