ENo.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士

【伊藤パナド（3199）さん、フリアミスタ（1000）さんを多少お借りしました。感謝！】

『――ああ、またね。恋人にヨロシク』

彼には悪いことをしたと思う。
『彼』とは彼の言う恋人じゃなくて、伊藤パナド、その人。

日頃の行いからも解る大の女（の子）好きで。
軽い言動と行動でありながらも割と真面目で。
何処にでも居るようなごく普通の人間だった。

彼を独占したい、本当の意味で『好き』で『愛して』いる人がどこかにいるはずなのに。

彼に何の感情も抱いていない私が彼の時間を奪うなんて。

恋慕。愛情。恋愛。慕情。私からパナドへ向かう感情はどれも当てはまらない。
この感情に名前をつけるならば『友情』が最も近いだろう。
友人と遊んできた、くらいの感慨しか無いのだから。

求められるならいくらでも応じるけれど、私から求めることはない。
彼が私に望んでいるのは『そういう関係』ではないという事くらいは解る。
或いは、何も望んでいないというか。

「人間って、複雑なのよね…」

割り切った関係は望むところのはずなのに、割り切られていることを感じるとモヤモヤしたり。
あまりにもあっさりと引いていくからこそ、逆に虚しさを感じてしまったり。

『男は女を抱きながら別の女のことを考えている』というのは割と有名な言葉だと思うけれど。
それを女側にやられるのは結構な屈辱のような気がする。

　　『でもね、あるのよ
　　　　　狂うんじゃないかと思うくらい、愛しくて堪らないってことが』

彼に放った言葉が嘘ではないことを。最悪の形で思い知らせてしまった気がして。

夜風に髪が踊る。全身を撫で回す風は冷たいはずなのに心地よい。
纏った香りを散らしていく風に向かって歩を進める。

パナドが愛用…しているのかは知らないが、いつも香る甘いムスク。
甘い香り全般を指す、長く続く香りの代表格。
対して私はシトラス。ユニセックスでいて、すぐに消える。
もっとも体臭だから消えたりはしないのだけれど。

匂いといえば…

『……何でもねーです。なんかちょっと，ある人と同じ匂いがしたもんですから。』

彼女はフリアミスタ。ファニアの知り合いということで私に声をかけてきた女性。
女性にしては珍しく、というと男女差別なのだろうけれど、研究者のような気質を持っていた。
痛くもない腹でも探りたいなら探れば良いと思う。未知に興味を示すその姿勢。好奇心は私にとって好ましい。

しかし、フリアミスタもごくごく普通の人間なのだろう。
私の匂いに気づいても、自分の匂いには気づいていない。

蜜に紛れた不誠実な匂い。
薄れてなお生々しい匂い。

パナドもフリアミスタも。自分が体臭以外の匂いを抱えていても解らない。

「お節介だもの、流石にそこは」

答えのない問いの答えを教えるのは無粋にも程がある。存分に惑って迷えばいいのだ。
どんなに生きてもせいぜい百年。命短し。ヒトよ恋せよ。

傍観者で在れ。深入りするなかれ。
どこまでも静かな街を漂うように。

―――――

「おかえりなさい」
「ただいま」

砂地を鳴かせることなく戻ってきた黒衣のリンディを鎧のリンディが抱き留める。
黒い鎧が仄かに温かいのは火に当たっていたせいだろう。同時に黒衣のリンディを温めるためでもある。
鎧のリンディからはシトラスが香り、黒衣のリンディからは甘く濃厚な、ムスクではない香りが漂った。

「楽しまれたようですね」

銀の髪を弄びながら鎧のリンディが囁く。黒衣のリンディはくすぐったそうに笑い、上半身を離した。
とろけるような極上の笑顔を浮かべ、くすりと笑う。

「楽しんでいなかったら怒るでしょう？」
「当たり前です」

即答した鎧のリンディは真顔だ。
もしも彼の人が黒衣のリンディを楽しませられなかったならば軽く斬るくらいはやったかもしれない。
召喚術の応用でもう一つの体を造ってまで逢瀬に行く手間を払ったのだから当たり前かもしれないが。

シトラスの香りが強くなる。彼女の生来の体臭が、残り香を消していく。
鎧のリンディは篭手で髪を巻き込まないよう器用に、そして優しく頭を撫でた。
その愛撫に目を細め猫のように喉を鳴らす。

「ん…それじゃあ、一人に戻りましょうか」
「はい。その体もそろそろ限界でしょう」
「あと1時間は持ちそうだけれどね――――」

黒衣のリンディが急速に実体を失っていく。

媒体となっていた魔力が闇夜に散っていく。

それをじっと見守る鎧のリンディは、彼女を手放すかのように腕から解放した。
最期に彼女は両腕を広げる。そのまま一礼。手と手を軽く合わせる。
ただ一人の拍手を最期に、奏者は消え失せた。

―――――

「――我此処に　乞い願う　風の元素を司る者達よ　我が声に応え　その御力を示し給え　我、フィリーディス・Ｋ・ウェーハスハールの名に於いて　起動せよ風の呪鍵　　開け英知の門　　――unum　duo　tria　quattuor　quinque……　　時は満ちたりて　其の道は標された　――我が敵には滅びの刃を　我が味方には凪の音色を！
ニネミア・ムズィーク」

