ENo.1305 ジンとニック

ジン「……ッ!!…ッ…。」

息も絶え絶えにその場にへたり込む。
最悪だ。
まさか闘技大会でゾンビと相対するとは思わなかった。

幸いその相手は奴、そしてチームを組んだ二人に任せることで何とかなったが、この先もこれでは思いやられる。

試合が終わった途端、思わず会場から飛び出してしまった。ランド少年とリン嬢には申し訳ないことをした。あとで謝らねばなるまい。

ニック「アニキ〜、どこでやすか〜!!」

後ろから奴の声が聞こえる。どうやら私を追ってきたらしい。

ジン「…ここだ。」

その場で座り込んだまま、奴に声をかける。

ニック「あっ、アニキ、ここでやしたか！いきなり飛び出して行くもんだからビックリしやしたよ。」

ジン「……。」

ニック「…あの、アニキ…大丈夫でやしたか？」

ジン「……あぁ。」

ニック「…すいやせん、アッシが誘ったばっかりにこんなことになっちまって。まさか初っ端からアニキの苦手な相手と当たるなんて…」

ジン「いや…遅かれ早かれいずれは出くわしていただろう。それが今回だったというだけだ。その上先日の依頼もまだ達成していないからな、準備を整えた後にもう一度討伐に向かわねば。」

ニック「へっ？アニキ、あの依頼ってまだやるつもりなんでやすか？何ならあの依頼はパスしても…」

ジン「それは駄目だ。成り行きとはいえ、一度始めた依頼は成し遂げねばなるまい。今後依頼を請ける上での信用問題にも関わるからな。
それに…」

コイツの力を借りるとは言ったものの、私自身がいつかは越えねばならない壁だ。
そして、その壁は出来るだけ早めに乗り越えなければならない。機会があるのならば尚更だ。ショック療法でも何でも、無理にでも克服しなければ。

そういう意味では大会初戦は非常に意義のあるものだったといえよう。

ジン「そういえば、次の試合開始まで時間はあるのか？」

いきなり飛び出してきてしまったせいで、詳しく確認していない事に気づく。これで遅刻でもして次の試合を不戦敗となってしまっては、あの二人に合わせる顔がない。それは流石に拙い。

ニック「ええと…次の試合は明日でやすね。っつーか、一チームにつき一日一試合しか行われねぇみてぇでやすよ？」

それならば大分時間の余裕がある。調査を続けながら大会に参加することも可能なようだ。
二人には悪いが、このまま調査に向かうとしよう。

ジン「そうか。ならば時間の許す限り調査を進めるぞ。無論、大会の試合には間に合うように、だ。異論は無いな？」

ニック「モチロンでやす！それじゃ、行きやすか！」

出発して半刻。

ニック「ところでアニキ。今度は何処に向かっているんでやすか？この間の洋館があった方向とは違うみてぇでやすが…。」

そう言えば、コイツには何も言っていなかった気がする。

ジン「この間の依頼を完遂するにはもう少し準備が必要だ。今回は野盗の討伐に向かう。」

ニック「へっ？そりゃなんでまた？アニキはてっきり変異体の調査に行くかと思ってやしたけど…」

ジン「確かにな。普通に考えれば貴様の意見は尤もだ。だが、このような一見関係無い依頼も請けておけば後々別の依頼で融通をきかせてもらえるかもしれんからな。幸い目的地も現在地からは比較的近いから請けておいて損はないだろう。」

ニック「ふーん、そんなもんでやすか。まぁアニキがそう言うんならそうしやしょう！」

その後は他愛もない会話をしつつ、野盗が目撃されている付近の街道を目指していると――

ジン「――来たか。」

ニック「へっ？何が…ってだあぁぁぁ!?」

次第に激しくなる振動と共に現れたのは、どこかで見たことのある姿。
――マンモスだ。

ニック「あ、アニキっ!?コイツって以前襲ってきた奴じゃ!?」

ジン「かもしれんな。また先日の様に耐えつつ隙を見て逃げねばならないかもしれん…全く面倒な事だッ!!」

そうして闘いの火蓋は切られた。

だが――結果は予想外のものだった。

ジン「この程度だったのか？…フン、つまらん。」

当初は先日と大差なく戦況は拮抗していた。このまま同じ轍を踏むのかと思ったほどだ。
しかし、それは私達の渾身の一撃によってあっけなく崩れ――そのまま撃退と相成った。

ジン「それともマンモスの傷が癒えていなかっただけか？だが、そのような様子は見られなかったと思うが…。」

ニック「いや…多分アニキが強くなったんでやすよ。」

私が強くなった――？
それは――

ジン「…ふむ。変異の力を取り込んだ効果が出てきたということか。」

つまりそれはあの男の強大な力に対抗する力が徐々に身についている証拠に他ならない。
これは喜ばしいことだ。

だが――

ニック「……。」

奴の顔は浮かない。

ニック「アニキ…いや、やっぱ何でもないでやす。」

その後も時折口を開きかけてはまた黙るの繰り返しだ。
恐らく――この間も話したように私が異変の力を取り込む事に抵抗があるのだろう。

外法ともいえる方法に頼った強化の結果が短期間でここまで如実に表れてきたのだ。
その副作用は如何程か。
この先――私はどうなるのか、それは私自身にも分からない。

だが、そんな事は百も承知。
そして奴も一度は納得した。

だから、私はあえて奴の言葉を聞くような真似はしない。
ただ黙々と倒したマンモスの調査を行うのみ。

場を重苦しい沈黙が支配する。

辺りは静まり返り、メモ帳にペンを走らせる音だけがやけに響く。
動くものもほぼ無く、空に舞う鳥が地上に落とした影がゆらゆらと漂っているのみ。

と、その時――

ニック「――ッ!?危ねぇ、アニキ!!」

突然奴がこちらに走ってきたかと思うと、私を抱えて押し倒した。

かと思うと、先程まで私がいた地点へ羽ばたきとともに何かが急襲した。

ニック「…はぁッ…ぎりぎりセーフでやすね…。…アニキ、大丈夫でやすか？」

ジン「…あぁ、大丈夫だ。それより一体何が起こった？」

ニック「それが…」

調査と重苦しい空気に気が削がれていたせいで気が付かなかったが、どうやら先程の空の影の主が私を狙ったらしい。

――正に間一髪の所だったようだ。
こういう場合、普通なら奴に感謝すべきなのだろうが、すぐ調子に乗るのは目に見えているので己の心の内だけに留めておくことにする。

奴とに立ち上がり、その襲撃者の姿を視認し――

…なんだ、アレは。

鳥の身体に猫の頭を挿げ替えたような珍妙な生き物がこちらを見ていた。
こちらの全てを見透かすような――嫌な眼だ。

その生き物は私達を見つめたまま口を開いた。

「我は死を告げる者、うみねこ。貴方の未来は既に定まっている。」

そのユーモアな姿とは不釣り合いなくらい涼やかな声と共に告げられる言葉――否、これは宣告だ。
私達への、死の宣告。

「…ふ、ふふ…、はは…はははははッ!!」

ニック「…アニキ？」

死を告げる者。正に死神と呼ぶに相応しいだろう。
まさか死神がこのような姿をとって現れるとは想定していなかったが。
だが――

ジン「…下らん、全くもって下らんな…とんだ茶番だ!!」

此処において死の宣告だと？何とも傲慢な死神だ。
私の死に場所は私が決める。
私の死に場所はこの地ではない。
私の最期は――。

ジン「良いだろう、傲慢な死神よ。今すぐ私を奈落へと導きたいのならば相応の覚悟でかかってくるがいいッ!!」