ENo.516 大神美弦

　そういえば、今更の話ではあるのだが。
　一応この『日記』。卒論に向けてのメモ帳であると同時に、定期的に提出しているレポートのための走り書きでもあるわけだ。
　だから欠かすとちょっと面倒なことになる。逐一起こったことを記憶できるわけではないし、記憶していても思い出せるかどうかはまた別の話だ。そもそも思い出したくもないエピソードもついでに付与されるわけだから、完全記憶能力というのはかなりいらない超能力の筆頭であろう。
　で、とりあえず定期的にちょくちょく付けていたわけではあるのだが。
　
　　　　↓
　
【目標を達成しました】
「うわー、逆鱗出ねーなー」
「物欲センサーめっちゃ働いてるゥー。ていうか捕獲なさい、捕獲。部位破壊とかも！」
「ガンナーでどうやって尻尾斬れっつーんだよ」
「砥石持ってけ砥石！」
「その発想はなかった！」
「ていうか調合書も持ってないじゃん！　スキル無いんだったらそっちで埋め合わせるだろ常考！」
「目から鱗ォ！」

　　　　↑

「……って感じで一回サボったよね」
「おい待て、記憶をねつ造するな」
　あとなんかキャラおかしいぞ。そこまでトチ狂った記憶は無い。
　いやまあ、寝る前だとか、闘技大会のための精神安定とか、そういうのでゲームはちょくちょくやってるけども。そこまで頭のゆるい会話は断じてしていない。ていうかそっちのゲームはコミュニティ入ってねえよ。何の話だよ！
　
　しかし確かに、サボったというか、『日記』が残っていない。それは事実なのだ。
　適当にメモ帳に必要なことを書き残して「それってネタ帳だよね」やかましい、それなりのことを書いた記憶はある――のだが。
　現物として、『日記』が残っていない。前回の分が白紙になっている。
　記憶との齟齬がどうにも気持ち悪い。白昼夢でも見ていたのか何なのか、ううん。全く持って腑に落ちない。
　
　――というか、これ報告しないといけないんだよなあ。
　
　宿題忘れました、すいません、許してください。
　やだなあ。そういうことしたの小学生の頃以来で、すごく所在ない。というか苦い物が口の中にこみ上げてくる。
　一度やらかした時、その先生がヒステリー持ち（所謂ダメ教師）だったので、烈火の如く責め立てられたトラウマがある。そういうトラウマがある、ということを今思い出して、すごくなんか気が重い。
　しかし如何に自分に落ち度が見えなかろうと、ミスを報告するのは義務である。普段以上に気の重い研究室へのコール音が、キリキリと胃を締め付けた。
　
　
　　　　◇
　
　
　しかして。
『ああ、いや。今回のは別にかまへん。手違いというか、偶然の産物というか、とりあえずつるちゃんに落ち度はないから、普通にしてればえーよって教授が言うてた』
　電話に出たのは懐かしの変態Ｘ、キモオタさんである。キャラ安定してなくないか？　関西弁だったっけ？　突っ込むと、『気分』とだけ帰ってきた。
『大いなる意思が医師に罹ったからそのせいでダメになりました、っちゅーことやねん』
「意味が分かりません、あとつまらなさすぎて一周半して面白くないです。ていうかそれシャレになってねえ」
『キャラ立てるにはな、面白いこと言わんとあかんねん。必死なんやこっちも』
「哀願で人気取りとか必死すぎて目も当てられねえ。ていうかアンタレギュラーじゃねえ。準レギュラーですらねえよ」
『大喜利って難しいよなあ。瞬発力のあるギャグで笑い取るって、もうセンスの問題よなー』
「誰が大喜利の話をしろと言った」
『俺はアレよ。笑いに関しては赤身やねん』
「ごめんなにいってるかちょっとマジでわからない」
『つまりやなー、白身はスプリンターやろ？　赤身はアスリートや。つまり長距離で笑いを取りに行くのは出来るけど、大喜利みたいにサッとおもろいこと言うのは苦手やねん』
「アンタが伏線張ってまで笑いを取った記憶ねーんですけど」
『それはアレや、今回に関しては物語が終盤まで行けばわかるで』
「リアルで物語とか言っちゃう男の人って……」
『ワシのプロットは百八式まであるぞ』
「腕折れろ。ついでに筆を折れ」
『というわけで俺をレギュラーにしてほしいんやけど』
「自分の研究してろ」
『でまあ、それはそれとして。とりあえずつるちゃんの責任ではないから、今回はレポート無くていいよって話や。連絡する手間が省けてよかったわ』
「……そうですか」
　不安が大きい時ほど、案外その事案に直面してみるとあっさりしていることが多い。妄想で不安を煽っておいて先に感覚を麻痺させるのか、単に妄想が大きすぎるだけか。
　まあ、ペナルティがないのは良いことだ。連絡回数を増やせとか言われると、また変態Ｙことネガティブ小説家とのコンタクト回数が増える可能性が上がるわけだし。
　
　しかし、なんだろう。安心はしたけれど、理由がハッキリしないから腑に落ちない。
「ところで、原因って何か分かります？」
『んー……まあなんとなく。でも俺から口には出さんよ。然るべき担当がそっちにおるからな』
「は？」
　ののわがぴゅうと口笛を吹いた。……あー、うん？　どういうこと？　ののわの担当？　ただの賑やかしじゃないの？
「すいません、ちょっと意味が」
『今回の件でつるちゃんが得る教訓は、突発的な不幸はあるから悠然と構えておきなさい、ということや』
「やっぱりそれの影響かよォ！」
　あーやっぱりね！　なんか今回妙にカギ括弧と無駄話が多いと思ったらそういうこと！　今ハマってるものそれですか、そうですか！
『ちなみに作業用ＢＧＭも前期のサントラな。今折り返したとこ』
「しらねえよ！　ていうか電話中に音楽聞くなよ！」
『いやー、なかなか難しいもんやね。やっぱアドリブでボケるのは難しいわあ』
「要するにその関西弁も完全にキャラ付けだな！？」
『あ、バレた？』
「関西弁にするだけで濃いキャラになると思うんなら大間違いだ！　謝って！　関西人に謝って！」
『滅びれろ！　滅びれろ！』
「うるせえ！　ニワカ丸出しの返しすんなバカヤロウ！」
　なんかもうグッダグダである。偽物とかいうレベルじゃなくて、ただのパチ物だ。劣化にすらなっていない気がする。大丈夫か、大丈夫なのか。色々と。
　
　ぜえはあぜえはあ。
　こほん。
　
『とりあえず解説はＣＭの後で』
「はい、お粗末様でした！」
　ぶちん。
　
　　　　◇
　
「要するにＰＬが熱出したってこと」
　電話を鞄に押し込むと同時に、ののわは言った。
「ＰＬ？　誰だそれ」
「中の人」
「おい」
　そういうレベルの話かい。つまりいつものメタ会話。ダメだ、なんだ今回。頭が悪すぎて一周回って面白いわけでもなく、そもそも半周すらするエネルギーがなさそうだ。そのくらい意味が無い。
「インフルエンザじゃあ、まあ仕方ないよね」
「……あーいや、まあそういうことならしょうがないんだろうけど」
　さすがにそれは横になって安静にしてないとダメだもんなあ。
「まあ、やることないからずっと狩りに行ってたんだけどね」
「寝てろよ！」
　寝てろよ！　病人は寝てろよ！　ゲームは一日一時間までって名セリフを知らないのかよ！
　ああ、だから冒頭のねつ造がそういうネタになったと！　そういう伏線だったの！？　伏線にもなってねえよバカヤロウ！
「でも熱が出るまでに他の宣言は済ませていたのが救いだよねー」
「それはいいんだけど！」
「適当に技振った割には、闘技大会は勝てたしねー」
「まあね！」
　事故ったようなもんだけどな！　完全にダイス運だよな！
「まあ本戦は負けてるから、また素材集め出来なかったわけだけど」
「言うな！」
　もう何連敗してるのかな！
「そういえば、風邪のことを流行性感冒って言い直すのって、アレ今じゃ通用しないよね」
「話を元に戻すな！」
　ようやくここに乗せて然るべき話に戻ったと思ったら！
「今それ言ったら、『いや、インフルエンザは帰って寝てろ。迷惑だから』とか突っ込まれるよねー。十年前だから通用したボケっていうか」
「時代のせいにすんなよ！」
「まあ当時から突っ込んでた人もいっぱいいただろうけど、今だとツッコミの嵐だよね。ネットがどんどん身近になってるし」
「しらねーよ！」
「そういえば最初の声優さんどうなったんかなー。失踪ってのもすごい話だよね」
「もういいだろ！　勝手にググってろ！」
　そもそもネタが分かる人が何人居るのか。元ネタを知っていたとして、そういう細かいところまで覚えている人がどれだけ残っているのか。というか今回、こういうネタで終始するつもりか。正気かお前ら。

