ENo.928 蒼月樟葉

TURN-11

幾度と無く交わされる攻撃。
魔物の鋭い爪をメリアは文字通り間一髪の距離で避けつつ致命傷となる一撃を何度も叩きつける。
その度に魔物の巨体は仰け反り、隙が生じ、更に追撃を加えてゆく。
しかしその攻撃は全く相手に傷を残す事は無い。
魔物もその事実は疑問に思いながらも防御を捨て攻撃に専念し、この気味の悪い存在を排除しようとする。
捨て身でも構わない―――そう判断したのだろう。
徐々に隙の大きい攻撃が増えて行く。
後続の数匹も追いつき、その攻撃へと加わり、メリアは避けきれなくなった攻撃をハルバードを振るい相殺し立ち回る。
しかし常にメリアの攻撃を受けるのは唯の一匹。

―――僅かな疑問は突然の驚きとなる。
黒い竜の魔物が新たにハルバードで両断されたかのように見えた瞬間。
攻撃を受けた魔物ではない、メリアを取り囲んでいた別の一匹が同じ場所から血を噴出し倒れる。
新手が現れた。
そう思い全ての魔物が周囲を見回すが、誰も居ない。
遠距離から魔法が使われた気配も感じられない。
そもそもこの魔者達は他者が存在しているのならばそれを感知出来るだけの実力ある者達。
黒い竜の魔物もメリアと交戦し始めてから敵はメリア以外感知していない。
その動揺の中メリアは大きく振りかぶったハルバードを再び黒い竜へと振り下ろす。
胴体が両断され大量の液体を撒き散らし一匹の魔物が倒れる。
勿論、倒れたのはハルバードを振り下ろされていない、黒い竜ではない魔物だ。
咄嗟にすべての魔物がメリアから大きく距離を取る。
漸く理解出来たのだ。
この小さな者から受けた攻撃は、他者へ影響を及ぼす。
黒い竜の魔物は歯茎をあらわにするほど強く歯噛みし、メリアを睨み付ける。
まんまと相手の思惑に嵌り防御を怠り、味方を殺されていたのだ。
怒りを多分に含んだ咆哮。
仲間を殺された事に対して、と言った事にではない。
準魔王級、魔王に告ぐ強さを持つ自負、それを虚仮にされていた怒り。
咆哮から発せられた衝撃波はそれだけでダメージを与えられる程の強力な物だ。
しかしメリアはまるで介さない、ただその黒い竜との距離を測るかの様に、無感情な瞳で見つめている。
その姿に又怒ったのか、黒い竜はその量の掌に強大な魔力を集め始める。
街一つを灰燼に帰す程の威力を持つ最高位魔法の一つ。
その範囲は広大、取り囲んでいた他の魔物をも巻き込む物だ。
それを見た他の魔物は慌ててその場から更に逃げ出す。
恐らく、同じ準魔王級と呼ばれるであろう他の魔物ですら耐え切れない魔力が込められているのだろう。

メリアは巨大なハルバードを軽々とその場で振り回し始めた。
淀み無く、精練されたその動きは舞踊と言って差し支えない。
ハルバードが風を切り裂く音を発する。
徐々にその舞踊は加速していく。
そして―――。

黒い竜の首が荒野に落ちる。

散り散りに逃げて居た他の魔物も息絶え地に伏している。

―――それは刹那の出来事だった。
舞っていたメリアはその場に残像を残し黒い竜を八度斬りつけた。
一撃目で巨大な天使がその胴体を両断され。
二撃目で幾つ物顔を持つ獣がその首を根元から両断され。
三撃目で巨大な芋虫が潰れ。
四撃目で鎧を纏った巨人が袈裟懸けに両断され。
五、六、七撃目で三匹の巨大な蝿がそれぞれ霧散し。
八撃目で黒い竜の首が斬り落とされた。

メリアはハルバードに付着した、その唯一の血を一振りで払った。
巨大な死体を無感情な瞳で眺めていると両腕が鳥の翼をしたメイドが前線の方角から飛んでくる。
所謂ハーピーと呼ばれる種族だ。
ハーピーはメリアの横へ降り立つと荒げた息を整え告げる。

「ご苦労をかけて申し訳ありません、助かりました。」

「負傷者は大丈夫ですか？」

「はい、敵の突撃部隊と衝突した際に数人負傷しましたがもう回復しています、今は乱れた陣形を整えなおしてる所ですね。」

「ご苦労様です、私が前線に居られれば良かったのですが。」

「メリア様が前線に居たら私達の仕事がなくなっちゃいますよ」

そういってハーピーは笑う、対照的にメリアは目を伏せ申し訳無さそうな表情だ。
それを見てハーピーは翼を自分の胸にあてメリアに向かって小さく礼をする。

「後にメリア様が居る、私達にはそれが何よりもの救いです。」

「それに、ハイド様なんかじゃ頼れませんからね！」

顔を上げて満面の笑みでそう続けた。

「あの方も強いですよ」

その笑みに吊られメリアは苦笑し、ハイドと呼ばれた存在をフォローする。
メリアに取ってその名前は月に何度か模範演習の名目で刃を交える相手であり、自分に次ぐ戦力の持ち主だ。

