ENo.757 パン製造機械と少女

『緑色のなにか』

※今回の日記には
ENo.2121 カラット・カラットさんを主に
及び
ENo.66 マリナ＝ルイーズ＝スペクトラさん
ENo.458 ジェイ・ジークムーアさん
を少しお借りしております。感謝！

『ツァオベラー・フェスト参加』したかったです（ぁ

「………暇です、ねぇ………」

カウンターに並べられた足の長い丸椅子に座り、寄りかかるようにして頬杖をついているフィルンがボソリと呟く。

「いいえ、忙しいわ。」

カッカッカッとピックを片手に氷を割っているカラットがフィルンの言葉を打ち消す様に音を立て、出来上がったばかりの丸い宝石をア

イスペールにそっと入れる。
そうしていっぱいになったアイスペールを冷凍庫にしまい、また次の容器を取り出す。

「ほら、まだ出来る準備がいくらでも残ってるじゃない。」
「え、や、そうでけど。そのバケツいくつめでしたっけ、、、？」
「バケツじゃないわ。アイスペールよ。」
「あいすぺーる、、、？」

微妙に会話が噛み合っていない。

しかし、彼女らがこうして会話できていること自体がある一つの事実を端的に示していた。
今は「文化比較祭ツァオベラー・フェスト」の開催二日目。
彼女達はウェイトレスの格好に身を包みジュースバー『Miniature Garden』の店内にいた。

何をしているのか。と聞くまでもない店員なのだ、二人は。
店員の仕事は、お客からの注文を取り、注文に応じた商品を作り、商品をお客に給仕し、その対価としてお金をもらう。
暇にしていたらお金はもらえない。

そう、この学園祭という華やかな場に置いてあろう事か彼女らは暇を持て余していたのであった。
もう最後のお客が帰ってから1時間は経とうとしている。
それ自体文化祭という場では信じられないことだったが、思い返せば30分程前から店の前を通った誰かすら一切見かけていないような気

がする。

「…バーってこんな暇なんですか？　折角パンも出したいのに、さっきのお客さんに出した「身も心も蕩けるグリーンカツサンド」だけ

じゃ作り足りないですよ」

ぴかぴかに磨かれたトレイの淵をなぞりながら、フィルンがさっきまでの会話を無視して再び同じようなことを口にする。

「少なくとも昨日はここまでではありませんでしたわ」

いつの間にか出されていたらしい不穏なパンの名前は聞かなかったことにしてアイスピックを置く。
カラットが少し手を休めたのをみて、フィルンは考えた。
割と強引に巻き込まれて参加している形のフィルンであったが、彼女としてはなんとか祭りを盛り上げたいという思いからの参加だった

ので、このまま暇つぶしで終わる気などは毛頭ない。
しかし、原因は分からないがこのままではダメな気がしたのだ。

「新メニュー、とか、どうですか？」
「新？どうしたいのかしら？」

カウンターを見ていた視線をあげてこちらを見てくるカラット。
フィルンも少し身を起こしながら答える。

「新メニュー。つまり皆がおもわず気になる様なインパクトのある商品を掲げてお客さんを呼び込もうってわけですよ。」

指をくるくると回しながら快活に話すフィルン。すかすかの頭の中には既にある構想がたっていた。
しかし、それは少し抑えて相手のことを少し聞くことにする。

「それで、私はパンとか作るの好きなんですけど、カラットさんは何かメニューに上げられそうなネタかアイディアありますか？」

そんな風にしてカラットの反応を見る。フィルンの場合は好きというか存在定義そのものだったりするが、まぁ、ここでは触れなくても

いいだろう。
聞かれたカラットは何事か考えながら口を開く。

「わたくしのところは…、そうですわねぇ。宝飾類なら色々扱ってますけど食べ物関係はあまり聞いたことがありませんわね」
「あ、宝石屋さんなんですか？」
「えぇ。あら、マリナから聞いてないのかしら」
「んー、そうですね。そこまでは。聞いてたら最初の時にピンときてたかもしれないですけども」

