ENo.1263 アノーサラル＝リツ

「……つまらないわ」

皆の話の流れとはまったく関係なく、唐突にアノは言葉を発した。

「アノちゃん？どうしたっスか？」　　　　　　　　

会議を止め、セシリーがアノに声をかけた。

そう、会議である。
つい先日始まったばかりの闘技大会、彼女たちはその会議をしていたのだった。
第一試合は残念ながら敗北を喫するも、戦いは第八試合まである。
ひとまずは次回の第二試合への対策を練っていたわけであるが。

「つまらない、って会議がですか？」

小霧は、また始まった、とばかりに呆れ顔である。
先ほどまでもアノはまったく会議に参加しておらず、まったく口を出していなかった。
子供であるし、これまでの言動からも仲間は　仕方ないか、とばかりに特に咎めることはしなかったのだが。

「アノーサ…、お前、いい加減にしないか」

やや声を荒げつつ、イロコイが言った。
イロコイはアノ達とは別チームであり、当然戦う相手も別であるが。
情報交換や互いにアドバイスなどをしながら、共に会議をしているのである。

「会議にまったく参加しなかったかと思えば、言うに事欠いて『つまらない』だと？」
「お、落ち着くッスイロコイさん」

苛立つイロコイを制止するセシリア。

「まぁ……参加を持ちかけたのは某らであるが。参加するのを決めたのは各々であろう？」

アノの日頃の行いのせいで、温厚な皆の間にもやや不満が蓄積していたようである。
気の遠くなるような長年を生きる妖精たちの中でアノの年若さは破格だ。
多少奔放な言動は仕方ないと思っていた皆ではあるが。

「…うー？」

ソリーリャも似たようなものであるが、言うことはある程度聞くのでアノよりはまだマシである。

一方アノは皆のそんな様子を、相も変わらず気にしない様子で、

「つまらないわ」

と再び言った。

「一体何がつまらないというんだ、言ってみろ」

怒ってはいるものの、激昂することはない様子のイロコイが尋ねた。
冷静さは失っていないようだ。
そう聞かれて、やっと反応したアノは

「……まけるの、つまらない」

と呟いた。

「負けること…？」

アノは先日も魔物との戦いで敗北した。
その際は彼女はほとんど気に病んでいない様子で、むしろ敗北を楽しんでいるようであったが。
今回はその様子とはまた違うようだ。

（考えたらコイツ…闘技の試合で負けたときからおかしかったか）

小霧は内心ひとりごちた。
闘技で負けたあとのアノは、いつものようにふわふわした様子ではなく、対戦相手に暴言のようなものを含んだセリフを吐いたのであった。
それもまたアノの気まぐれかと流していたが、どうやら変調の兆しであったようである。

「やっぱりかたないとだめなのよ…かたないと、つまらないわ」
「…………」

アノにとっては、「楽しいこと」こそが行動原理である。
楽しければどんなことでも受け入れるが、つまらないことはとことん排斥する。
それがアノの性格であり、根本であった。

「だって…そうでしょ？しょうぶは、かつものだわ」

これまでは、母親に聞いていた冒険を自分も体験できて、新しいことの目白押しで、すなわち楽しいことばかりであった。

「まけちゃだめなのよ…まけちゃ」

すなわち、「新しいこと」だからこそ、敗北も楽しめていたのである。
そして、現在は敗北は「新しいこと」ではない。
戦いの目的とは、基本的には勝つこと。
敗北はつまらないこと、悔しいこと、腹の立つことだ。
当然ながら敗北で何かを見出すもの、敗北を糧とし楽しめるものも少なからず居るが。
幼いアノはその境地に達することができていない。

「かてないしょうぶは…つまらないわ」

普段のお気楽、ぽややんとしたアノの姿とは一変して、今のアノからは、何か恐ろしい感情が巻き起こっているようであった。
静かな様子ではあるが、迂闊に触れると爆発する、そんな雰囲気があった。
幼児の癇癪として片付けられないほどの規模の。

「……勝てばよいではないか？」

少しの沈黙の後、クトネがそう言った。

「そうっスよ！アノちゃん！まだ一回負けただけッス！」

セシリも続けて言った。

「今みんなで話していたように、まだ戦いは何度も残ってる。負けるのがつまらないというなら、次は絶対に勝つつもりでやるんだ。…じゃなきゃ、やめるんだな」

イロコイの言葉には多少厳しさが混じっているが、だが現実的な意見でもある。

「次は勝てますよ〜☆　だから、ね？（めんどくせぇ奴だな相変わらず」

小霧も慰めの言葉をかける。その裏に潜む意味も当然あるが、円滑に物事を送っていくためには仕方のないことなのだ。

「……わかったわ」

まだ不満そうに口を尖らせながらも、アノは今回は納得したようであった。
そして渋々ながらも、次の試合への作戦に耳を傾ける。
まだ、つまらないよりも楽しいの方がやや心境的には勝っているということだろうか。

だが、パーティメンバー達皆の心によぎる不安があった。

今回こそなんとか落ち着けることができたが。
―――ここからまた負けが続いたら、今回のようにいくだろうか。アノの心は、持つだろうかと。

〜次回だか次々回だかもっと後だか予告〜　アノ、暴走篇