ENo.937 綾辻優衣

先へと進む。
ゆっくりと一歩一歩踏みしめて。
まだまだ先は長く、
中々前には歩めない。
様々な要因がそれを良しとはしないが故に。
それは彼女にとっては試練に過ぎない。
だから――
どんな事があっても乗り越えるし、
憐れみも、同情も必要はない。
そして、彼女は前に居るものに挑み続ける。
それが例え、
一度打倒した相手であろうとも関係なく――
そう。
今回の相手は前回討ち果たした相手。
未だ未知数であり、
その恐ろしさは彼女自身が良く知っている。
「また？
　こんどはおまえ、まるかじりだよ！？」
そして相手も――
今度は容赦しないという事なのだろう。
前回の二の鉄は踏まぬと、
威圧感が増している。
それに対し、
彼女はゆつくりと唇を吊り上げた。
彼女がとった戦法は、
前回と同じ。
蛇と天使を召喚する。
油断している訳ではない。
彼女にとっての全力の形が、
今はこれだというだけの話。
だが、
それは相手であるころなも同じ考えだったのだろう。
「おいで？
　かりのじかんだよ」
前回と同じように、影から何かが現れる。
異臭を放ち、
不気味な魚のような姿が敵を恐れさせる。
そして――
今度は、それだけではなかった。
「おいで？
　みんなでおいつめよ」
影より妖精が現れ、
「――そうだね、
　かりはかずだってだれかいってた。
　てがたらない――
　うん、おまえもおいで？」
更にダメ押しとばかりに精霊が現れる。
前回数で押し負けたが故に、
数で対抗するという事だろう。
彼女は思案する。
(――数が多い。
弱を補うため、数で押す。
けれど、強き者が数で押してきたならば――
私には何が出来るだろう？)
勝算は無い訳ではない。
かといって、
己に出来る事は只管殴るのみ。
後は――
己が呼び出した神の使徒を信じるくらいだろうか？
「――。
　一筋縄ではいきませんか…」
「あたりまえだよ、
　ぜんかいとこんかい。
　やっぱりおまえのとりえはかずだけだ。
　だったら、
　かずであっとうしてやればいい。
　かんたんなはなし。
　こんどはわたしがかるばんだ。」
純粋な数による勝負。
殴り合う。
ただ只管に。
だが――
「ここまではそうていどおり。
　だからこそ、
　かくじつに。
　――へびさんはおっかない」
蛇の毒を封じるころな。
先読みが出来ていれば、
これくらい容易い話。
だから――
容易に封じられてしまう。
「……」
「さぁ、おまえ。
　ねんぐのおさめどきだよ？」
最早勝敗は決したと、
余裕の笑みでころなは此方へ向かってくる。
だが、
だがしかしである。
彼女はそれを受けいれるほど殊勝な人間か？
負けは認める、
死を覚悟する、
苦難であろうとなんであろうと受け入れる。
確かにそれは殊勝ともいえなくもない。
けれど――
彼女であるが故に、
受け入れたうえで、抗う(あらが)う。
天使の光の矢と、
彼女の拳が、
それぞれ
不気味な魚と、
精霊を貫く。
さしもの相手も、
今まで受けた猛攻からのダメージが相当だったのだろう。
吹き飛んで影へと戻っていく。
手ごたえは十分にあった。
けど――
(やはり、意味が無い。)
それは本体ではない以上、
意味は対して大きくない。
それに……
「さすがにしょうもうしてたから、
　おもったよりはやくたおされたか。」
相手は少しも動揺していない。
それがどうしてなのか――
それは直にわかる事になる。
繰り出す拳、
蛇と天使の連携。
ことごとくが外れていく。
当たらない。
完全に当たらない訳ではない。
だが……
「けれど、
　しょうりはゆるがない。
　おまえはかられろ。」
残された妖精が、
折角当たったダメージをも回復する。
ここにきて、
形勢は逆転する。
数で有利に立ったにも関わらず、
ジリジリと押しやられていく。
その結末がもたらすもの。
それはたった一つ。
「くっ……！」
まず、最初に膝をつき、
戦線を離脱したのは彼女だった。
それを守るように動く天使と蛇。
