ENo.2143 六曜　唯日

「えっ？ちょっと待って！あんたザリスの事知ってんの！？ナンデ！？
　というか何？オーロラになれた、ってどういう事なの！？」

「まあまあ、ちょっと落ち着いてよ。どうせ一気に情報を渡されても分からないだろうし。
　その、君の言う『ザリス』ちゃんの事はよく知ってるよ。本名は『星水アリス』っていうんだ。
　なんせ、少し前までうちの学校の生徒として実在していたしね」

「実在して『いた』…？
　ザリスが実在の人間だった、って時点で驚きなんだけど。
　今は…？今はどこで何やってんの…！？」

「ここから先はちょっと、君にも分かるように話すのは難しいかもね。
　ザリスは『肉体的に実在していた』。今は『精神だけが存在している』。
　っていうぐらいの表現が正しいんじゃないかな。簡単に言うと」

『オーロラメモリー』。　
そう。あのオーロラ。空に浮かぶ、不思議な光。　
その正体は、巨大な情報ストレージ。　
そこには、様々なイデアが格納されている。　
例えば、強さ。その象徴としての、剣術。　
これらのイデアは、『途心』を以て肉体へとダウンロードされる。　
そんなイデアは、どのようにして作られるのか？　
それは、人間の持つ根源意志〔クオリア〕だ。　
クオリアは人間の本質を表す。これが私だ、と。　

数あるイデアの中には、残響を司るものがある。　
自身の分身を構築〔ビルド〕するんだ。　
しかしそれは他の単純なビルドと同様、時が経てば再び光に消えていく。　
それを恒久的に行おうとしたとき。　
物質を情報に融かし、再構築〔リビルド〕を試みたとき、　
その生命体のクオリアを抽出することが出来るんだ。　
でも、それは再び身体に戻る事はないから。　
消えてなくなる前に、かき集めて刻み込む。　
あの、オーロラに。　
自分をイデア化して、あの空に打ち上げる。　
そうすれば、オーロラが限界を迎えるまでダウンロードできる。　
剣術となれば強さを必要とする人の元へ。　
別の存在となれば、またそれを必要とする人の元へ。　

ザリスは、オーロラになりたかった。　
その作業にはリビルドが伴うから、半身をこの世に残す事はできる。　
でも、彼女はそれを望まなかった。　
彼女は物質の制約から完全に解き放たれる事を望んだ。　
実際、それはオーロラに登録する僕としても好ましい事だった。　
オーロラの容量は既に限界を迎え、物質の形を刻む余裕はなかった。　
だから、彼女は自ら高濃度の情報の海に飛び込んで。　
精神も、肉体も、全てごちゃまぜにして、融けて、　
そして、消えた。　

彼女は、「星水アリスのイデア」ではなく、　
「星水アリス」として、オーロラを目指したんだ。　