ENo.1383 キキウス・ヅーベング

前々回からの続きです。
不定期連載。前回までの日記はコミュニティ・ページに保管されています。たぶん。
暇な人は読んでみよう。
ついでに、小説に出てもいーよって人は伝言下さい。←けっこう本気で
キャラ名を考えるのが面倒くさい筆者が、キャラ名拝借致します。

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　そう願うことで、ビュコックは歯を食いしばった。生き残る方法を思索した。
　客観的に判断して、突き放すような考え方かもしれないが、たぶん自分の死に涙する人間なんてこの世に一人たりともいないだろうと彼は結論づけている。だから、たとえここで朽ちたとしても、それは「少し寂しいこと」ではあっても「とても悲しいこと」ではないはずだ。
　だが、自分の命の後ろには、街の住人の命が――多くの、名も知らぬ命たちが――犇めいている。今この瞬間だけにおいては、容易く差しだせる命ではなくなっているのだ。
“だから、なのだろうか”
　それは、騎士たらんとする自分にとっては、おぞましいまでに身勝手な、そして心が麻痺しそうなまでに甘美な立ち位置。
　誰かの役に立っている。この命を盾にすることで、どこかの誰かが救われている。そんな自分に酔っている今を、度し難いまでに手放すのを惜しんでいる。麻薬のもたらす夢に、首までつかりかけている。
　こんな我が侭につきあわせているのだと知られれば、誰もがビュコックを嫌悪し、心の底から疎むだろう。だから、その誰にも知られてはならぬ罪を贖う為に、彼は足掻いている。実力以上の戦闘を繰り広げているのだ。
　だが、旗色は明らかに悪い。
　鳥型脚《ラプター・スタイル》を持つハンマー・ヘッドは、この砂漠という地形において、少なくともスナークＫよりも高い機動力を有していた。人型の脚は、実は思うほどに性能が良いわけでもない。
　だが、長所というものは、大抵その裏に短所を隠し持っているものである。
　移動速度、ジャンプ力、バランス感覚に適した鳥脚は、逆に転倒した「後のこと」には驚くほどの弱さを露呈する。
『膝立ち』ができない。
　それは、安定した低姿勢が取れないこと。同時に、立ち上がる為に自分以外の誰かを利用しなければならないことを意味していた。
“だから、足を狙うのがセオリーなのだろうがな…”
　簡単なことではない。
　有効なトラップでも仕掛けられていたのなら話は別だろうが、今回の襲撃に関してはそんな準備時間すらなかったのだ。
「つっ…！くそっ」
　休む間もなく放たれた４５\x87o小銃《ハイ・スタンダード》の徹甲弾が、スナークＫの装甲を貪り食らう。
　カーバイトの粒子が砂塵に融ける。
　砂漠で光学兵器を好んで使う馬鹿はいない。
　大気中では当然と覚悟しなければならない減衰率が、ここでは砂の粒子による偏光によって更に大きな意味合いを持つに至る。
　そんな戦場事情によって使用される実弾。これらの持つ混じりけのない物理衝撃は、掛け値なしに操縦紡を震撼させる。何度も殴られたかのような振動を、文字通り味わう羽目になる。
　脳を、揺さぶられる。
　萎縮しそうになる四肢を、ビュコックは己の持つ義務感と矜持とで叱咤した。人間が死に対して持ちうる本能的な恐怖を、理性で押さえ込む。
　諦めることに慣れていない生い立ちが、この場合には幸いしていた。確実に追い込まれている状況下にあっても、
“まだ何とかなる”
　と思いこめるだけの愚鈍さが心の支えになっている。
　砂を蹴ってハンマー・ヘッドの一機に掴みかかろうとするが、機動力に劣っている現状では、それもままならない。
「逃がさん！」
　ここで逃しては、もはや逆転は絶望的だ。ビュコックは冷媒の残量を無視し、更にスロットルを開く。
　だが、今日の彼は運を伴っていなかった。
　不安定な砂地に足を取られ、踏み込みが浅い。
　最後の一歩がどうしても届かない。
　後退しつつある敵に、熱くて冷たい銃口を向けられる。
　開かれる深淵の顎。心臓が凍り付く。
　この体勢での回避は無駄と知れた。
　こちらも、バルカンの照準を敵に合わせる。
　残弾はゼロ。
　ただ、銃座を敵に向けることが、せめてもの威嚇になればという願いが取らせた行為にすぎない。
　だから、ビュコックが無意識にトリガーを引いても、それには何の意味もなかった。
　無いはずであった。
　虚を突かれる――という言葉の意味は、まさしくこういうことを言うのだろう、と後のビュコックは語る。
　ほんの数瞬前まで自分が追っていた敵がいきなり目の前で四散した。
　なにが起こったのか解らない。おそらく、当の本人ですら己の死を知覚もすることなく逝ったことだろう。
　ただ、本能的に伏せた自分の頭上を、鉄片と熱風が駆け抜けたことだけは、辛うじて理解できた程度だ。
　続いて、浴室で風呂桶を叩いたときに出るような、
　コウゥゥゥン――…
　という音が響く。
　それは、長距離滑空砲が発する自らの主張。
　実弾より遅れてやってきた音が、いま追いついたのだろう。
　長距離からの狙撃。
　その現実を理解する前に、ビュコックに照準を向けていたもう一機が破壊される。
　脚部が飴細工のように弾け飛び、残った上半身は空を泳いで砂塵に落ちる。
　恐るべき破壊力。そして命中精度。
　着弾箇所から逆算し、ビュコックは弾が発射された方角に機体を向ける――ことなく、残った二機へと迫る選択をした。
　ここが砂漠だという条件を差し引いても、通常、動いているＡ・Ｇに狙撃が成功する可能性は低い。
　なのに、弾が命中したのは、砲手《ガンナー》が敵の動きをパターン化し、予め移動先を読んでいたからだ。
　裏を返せば、狙撃の危険を知った敵の動きは、それまでのパターンに組み込まれないということ。
　敵は焦っている。
　好機があるとすれば、今しかない。
「覚悟っ！」
　ビュコックがセラミック・ブレードを振り上げたその時、
　――ハンマー・ヘッドの体は左右に分かれた。
　完全なる両断。
　その背後に凛と立つＡ・Ｇに、ビュコックは見覚えがあった。