「どこに着地させる気だよこの話！」
　なんていうか、いい加減。
　ちょっとくらいは真面目な話をしたいんだけど。
「んー、まあそだねえ」
　ぷらぷらと尻尾を揺らせて、ののわはどうでもよさそうに言葉を吐く。
「とりあえず最初の街に戻って、全部仕切り直してから考えよう」
「仕切り直すのかよ！」
　そういうのやめろよ！　風呂敷広げて投げっぱなしとか！
「いや、そもそも風呂敷広げてないじゃん。何も」
「は？」
　いや、ちゃんと広げ……てはないか。広げようとしてもなんかグダるし、風呂敷というかボロ布を適当に撒いている気はしてる。
「まー、なんつーか」
　ののわはコホンと一つ咳払いをすると、
「とりあえずさ、みつるんのしてる独り相撲を明かさないことには何も始まらないわけよ。狂言回ししてても舞台がココじゃ意味ないし、とりあえず主人公にならないとね」
「うん？」
　それは、どういう
「だからそろそろ、お姉ちゃんとの関係とか真面目に語ろうぜ？　そもそも何のためにこういうことしてるのかって、それすら始まってないわけじゃんか」

「シリアスな話がしたいんなら、いい加減自分の傷口くらい見せないとダメじゃね？　と思うわけですよ」