収束した風の力が魔法杖から迸る！

Ritornello

敵を攻撃しつつ、味方を癒す技。この世界では救援者が使える情報は端末から見ることが出来る。
だからこの技を持っていることは知っていたし、使ってくるであろうことは予測できた。

相手の詠唱に呼応するように、迸る魔力を食い尽くさんと私の体から銀の魔力が伸びる。
蜘蛛の糸のように全てを絡めとり風の魔力を食い散らす。

リンディの封殺により技が封じられた！

「……お見通し……そういう、事ですか……」

悔しげに瞳伏せて溜息一つ。唇を歪めることでそれに答えた。
なかなか封殺が決まることはない…のはまあ私の実力のせいだと思うけれど、決まると嬉しい。

「警戒していいのよ？
　奏乗練習　壱式」

剣に唇を寄せる。揺れる刀身が癒しの音をどこまでも広げた。

Harmony

恐らく使える技の中で1、2を争うほどの『封殺を狙われやすい技』を披露する。
しかし意外にもそれは止められずこちらのパーティに癒しと強化をもたらした。
もっともファニアやカエシスの方が警戒すべき相手だから当然かも知れないが。

「――我此処に　乞い願う　光の恵みを司る者達よ　我が声に応え　その御力を示し給え　我、フィリーディス・Ｋ・ウェーハスハールの名に於いて　起動せよ光の呪鍵　　開け英知の門　　――unum　duo　tria　quattuor　quinque……　　時は満ちたりて　其の道は標された　――我が敵を滅光せよ！
　精神集中・魔法石展開――！」

必殺。収束した光の力が魔法杖から迸る！
が、遅い。軽く身を捩って躱す。

「……さすがですね。でも――次は、必ず当てさせて頂きます」
「ぁぃ、ったぁ」

再度詠唱に入った相手方のせいか三条の光のうち2本目が鎧に命中する。
すぐさま障壁能力によって光は散ったが、それを待たずに今度は反対側に身を捩った。
私にしてはなかなかの回避だと思う。

他の相手方にチリチリと焦がされる障壁を気にせず切っ先を宙に向ける。
魔力は充分。あとは彼の者の性質に任せるしか無い。

「喚べるのかしら…
　共鳴する空間　参式」

空間を削り、引き裂き、陣を描く。魔力が急速に失われていく感覚。
同時に地面が盛り上がる。

Summon Golem
Golemを召喚！

二体目のGolemが前に立った。ただし1体目よりは弱体化しているようだ。
それでも頼れる壁なのは変わりない。
新たな発見に笑顔を浮かべ、戦闘を続ける――――

結局、こちらが無傷の勝利を収め試合は終わった。互いに学ぶことは多かった、と思う。
Brownieに熱湯をバシャバシャかけて追い返し、目的地へと歩を進めた。
確か、野盗が居るらしい。

●お頭
なんか偉そうにしているおじさん。多分偉いのだろう。

●三下
いかにも三下っぽい三下。

「・・・・・・おいそこの。ここは通行止めだぜ？」

道の脇の茂みからおじさんが出てきた。

「うわぁ…本当にいるのね」
「居場所が割れていても移動しないのは余程自信があるのでしょう」
「身体中に葉っぱが付いてるのは突っ込まない方がいいんでしょうな。
　なかなかに愉快な格好ですが」

カエシスの言葉に明らかにムカついたおっさんだが、三下が空気を読まずに遮る。

「お頭に従わねぇと、痛い目見るぜぇ・・・？」

茂みからわらわらとさらに出てきた。
疑うべくもなく、これが恐らく例の野盗だろう。

全員が葉っぱまみれなのは少しどうにかすべきだと思うけれど。

「・・・というわけでな、まぁ軽く痛い目見てもらってだな。」
「えッ！お金払えば痛い目に遭わせないんじゃねぇんすか！？」
「……組織内ですら意思の疎通が出来ていないのですか」
「気紛れで決めてるのかもしれないわね」

おっさんと三下劇場が終わるまで見守るか、今斬りかかるか。
ファニアと目で行う会話は口から出ているのとは別物だ。
カエシスは興味が無いのか茂みを観察している。

「説得が面倒じゃねぇか。」
「さすがお頭ッ！っぱねぇーっすぅ！！」

皆が武器を取り出し、こちらに寄ってくる・・・・・・
どうやら思ったよりも早く劇場は終わったらしい。

「私たちの格好を見ても退かないとはいい度胸だ」
「同意します」

ファニアと共に剣を抜いた。踏み締められた大地が鳴く。
赤の剣と魔装剣の切っ先が野盗に向けられた。
カエシスは本を取り出し適当にページを捲る。

「あ、あれっ？お頭ぁ！なんだか強そうな奴らですよ！？」
「鎧とか着てますよ！？」

にわかにざわめき始める三下。
鈍痛を訴えるこめかみを片手で押さえる。

「今更すぎますね…」
「目に穴でも開いてるんじゃないかしら？」
「まさに節穴ですな」
「てめぇ・・・ッ！」

ようやく本格的にやる気を出した野盗に今度こそ臨戦体勢をとった。

「命だけは残しておいてやる」
「すごく…悪役です…」