　　　　　　　　　　　　　　　２

『やぁ、騎士ビュコック。無事だったようで何よりです』
　温度管理された薄暗い室内。その中心に鎮座する直径１メートル、高さ５メートルほどの円柱が明滅し、そんな無邪気めいた声を発する。
　これの円柱こそが、今回の防衛戦を立案し、ビュコックにナビゲートしていた電脳、ダディ・マルクの本体である。円柱からは太いパイプやケーブルが四方八方に伸び、その張り巡らされた端末は街を完全に網羅している。電脳とは、その言葉の通り、脳神経のシナプスと同様の働きをするケーブル群を統括する存在であった。
　汗と埃に汚れ、それでもこの場所に直行したビュコックは、いま自らの怒りを押さえるのに少しばかりの努力を要している。
「わたしを囮に使ったな。ダディ・マルク」
　言葉は丁寧だが、額に青筋を浮かべて迫るビュコックに対し、
『はい。その通りです』
　悪びれることなく返すダディ・マルク。
　その反論を制するかのように、さらに言葉を繋ぐ。
『騎士ビュコック。ボクはユーザーの皆さんが望まれる結果に対し、最も確率が高く、最も効率的なプランをご呈示したまでですよ。何か問題でもありましたか？』
「貴様っ、騎士を愚弄するかっ！」
『それは、誤解です。そもそも、これは貴方も納得しての作戦だったじゃありませんか』
「納得だと！できるかっ」
『そうですか？貴方は――騎士ビュコックはボクにこう言いましたね。この街を護るため、もっとも信頼の置ける作戦をくれ、と。そしてボクはこう答えました。貴方の命を危険に晒すかもしれませんよ、と。すると貴方は清々しい笑顔でこう言いましたよね。「…ふっ、騎士が命を賭けるに値する戦だ」と。ボクの記録にも残っています』
　ぐぅ、としか言えなかった。そういえば、そんなことを言ったような気もする。
　しかも、わざわざダディ・マルクはビュコックが言った「ちょっと格好いいセリフ」の音声を忠実に再生までしてくれた。しっかりと録音していたらしい。
「これにしたって…」
　反論の声が小さくなる。
『まぁ、無事だったんだしいいじゃありませんか。ボクの計算上、騎士ビュコックが生き残る確率なんて……』
「なぜ黙り込む」
『特に深い意味はありませんよ』
「――もうそれくらいで良いじゃろ。そろそろ黙らんか若造が」
　埒があかぬと判断したのか、老人の声が割って入る。
　老人はアカガネと名乗った。数ヶ月前、キキウスを経て顔なじみとなっているが、ビュコックに対するアカガネ老の態度は辛辣だ。
　理由は解らぬが、ビュコックの生い立ちに起因していることくらいは想像がつく。何せまともなコミュニケーションを取ったことなど無いに等しいのだ。こんな短期間で他人を不快にさせることのできる人物など、ビュコックの知るところによると心当たりなど一人しかいない。
　外気から隔絶された肌寒いこの空間にいる人物は、現在四人。
　ビュコックとアカガネ老、それと商人を称するカロタとそれに付き従う大柄の老人。
　少しばかり加齢臭の伴う一行であった。