ENo.913 チク・タク

「ではサテラと共に買出しの方頼むよ」

「了解！」

スティルフ郊外に設けられたTeaTimeTactics専用の整備施設に矮鶏の操縦でPIYOTTERを格納した。
施設内の中央に置かれたPIYOTTERは巨大なジャッキによって持ち上げられ、脚部は床から浮いた状態だ。
その脚部を一本一本作業員がロボットアームを操作し迅速且つ慎重に外している。
サーキット中のタイヤ交換の様な素早くしっかりと分担された作業だがその重量と大きさで比較すれば時間は掛かる。

「換装パーツの試運転は済んでいるね？」

チク・タクはコートを脱ぎながら作業員に尋ねる。

「現在最後の右後部をチェック中です。初期不良は無いです。」

「うむ、では左前部から始めよう。
　すまんが私は途中で抜けるが大丈夫だね？」

「少将殿が居られなくとも完璧に仕上げてみせますよ」

ニカッと白い歯を覗かせ威勢の良い言葉を返す作業員にチク・タクは笑い返した。

―――同刻、機械化魔法世界アンテセラ、バージュリアス。
堅牢な要塞都市であるバージュリアスで尚稀有な程に厳戒態勢が取られていた。
飛行場には四本ある滑走路を全て覆い尽くす巨大な航空機型のリンクスが鎮座し、その周囲を軍用人型リンクスが巡回している。
超弩級航空要塞スタースピリット。
TeaTimeTactics空軍大将の操るアンテセラに現存する最大級の航空機である。
それは現在TeaTimeTacticsに所属する大将の一人がバージュリアスに居る確固たる証でもあった。

―――TeaTimeTactics本社最上階、ネイビーホール。
海の中を思わせる美しい映像が壁に映し出され、天板から降り注ぐ日の光は差し詰め海中に差す日光。
収容人数320人のその巨大ホールには現在18人の人物がそれぞれの卓を囲っていた。
ホール中央の巨大な円卓には東西南北によっつの席しか無く、その内の一つは空席だ。
北に位置する席がその空席、東には青白い肌の男が座り、西には白髪の頑強な男が座り、南には少女が座っている。
更にその三人を囲うように2つの円上の卓が並び、まばらに残る15人が座っている。
言葉は無いがどこかピリピリとした緊張感が漂う。

「そろそろ始めようか……陸は気分が悪い、早く終わらせたい」

東に座る男はそういうと口元を手で覆った、気分が悪いのだろうか。

「良くもまぁそんな持病で大将が勤まるもんじゃのぉ、そろそろ席を譲ってやったらどうじゃ」

その姿を見てからかう様に南の少女が言う。

「そいつぁおめぇの方だろレッドスター、おめぇみてぇなガキが大将たぁ何時聞いても冗談にしか聞こえねぇよ」

「誰がガキじゃ！オマエより年上じゃ！60越えた爺が年上に対する礼儀も知らんのか！」

白髪の男が少女の言葉をさらにからかい、少女はそれに即座に反論した。
そのやり取りを見かねてか最も外周に位置する一人の男が立ち上がり宣言する。

「それではこれより定期報告会を始めさせて頂きます。
　今回は一等少将チク・タクがこの場に居られませんので代わって進行は私が勤めさせて頂きます。
　先ず各地の戦後処理について―――。」

「では次に、セルフォリーフ救援作戦に関して―――。」

進行役の男が言葉を続けようとした瞬間会議室中央の円卓に新たな映像が割り込む。
そこに映っているのはチク・タクだ。
画面の向こうに居る彼は恭しく一礼し挨拶する。

「遅くなって申し訳ありません、セルフォリーフ救援作戦についてご報告に参りました。」

「ようやく来たな少将閣下殿、退屈で欠伸が出る所だったぞ」

「しとってたではないか、見栄を張るな爺が」

「……この陸酔いが和らぐ話をしてもらえるんだろうね？」

まるで報告会に出席したというよりはチク・タクと言葉を交わすために来たかの様に、三人の大将はそれぞれ報告会が始まってから初めて相槌以外の言葉を口にした。

「では先ず我社のPIYOTTERとSATERAから参りましょう。」

「PIYOTTERの実機はアレよりも大きくなると聞いてるが足回りの不安はどうなったのだ？」

「こちらに持ち込んでいるモノでも高機動時に掛かる負担が大きく間接部へ掛かる負荷が想定よりも大きかったのは事実です。
　それを解消する為に先ほどまで脚部パーツを新たな物に換装しました、
　都合よくMGFを使用したリンクスがこちらにも来ていましたからね。」

「つまりなんじゃ？パクったという事かの」

「いえいえ、我社の優秀な研究者達は得たのはあくまでもヒントですよ。
　お陰で我社の製品もより良い物になっただけの事……
　それを脚部に取り付け、高機動時には2cmほどの浮遊状態になり、ターンピックによる回転もよりスムーズになりました。
　実機に採用するにはまだ改良が必要でしょうが十分な成果といえるでしょう。」