だが。
それがまずかった。
守勢に回ってどうにかなる相手ではない。
まずは天使が、
そして蛇が倒れ消えた。
「これでじゃまものはいなくなった。
　ゆっくりとおまえをたべて――
　うん？」
にじりよってくるころなは、
不意に影へと視線を落とす。
「パーカーもたべたいの？
いいよ、
たまにはおまえにもあげる。
ゆっくりたべな？」
不気味な魚が影より現れ手を彼女へと手を伸ばす。
ぬらぬらした粘液に覆われた手が視界へ広がり、
不快な臭いが強くなる。
(――。
無傷では切りぬけれませんね。)
ここで喰われて死ぬのもいい。
そんな考えを片隅に追いやり、
生き延びる算段をたてる。
闘う事は出来はしない。
けれど、逃げる事なら可能なのではないか、と。
(――精々、
最後まで生き延びるようにだけは足掻(あが)きます。
これも試練。
生きている以上、苦難から私は逃げない。
立ち向かいましょう。)
だから……
そっと右手を不気味な魚へと差し出す。
凄まじい力でつかまれ、
引き寄せられる。
其れと同時に骨が砕ける鈍い音が響く。
激痛がはしる。
所詮、人の身に過ぎない。
故に呆気なく。
彼女は痛みをこらえ…
左手で溜めた力を爆発させる。
威力はない。
だが――
一瞬光を放つ事は出来た。
「――ッ！
　まだそんなまねが……！」
光に目が眩んだのだろう。
その一瞬の隙を逃さず、
彼女は己の右手を全ての力を込めて左手で切断する。
「――っぁっ！」
声にならぬ悲鳴。
洒落(しゃれ)にならない痛み。
出血で意識が朦朧(もうろう)とする。
そして、
跳ねるようにその場より離れる。
「――残念ながら――
　死ぬわけには参りません。
　まだ、生きれる余地があるのならば。」
されど、相手を考えれば、
逃げるのは難しい。
そう…
普通に逃げたのでは。
だから身を投ずる。
崖の下へと。
運が良ければ生き延びれるし、
そうでなければ死ぬだけ。
けれど、
最も有効な手段。
「それでは失礼いたします。
　また縁があれば――
　お相手願います。」
そして、笑って崖の下へと消える彼女。
「……にがした。
　ざんねん。
　つぎにあったら、
　こんどこそはぜんぶくらってやる。
　おぼえとけ。」
流石にそれ以上おう気はなかったようで、
残念そうにその場を立ち去るころな。
対価は右腕一本。
はたしてその対価は安くついたというべきか、
はたまた――

「……う……」
数刻後。
彼女は目を覚ました。
全身に走る激痛。
とりわけ右腕の痛みは酷い。
更に出血が多すぎたのだろう。
意識ははっきりしない。
が、
神のご加護だろうか？
傷は止まっていた。
無意識がなせる業なのだろうか？
本来血が出続けるであろう、
切断面は完全に叩き潰れ、
上手く血管を防いだようだ。
後は水にて洗い、
傷口に気を送れば、
なんとか腐敗は避けれそうではある。
よろめきながら立ち上がる。
周囲を見渡す。
すると……
一体のクリオネがそこにいた。
水辺とはいえ、
陸にいる大きなクリオネ。
一度倒した事はある。
リベンジにでもしに来たのだろうか？
とはいえ……
(片腕……
それにこの傷……
やれるでしょうか……)
石の兵を呼び出す。
この状況下が必要なのは、
岩のように頑丈で、
岩のように強い力をもつ石兵。
己を守るに十分な力。
幸いにも敵は強い攻撃を持つわけではない。
敵の攻撃は石兵には通じない。
その特異な性質によって、
石兵の攻撃が跳ね返される事のみが脅威。
そして、
それでは石兵を倒すには不十分。
彼女にとっては、
持久戦が出来ればそれでいい。
それが、かの敵を討ち倒す術なのだから。
――当然、
その結果はいい結果をもたらす。
全ては予定調和。
予定通りに進む。
「――なんとか生き延びれましたか。
　もう駄目だと思ったのですが、
　諦めない事はやはり大切ですね。
　これも神の思召(おぼしめ)しでしょう――」
神への祈りを捧げる彼女の祈りは、
はたして神へ届いたのだろうか――？