ENo.117 JAZZY

その遭遇は突然だった。
砂漠渡りの男と出会い、別れた後の出来事。

今日はどこで一休みしようかと思い、機体を下ろしてコクピットの窓を開けた矢先だった。
暗がりからゆらりと現れた男が、にやりと嗤っている。

殺気があった。いや、殺すつもりがあるかは分からない。
ただその気配は、いわゆる犯罪行為を生業にしているのだろうと思わせる空気に感じる。

……野盗だ。
男の身形、表情、装備を見てもそれはもう明らかだ。
どう見ても賊だった。

（大したことじゃないな）

コクピットから降りようとしていたタイミング。男を見下ろしてそう思う。
この巨大な機体を見て、生身で挑もうとする馬鹿はそう居ないだろう。
そう、緩んでいた。
しかしその男はどんどんとこちらに向かってくる。
圧倒的な馬鹿か、戦力差を省みない程に自らの行為に矜持を持っているのか、もしくは……絶対の自信があるか、だ。
そのどれかは判らない。判らなかったが、俺は先の通り緩んでいた。
ゆうゆうとその男に話しかけたのだ。

「おいおい勘弁してくれよ。俺に人を狩る趣味はないんだ、他を当たってくれ」

実際に見下ろしながら放った言葉は男に届いたのだろうか。届いたはずだ、もうすぐそこまで来ている。
それでも男は――不適に笑った。

彼はまず何かしらを下品にまくし立ててきた。本当に品性の欠片も無いんじゃないかと疑わしくなるくらいにだ。
余りにも聞き苦しくて内容は判別できなかった。
しかし会話はできるらしい。ただの蛮族ではないようで安心――できるわけではなかった。余計にタチが悪い。

一瞬、焦りを感じた。これがJAZZYに乗っていない時なら一笑に付したかもしれない。
しかしこの男はこれだけ近づいておきながら、まだこの表情でいるのだ。
そこいらのチンピラとはワケが違う……！

「……っ！？」

気づいた時には一撃を既に喰らっていた。
機体に衝撃が走る。軽くない。衝撃を弾いていない。
男の斬撃は最初から装甲部位以外を狙ってきていた。
確実に弱点であろう箇所を狙う、プロの手口だ。

「おい待て！俺はわざわざアンタと戦う気はないと……！」

こちらの言葉に僅かばかりの反応を投げかけるも、男は素早く身を動かしては痛烈な一撃を繰り返してくる。

（ちぃぃッ！）
「黒鉄！戦う気が無いならちゃんと逃げな！」

寧火がたまらず叫んだ。言われずとも！
慌ててコクピットを閉め、握り式のハンドルキーを回して休ませたばかりの動力部に火を入れる。
全方位画面が映像を映し出す。サブカメラが男を捉えた。彼は未だ攻撃の態勢を緩めない。仕事をしたなら利益が無ければ帰れないとでも言うかのようだ。

「JAZZY！跳べ！」

膝関節を軽く折り曲げて態勢を整え、ブーストを噴かそうとした時――

――コクピット内が揺れた。

バーニアが悲鳴をあげたような音を立て、コクピット内の画面は赤色に染まる。
警告音と衝撃が俺達を揺さぶった。

「JAZZY……？なんだ、この振動……っ！機体制御が――」

そんな馬鹿な、という思い。
こんな奴に？という考え。
浮かんでくるそれらを削ぎ落とし無くしてしまった、瞬間に答えを切り出す。

警告音と足下への攻撃が続く中、俺はコクピットの窓を開けた。
JAZZYが機体制御を崩し、膝をつく。

「……おい、アンタ」

機体の傾きから身を隠した男が下卑た笑いのままこちらを窺ってくる。

「交渉をしよう。金と、お前が欲しいものをやる。一人で困ってる事があれば何か手伝ってやってもいい。
　だから、俺達がここを離れるまで手を出すな。そうでなかったら――

　――この機体はお前を巻き込んで自爆することもある」

これは、ビジネスだ。
相手はおそらく生きる為に強奪をしている。でなくとも死んでしまっては利益が無い。
相手の需要を満たし、こちらも利益を得る。純然たるビジネス。
それならば俺の生業だ。

男は少し考える風にした後、こちらに足を進めてきた。
下げたショートソードは、それでも常に俺達に向けられるように。