「ほう、してこちらに特に関係あるSATERAの方はどうじゃ」

「SATERAは既に量産機が実戦に配備されていますから、改めて弄る部分はこれからも多くないでしょう。
　異世界との通信機能を実装した程度でしょうか。」

「……それはつまりセルフォリーフに我社の製品を売り込める、と言う事かね？」

「可能です、が
　アンテセラに比べればセルフォリーフはまだ発展途上。
　過度な技術提供は割けるべきでしょうし、何より対価として得られるものも少ない。
　セルフォリーフ側に製造工場を置き現地生産という手もありますが……あまり大規模な異世界進出は問題になるでしょう。」

「現実的ではない……という事だね。」

「はい、それらのリスクを抱えてまで此方で商売をするには今の所旨味は無いというのが私の判断です。」

「さて、では他社の報告をしてくれるか？」

「えぇ、ですがその前に資料の追加をしたいと思います。
　ライムライト少将、頼んでおいたモノは出来ているかね？」

最も外周に座っている一人の男が憮然とした顔で立ち上がる。
ライムライトと呼ばれた男は不満げに自分の手元にあるディスプレイを指で弾く。

「頼まれた覚えはないがな、私の趣味をオマエの手柄にしようとするなよ。」

「ハッハッハ　失礼、君なら用意していると思って先手を打たせて貰ったよ。」

全てのディスプレイにライムライトから追加された情報が映し出される。
セルフォリーフ救援へと向かった各社リンカーのデータと寸評だ。

「ではライムライト少将殿に準備して頂いたリンカーのデータに、私が纏めた各社リンクスを結合します。
　おっと、流石ライムライト少将殿、態々映像データまでつけていただき有難うございます。」

「ふん」

世辞に気を悪くしたのか、はたまた元々気に入らないのか、ライムライトは席に着き直した。

「何故リンカーをライムライトに任せたんだ？」

「人材選別は私よりも彼の方が優れているからです。
　伊達に自らの部下に地位を越されてはいないのですよ　ハッハッハ」

ライムライトはその言葉を聞いて歯噛みした、その前方に座る女性中将が話にある実例だ。
話題に上げられた女性中将は後からの威圧感に身を竦めた。
暫し全員が無言となり電子資料をめくる。
現在の身長、体重などは勿論、出生から現在までの身長体重の変動データなど明らかに公開されていないデータまで記述された人物表。
解体したわけでも無いだろう、外見と稼動時から推定されたリンクスの解析図。
どちらも異様なまでに詳細だ。
最初に口を開いたのは白髪の巨漢、陸軍大将だ。

「やはりCharbonnierのファビアン・イーサッキが欲しいな」

「えぇ、彼自信兵士としての単体戦力はかなり高いですね。
　CharbonnierＯ-II９も目新しさはありませんが扱いやすく強力です。」

「いっそCharbonnierを買収するというのは如何だ？
　そのぐらいの資金はあるのだろう？」

「流石に豪胆な意見ですね、しかしそこまでせずともCharbonnierは傭兵屋、必要な時に雇えば良いでしょう。
　それに傭兵屋が別の傭兵屋を買収などしたら周りが五月蝿いですし、今回もお三方の出席で疲れ果て欠席となったもう一人の大将殿が猛反対しますよ。」

「ありゃ細かすぎるんだよ、大体そこのガキンチョが事前連絡も無しにあんなデケェもんつっこむから悪ぃんだ。」

「何故ワシが社に戻ってくるのに一々報告せんといかんのじゃ。」

「……奴は先に止まっていた航空機を緊急発進させるハメになって頭を掻き毟っていたよ」

「……レッドスター大将、もしやスタースピリットで？」

「そうじゃ、問題あるまい。」

「大問題です。これからはその小さなお体の収まる小型機にしてくださいね。」

「カッカッカ！　ババアがワッパに叱られておる！」

「五月蝿いぞ爺が！さっさと棺桶に全身突っ込んで永遠に眠れ！
　……じゃが、そうだな　お前に言われたならしょうがない、以後気をつけてやるわ。」

そういって諭される姿は見た目の所為か完全に叱られた子供にしか見えない。
その横でゆっくりと手を挙げもう気分の悪そうなもう一人の大将がゆっくりと疑問を投げかける。

「……ヒサカキ壱式とシキミ零式の評価は分かるのだが……。
　A.FOOL type0401-Easterの評価が高いのは何故だね……？」

「動きの滑らかさ、それに限りますね。
　元々ショー専用機の開発をしていた積み重ねか、戦闘用リンクスとしては不要な程美しく動いています。
　ただ同サイズにくらべその動きの実現の為に軽量機になっていると推定されます。」

―――質問が途切れる。
それを確認したチク・タクが一呼吸置き、言葉を放つ。

「……さて、それでは問題無い様ですので、次に参りましょう。
　次は私が皆様から報告される番です。」

―――next→