最初に誘われた時のことを思い出していたが、マリナからは彼女が何を誰としていたかまでは聞いているわけもなかったかな、と思い直

す。
仲間とはいえまだ日も浅いのだ、なんでも話し合っている方がおかしい。

「うちの商会でしたら大抵の宝石はそろえてあげられますわ。フィルンも何か欲しければどうかしら」

なぜか商談持ちかけられてしまったが、フィルンは生憎といった感じで首を振る

「すいません。パンにできないものには興味が湧かない性分なので…。試してみたくはありますけど、パンの材料にしたら怒ります、よ

ね？」
「パン…。それはさすがにちょっといけませんわね…」

予想外の返答にカラットは言葉に詰まってため息をつく。

「あぁでも、パンに挟めば食べる時に気が紛れるかもしれしれませんわね」

何か思った様に呟くがフィルンには意味がわからない。

「挟む？宝石をですか？宝石食べるんですか？」
「えぇ、お世辞にも美味しいとは言えませんけどそれが私の力ですわ」

そう言って手の平を前に突き出し、ぎゅっと握る。握った手を開くとそこには碧く輝く小さな宝石が出来ていた。

「おぉ…、ってえっ、これ手品じゃなくて、ですか？」
「手品ではないですわ。ちゃんと本物ですもの」

手の中の宝石を口に放り込みガリリッと噛み砕く。目をぱちくりさせてそれを見ていたフィルンはおもわず気になったことを口にする。

「人間なんですか…？」
「さぁ、どうかしらね」

はぐらかされてしまった。
思わず呆然としてしまったが、自分も大概だったなと思い直して当初の目的を思い出す。

「宝石の力、すごいですけどさすがにパンにして出すわけにはいかないですよねぇ。食べられなさそうですし」
「…さすがに、人に食べさせるために出すつもりはありませんわ」
「ですよね」

あっさりと否定されてしまったので仕方なくフィルンは自前の案で行くことにする。

「じゃぁ、やっぱりこれですかね。じゅーんきーんぱーく！！」

スカートのポケットから四角いプラスチックケースを取り出して高く掲げる。
箱の中には正方形に切られた金箔が何枚も入っていた。

「それでどうするの？」

「これでパンを作ります」

…ジュースバーという定義がどこかに飛んでいきそうな提案だった。

「まぁ、作るっていっても野菜の代わりにした上で周りをくるむぐらいですけどね」
「それって美味しいのかしら…？」
「味は二の次って言葉もありますし大丈夫だと思いますよ」

そんな言葉は、無い。

―　○　―

「さてっ、こんな感じでどうですかね！」
「本当に味が二の次になったけど…。いいのかしらこれ」

何度かの試食の後に出来上がったパン（？）を見つめ二人が額を突きつける。
フィルンは自信ありげに。カラットは少し不安そうに。

「まぁ、食べられないわけじゃないですし、美味しいかどうかはともかくまずいってほどでもないですしいいんじゃないでしょうか」
「すごく曖昧な評価ね」

何はともあれフィルンが適当なキャッチコピーのプラボードを作りそれを担いで店の外に歩いていく。

「じゃぁ、ちょっと行ってきますね。適当に宣伝したら戻って来ますので」

大きすぎたのかふらふらと少し揺れながら出て行った。

「大丈夫なのかしらね…」

なんとも言い難い不安に駆られながらカラットはその背中を見送ったのであった。

―　○　―

しばらくして。

「あー、もー！　なんでこんなことになってるのよ！」

思わず声を荒げたカラットの声が騒がしい店内に響かずかき消される。

「私に言われてもーっ！？」

カラットは手に持ったジュースを手早く混ぜ、グラスに移してカウンターの渡し口に置く。

「はい次！」
「わわっ！は、はいっ！」

食べ終わりを下げながら注文を取ってきたフィルンは交代で渡されたバージンソルティドッグを持って駆け足でテーブルに向かう。
カラットは注文を見ながら次のジュースカクテルを作り出す。

まさにどうしてこうなった。というような状態だった。
フィルンの金箔パンが当たったとは思えない。何しろ客の中でそれを注文したのは結局2，3人だけだったからだ。

忙しくしている中でカラットには長く逡巡する時間は与えられず、次の注文が告げられる。

「カラットさーんっ！次の注文これですっ！」
「そこにおいといて。さっきのテーブルの分はこっちよ」
「はーいっ！」

あまりバーという雰囲気に似つかわしくなく忙しくなってしまった。
客が全く来ないのも困りものだが、忙しすぎてもバーらしくなくなってしまう。
ゆったり流していたジャズの音も喧騒にまぎれてよく聞こえなかった。

かくも商売とは思い通りにならないものである。

カウンターに座る客の話を聞いているとちょうど何かのライブが終わったところらしかった。
それに加えて体育館前の入り口に何やら悪臭を放つ緑色の物体が放置されていた為に、大半の人が2日目の体育館内の催し物を見れていなかったことも聞こえてきた。

店に戻ってきたフィルンからは確かにそんな様なものをどけたことを聞いたが一体なんだったのか…。

ごった返す店内の中、本来の主であるジェイがデートを追え返ってきたのはそんな時だったのであった。

（つづけない）