「でもハイド様がメリア様に勝った所見た事ないですし。」

上半身が人間、下半身がドラゴンという稀有な種族であるハイドは外敵から城を守る部隊の隊長だ。
得物はランス、高速で空を飛び、豪腕から繰り出される一撃で敵を貫く様は圧巻である。
豪快な性格で時折無茶な訓練で部下から文句を言われるお茶目な存在。
ハーピーが言う様にメリアとの試合では一度も勝った事が無いが、その実力は伯仲している。

「唯の相性です、あの方は少し乱暴すぎます。」

今も尚別の戦場の前線で戦っているであろうその姿に思いを馳せる様に西を見つめる。

「ともあれメリア様の活躍で此方の敵は全滅、目の前で突然敵がどんどん弾けて行くのは壮観でしたよ！」

とある魔道具の効果でメリアによって加えられた攻撃はその攻撃対象ではなく、別の対象へと増幅されて移される。
それにより唯一匹を攻撃し続ける事で遠方にいた敵を無差別に攻撃する事が可能である。
結果前線の敵が駆逐され味方が優勢となり大きな被害も無く敵を殲滅する事が出来たのだ。

「これから城に報告に参ります、一緒に参りましょう！」

そう提案するハーピーにメリアは巨大なハルバードをアピールするように軽く持ち上げ言う。

「重いですよ？」

「ハッ！そういえばそれがありましたね！？」

メリアだけならば簡単に運べる自負はあったが、どうやらハルバードの重量は思考の外だった様だ。
唸りながら悩んでいるハーピーを見かねてメリアは

「では城まで競争しましょう。スタート。」

そう行ってハルバードを担いで駆け出した。
城から出てきた時よりも少し早く、軽やかに。
出し抜かれた形になったハーピーは慌てて飛び立ち城を目指す。

―――アンジニティ。

「いぃぃやっほぉぉぉぅぅぅッ！！」

「いぃぃやっほぉぉぉぅぅぅッ！！」

「うざっ」

「はやく引っ込めろよそれ」

「いぃぃやっほぉぉぉぅぅぅッ！！」

「ＨＰ０にしないと消えないんだよね」

「タアァァァアァワッシャアァァァッ！！！」

「ぐふっ」

「おっさんがタワシに腹パンされてんぞ」

「腹パンっていうかタックルだから腹タッだね」

「み、みてねぇで……なんとかしてくれやせんかねぇ……」

「もう一匹呼ぶ？」

「やめろ」

「タアァァァアァワッシャアァァァッ！！！」

「ぐふっ」

「いぃぃやっほぉぉぉぅぅぅッ！！」

その夜。

「メリアさーん、居るー？」

「何か御用でしょうか」

半透明のメリアがブルームーンの前に現れる。
何時もと変わらぬ姿だが―――。

「あれ？なんか疲れてる？」

「……例えそうだとしても貴方には関係ありません。
　御用が無ければ呼ばぬ方が双方にとって良いと思いますが。」

どうしてこうもこいつは勘が良いのだろうか、隠しているわけではないが常に共に生活しているメイド達も気付かぬ事に容易く気付く。
それを直接会った事など片手の指で数えられる程のこいつには気付かれる、それが癪だった。

「あぁ、違う違う、ちょっと気になっただけでさ。
　なんかモンスターによって何匹も召喚できるのと一匹しか召喚できないのが居るんだけど、
　どんな違いがあるのかなーと思って。」

「その件ですか、それはモンスターが固有に持つ特殊能力の一つです。
　同名モンスターを追加召喚できる効果。
　但し場に出ているモンスターの数が増えればそれだけ一体の能力は減っていきます。
　このルールは同名である事に限定されませんので良くお考えください。
　同名モンスターを何匹も並べられるカードはその右下に特別なマークがついています。」

ブルームーンはタワシのカードを改めて見直すとその右下隅に二重の円が描かれたマークを見つける。

「へぇー、こんなのあったのね、気付かなかったわ！」

「タワシ以外にも現在所持しているカードに何枚かありますので確認しておく事をオススメします。」

「おー　ありがと、今日はこれだけだしもう良いよ。
　お疲れ様ー。」

「……私は疲れていません。」

そう不機嫌そうに言葉を残してメリアはその半透明な姿を消した。

「……？
　なんか気に障ったかなぁ？」