ENo.1032 アズライト

〜Der professionelle reciter， der bestimmt wird　罠〜

ありったけの化学文献を読み漁った。
この世界には自然の有毒植物から抽出した、いわゆる自然毒が多かったが、
それから神経毒を探し出すのは大変な作業だった。
またどれも劇物ゆえ抽出方法が難しく、現在職のない私には手の届かないものだった。

そこで私は、市街地で働く事を申し出ることにした。

訓練は引き続き行うので、体力的に厳しいものがあったが
自分が戦う武器は自分で見つけたい。いや、自分で用意しなければ意味がない。
だから、ルクレツィアさんの資金援助も断った。

いくらかゴタついたものの、私は始めてこの国の市街地へ出ることになった。

◆◆

まっすぐに伸びた大通りには、大勢の市民がひしめいていた。流石は首都と言ったところか。
私は、ルクレツィアさんの口利きで細工屋の手伝いをする事にしていた。
与えられた地図にあるように大通りを2度程曲がって、
薄暗い裏路地に入った時には正直うすら寒いものを感じたが、ここで臆してなるものかと踏みとどまる。

目当ての小さな工房の看板が見えて、私は遠慮がちに把手を叩いた。
出てきたのは小さな初老の男だった。大きな目がぎょろりとこちらを睨む。

「すいません、ルクレツィア＝ケーニヒスベルク氏の紹介でこちらに参りましたアズライトと申します。」
「……ああ、旦那の紹介かい。早く入んな。」

なんでもこのあたりの治安は悪いので、という話だった。
私は導かれるまま、工房の中に入る。

「大体旦那から話は聞いているよ。
　ここは武器のエンチャントを施す工房だ。エンチャントって分かるか？」
「……いいえ。何の事でしょうか？」

この初老の男はヘッセンと名乗った。私の事情を知っているのならなんとか話しやすそうだ。

「いいか？エンチャントってのは武器や防具にエレメント……まぁ精霊なんだが分からなかったらいい。
　とりあえずエレメントというものをくっつけて武器の強度を上げたり四大属性をつけたりする。
　そうさな。もっと簡単に言うと武器に付加価値を付けるのさ。」

ヘッセンさんはそう言って、傍らの剣を取りエンチャントというものをやってみせた。
それは魔法のように感じられたが、魔法のエンチャントとはまた別のものらしい。

「まぁ一種の職人芸だ。コツを掴むまでがんばんな。
　そこらの屑武器を自由に使っていいから、エンチャントを施して武器が発光するようになったら持って来い。
　なに、練習中もちゃんと賃金出してやるから腰据えてじっくりやれ。」

ヘッセンさんの指す指の先には、廃棄処分直前とおぼしきナイフの山があった。
とりあえずこれで練習しろと言うことだろう。
私は屑武器と素材を手にして、見よう見まねで準備をし始めた。

◆◆

こうして始まった私のアルバイト研修は、武器3本目にして終わった。

練習を開始して2時間、始めてエンチャントが成功した時には正直どうしようかと思った。
ヘッセンさんも難しい顔をして唸っていたが、本当にきちんと成功しているようだ。

「うーん……お前さん筋がいいというか、軍人なんぞ辞めて職人になったらどうだ？」

アルバイト初日にスカウトを受けるくらいである。
自分はもしかしたら記憶を失う前は職人を目指していたのではないかと頭をよぎったが、
今、自分がここに居る理由を思い出し、丁重にお断りした。

「……私にはやらなければならない事がありまして。申し訳ありません。
　もし軍人になれなかったら、その時は宜しくお願いします。」

もう苦笑するしかなかった。
その時、工房の表の戸が勢いよく開いた。

「ヘッセン爺、いるー？エンチャント頼んでいたヤツ取りに来たんだけどー！」

元気の良い女性の声だ。
私は驚いてその場に固まったが、ヘッセンさんは煩わしそうに目を細めた。

「言われなくともできとるわい。ノルト、お前はもう少し女らしく貞淑にできんのか！」
「やだー、じじぃがご機嫌ナナメだわ。……あれ？奥にいるの、新人さん？」

ノルトと呼ばれた女性は、そう言って工房内に入ってきた。

「ノルト！工房に入るな！！」
「いいじゃなーい、少しくらい。どれどれ？……うーん、華奢ねぇ……片目どうしたの？」

値踏みするように私を上から下まで見る。
私は決して少女ではないが、これはいわゆるセクハラというやつではないのだろうか。

「えーと……この右目は私が気がついた時には見えなかったのです。それ以前の事は、憶えていません。」
「あのな、この男はルクレツィアの旦那から預かった大事な弟子候補だ。さわんじゃねぇ！」
「へぇ旦那の秘蔵っ子ってワケ？やだ結構好みなんですけど。
　まさかレイチェル嬢の恋人とかじゃないでしょうね？」
「まさか！私ごときがお嬢様の恋人だなんて……！ただ御屋敷に住まわせて頂いているだけですよ。」
「そうよねぇ……フフフ、これは思わぬ拾いものをしたかもしれないわっ……。」

そう言ってウィンクをする女性。私はもう、何がなんだか分からなくなってきた。

「この色ボケ娘が！武器持ってとっとと帰りやがれ！！」
「そう邪見にしないでよぅ。今日はヘッセン爺にお土産持ってきたんだからさ〜。」

女性はおもむろに布袋を取り出すと、中身をごとりとカウンターに置いた。

「これメカニズム・ドールって言ってさ、100年くらい前まで実際に使われていた罠人形ですって。
　こんな可愛い人形の中に毒針仕込んで罠にひっかかったら口から発射とか、昔の人もえげつない事考えたわよねぇ。
　この前の出向の時たまたま暴落都市の探索があってさ、それで拾ってきたの。めずらしいでしょ？」

確かに少し古めかしいが、少女が御遊戯に使うような可愛らしい人形だった。
少し煤を落としてビスクドールだと言われたら、そのまま信じてしまうだろう。
しかし私は、別の所がひっかかっていた。

「あの……罠人形って、どんな物なのですか？」

ヘッセンさんは困ったように眉を寄せたが、少し言葉を選ぶように答えてくれた。

「罠人形っつーのは、主にお偉いさんの暗殺や逆に暗殺者の撃退に使う仕掛け人形でな。
　見かけはインテリア用のビスクドールと変わらないから、昔はよく使われていたんだよ。
　ただ高い技術が必要な割に、最近は罠人形を見つける技術も進んで使いにくくなったんで廃れていったけどよ。」
「この人形には毒針が仕込んであったとの事ですが、任意のタイミングで発射させる事とかできますか？」
「今の技術なら可能だな。もっと小さいものに仕込むことも出来ると思うが。」

目の前が明るくなるような感覚だった。
この仕掛けを利用したら、私の望む戦いの姿が再現できるかもしれない。

「ヘッセンさん、罠について学ぶ事が出来る場所とか書物とかありますか！？」
「へ！？あ、ああ、罠なら俺も昔作っていたから教えてやる事は出来るが……。」
「すいません、宜しくお願いしますっ！」

突然覇気を表した私にヘッセンさんは戸惑いつつも頷く。
これが私がルクレツィアさんに引き取られてから、一週間目の出来事であった。

――『ナイツオブスカーレットラッシュ』選考試合まで、あと163日。

To be continued......