ENo.2229 ヘッセ・ハーマンバルド

左手に湖を、右手に海を見ながら街道を行く。
昔聞いた話では陸地が長い年月掛けて移動し元々海だった部分が切り取られて湖になることもあるそうだ。
土地が移動する、なんて話を聞いたときはちょっと信じられなかったけど証拠に
様々な年代を重ねた地層を見せられたときは納得してしまった。スケールの大きさに圧倒されたなぁ。
まぁ世界が分割されてる、ってのも結構でかい話ではあるんだけど。
だとするとあの湖も元は海の一部で、中の水も海水が入り交じってしょっぱいのかも。
ちょっとした好奇心で口にしてみたい気がする、綺麗なところを見つけたら試してみよう。

そろそろ陸クリオネの物珍しさにも慣れ、先を進むに連れて東にいた頃より
土地の空気が変わっていくことに気づく。敵意が若干緩やかになっているようだ。
何でもかんでも襲ってこられるというのも退屈しなくて悪くないけど、今はこの先に用があるわけで
なるたけ体力は温存しておきたいところだ。

依頼内容をもう一度確認する、野党の討伐。人間相手の戦いになる。
ここに来てからも何度か人間を相手にしたわけだけれど、やっぱり単純には行かない。
ただ、信念なく誰かを傷つけるという行為だけはどうしても見逃すつもりにはなれない。
少し前に体験した戦争で、戦場で出会うものは皆何かを抱えてそこに立っていた。
国のための忠誠だったり、政治的権力的な難しい目的のためだったり、
同じ戦場で肩を並べる誰かを守るため、あるいは自分の後ろにいるはずの力ない人を守るため、とか。
あるいは復讐のため、とかもあった。ギラギラした目付きで武器を離さずに語る兵士のことを俺は忘れられない。

この先に出会う野党にも、以前から戦っていた相手にも何かしら抱えたものがあるのかも知れないけれど
俺には届かない、圧倒的に覚悟が足りない。温すぎる。
…それは俺も同じか。その戦争では俺もたぶん彼らと同じように覚悟も足りないただのひよっこでしか無かった。

たまに戦場のすえた匂いを思い出してしまうことがある。同時にあの獣のようになった兵士のことも。
その後の話は噂に聞いただけだが、彼は戦場にとりつかれたかのように終戦を迎えた後も各地の動乱に飛び込んだ。
復讐を果たした後もだ。何も残らなかった彼にはもはや戦場に縋って戦うしか無かったのだろう。
最後は呆気無く敵に殺されたそうだ。ただその顔は安らかだったとも聞いている。

俺も何も残らなければ、そうなるのかもなぁ、なんて思いながら
必死に世界と結びつくために何かを探してるんだけどさ。