ENo.3288 クァール

「は、はぁっ、はぁッ！」

息を切らして、荷車を牽く

「む、村は…ま、まだ、かな？」

ギィ… ギィ… と、きしむ車輪の音が答える

話は、今日の朝に遡る。

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食料運搬の依頼を受けた俺は、届ける荷物を受け取りに、
冒険者達へ依頼を斡旋する詰所に出頭した。

荷物を運ぶ程度なら簡単だろうと、軽く考えていた俺を待っていたのは…

山の様に積みあがった食料だった。

米や小麦のような穀物の袋。
じゃがいも、にんじん、たまねぎのような野菜の箱。
リンゴやオレンジといった果物の籠。

ひとかかえもあるような大きな袋や箱が、所狭しと何十も並べられている。

ああ、うん。　まぁ、当たり前なんだよね。

『村』から依頼が来てるってことは、
村ひとつ…村人全員の胃袋を満たすだけの食料を運ばないといけないんだよね。

鞄に詰めて背負って行こう！なんて、生易しい考えで済む量じゃなかったんだよ。

『冒険者への依頼』なんだから。

子供のお使いじゃあないんだしさ。

辺りを見ると、同じ様に食料運搬の依頼を受けたと思わしき冒険者達の姿があった。

どうやら、似たような運搬の依頼は何件もあるらしい。
きっと、実りの豊かなエスタから、周囲の村々へと食料を配っているんだろう。

しばらく他の冒険者達の様子を眺めていると、みんないろいろな方法で食料を運んでいった。

街の外で捕まえたのであろう使役獣に荷を積むもの。

魔法で使い魔か何かを呼び出して、運ぶように命じるもの。

大きな機械人形を従えて、荷物を抱えさせてゆくひともいた。
あれは、他所の世界のひとなのだろうか…？

道具も方法も様々だったけれど、みんな労することもなく、軽々と荷物を運んでゆく。

俺にはもちろん、そんな便利な手段はない。
使役の技も知らなければ、召喚の魔法も使えっこない。機械人形を操るなんてもってのほかさ。

そうこうしているうち、他の冒険者達は皆、担当の荷物を纏めて街を出て行ってしまった。

そして、一人残される俺。

「………。(汗)」

そんな様子を見ていた詰所のひとが、呆然と立ちすくむ俺に『荷車を貸してやる』と言ってくれた。
俺の答えを待たずに、残っている食料が荷車に積み込まれてゆく。

どうやら、『やっぱりやめる』という選択は、選ばせてはくれないらしい。

『途中で放り出すなよ！』という励ましの声(？)に背中を押されて、俺はエスタを出立したんだ。

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そして、今に至る。

目的の村は、普通に歩けば昼前には着く距離にあるらしい。
だけど、日が傾き始めたのに、そんなの影も形も見えない。

「日が沈む前に、たどり着けるかなぁ…？」

はぁ…　と溜息をつくと、おもわず弱音が漏れてしまう。
こんな荷物を抱えて野宿はゴメンだよ。

「………。」

荷車を牽いていると、ふと、母さんのことを思い出した。

小さい頃、実りの季節を迎えた畑で、姉さんと一緒によく作物の収穫を手伝った。
じゃがいもを掘ったり、とうもろこしを刈り取ったり…
どっちがたくさん収穫できるか、姉さんと競争したもんだ。

影が伸びだす頃には、荷車は戦利品でいっぱいになっていた。

里へと荷車を牽く母さんの背中に、姉さんと俺が乗る。
疲れてうとうとしだす俺を、母さんの緑の鬣が、柔らかく包む。

母さんは、俺が覚えている母さんの姿は、獣の姿だった。
純白の毛皮に翠緑の鬣と、金の瞳の獣。

俺の髪と瞳は、母さんから貰ったんだ。

眠たくて母さんの首筋にもたれかかる俺を、姉さんが後ろから小突く。
首に抱きついたら、母さんが重たいでしょう？って。
ただでさえ荷車を牽いてて重たいのに。と。

そんなこと言うなら、俺たちが乗ってる方が重いじゃないか！と言い返す。

じゃあ、降りて歩く？という姉さん。
やだよ！といって、母さんの首にしがみつく俺。

ぶるっと身体を振るわせ、耳をぱたぱたと揺らす母さん。
''大人しく乗っていなさい。''という合図だ。

きゃぁ！と、姉さんが俺にもたれかかる。
母さんが身体を振るった拍子に、バランスを崩してしまったようだ。
結局、二人とも母さんの身体へ抱きつく形になってしまった。

何が可笑しかったのか、姉さんがあははと笑う。
俺も、つられてえへへと笑う。
呆れた顔で振り返る母さんが、優しく尾を振る。

そんな、幼い頃の想い出。
母さんと、姉さんとの、幼い頃のやりとり。
ぼんやりとした、夢の中の出来事のようにもおもえる、幽かな記憶だ。

あれ…？

唐突に、気付く。

俺が物心ついてから…

姉さんは、笑ったことがあっただろうか？

姉さんは、別に、無愛想って訳じゃない。
機嫌のいいときに呼びかければ、ちゃんと微笑み返してくれる。

でも、それは、社交辞令というか、愛想笑いというか。
挨拶の延長線上にある「笑い」だ。

嬉しくて、楽しくて、心の底から出てくるような笑いじゃ無い。
口を開いて、思わず声を上げてしまうような笑いじゃ無い。

子供の頃の姉さんは、よく笑っていたはずだ。
俺の記憶の中の小さな姉さんは、いつも屈託の無い、笑顔の姉さんだったんだ。

どうして？

どうして、姉さんは笑わなくなったんだろう？

いつから、姉さんは笑顔を見せなくなったんだろう？

どうして？

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がたん。と音を立てた荷車に、意識を引き戻される。
どうやら、下り坂に差し掛かっていたらしい。

「お…っとっと。」

腕に力を入れ、足を踏ん張って荷車の勢いを殺す。
坂道で勢いがつきすぎて、暴走したら大変だ。
こんなところで荷をひっくり返しちゃったら、目も当てられないよ。

ふと目を凝らすと、広い草原の真ん中に柵や小屋があるのが見えた。
ちんまりとしているけれど…あれが、目的の村だろうか？

「やっと着いたのかぁ…」

はぁ。と、今度は安堵の溜息が漏れる。
ようやくこの荷物とおさらばできるのかと思うと、足の進みもいくぶんか早くなった。
自分でいうのも何だけれど、現金なものだよね。

近づくと、なにやら村は騒がしい様子。
村の中を、右に左にとひとが走り回ってる。

そうしているうちに、村の人がこちらに気付いたようだ。
何人かが村から出てきて、こっちに駆け寄ってくる。

そんなに食料が待ち遠しかったのかな…？

「た、た・・・・・・助けてくれえぇぇえぇぇッ！！」

そうじゃなかった。

「えっ？！　な、何？」

『アンタ、冒険者なんだろう？なんとかしてくれ！』と、腕を掴まれる。
わけもわからず、村人に引っ張られるまま村に入る俺。

村の中心にある広場で、俺を待っていたのは…

………。

……。

…。

「　　　」

ぴょんぴょん飛び跳ねる竈馬に絶句している。