ENo.3352 ナナシグサ

「闘技大会ってすごいんだって！　ちぎっては投げ！　ちぎっては投げ！！！」
「ち、ちぎっては投げって…草むしりみたいでこわいね…」

メイちゃん、そんなジェスチャーまでされたら、草の身としてちょっと。
ためらわないで次々と草を引っこ抜くなんて、マンドレイクとか生えてるかもしれないのに！　――と、わたしは思うけど、今話してる子はそういうの気にしない個性で。あまり穏やかじゃないことを言われるとすこし身構えてしまう。
そのへんで採れた果実が安全な食べ物として配られるような安心世界では、わたしみたいなのを心配性っていうのかもしれないけれど。

ここは木漏れ日の広場。今日は闘技大会へエントリーするべく、メイちゃんとアップルちゃんと３人でやって来たのでした。木漏れ日と名乗っていても広場なので、背の高い木に日光をとられたりしない気持ちいい日当たり。「闘技大会は修羅場なのよぅ？」と楽しそうに言うチームメイトを受付へ見送り、わたしは日向ぼっこで待っている。
うん、お日様の下だと悩みもぱぁっと晴れる。物騒なことを言ってても、あの子が楽しそうに言うならきっと楽しいはず、たぶん。

「申し訳ございません。このエントリーは受付しかねます」
「え、なんで？」

いい笑顔で申し込んだメイちゃんは、難しい顔をした受付に書類を拒否されていた。
「こちらのアップル様はエントリーできませんので、あと一名どなたか出場していただかないと……」
「えっ、アップルちゃん出れないの？？」
「姉御、ペットはカウントされないっスよ！」

二人の雲行きがあやしいのでわたしも近寄る。聞けばペットは持ち主と合わせて一人、というルールらしい。

「えー！ナナちゃんは大丈夫なのにぃ！」
「ペットは２人で１人なのかな？」
「んー、まぁテキトーに誰かさがそっか？」

メイちゃんが「じゃあハンデでいいわよぅ！！」って言い出したらどうしようかと思ってたけど、ちゃんともう一人探すみたい。あっけなく草むしられるのはちょっと嫌だったのでほっとしていると――、

「どしたの？　何かお困り？」
「あ、ぱなど」

どの子を捕まえようかしらと言う笑顔の後ろから声がかかった。メイちゃんの知ってる人みたいだけど、何か、不思議な匂いの男の人。花じゃないけれど花が咲いている感じの。

「ぱなど？　メイちゃんのお友達？」
「友達？　うーん……そんなところね！」
「……。そちらの子は初めましてかな？　パナドです、ハジメマシテ」

メイちゃんは笑顔で、ぱなどと呼ばれたこの人は苦笑いしてるから、きっとお友達なんだと思う。よろしくお願いします。

「それでぱなどは何しにきたの？　ナナちゃんをナンパ？」
「なんぱ？」
「幾らなんでもメイちゃんの前じゃやらないよ」

――あら？　前にメイちゃんがナンパされた関係？　ロリコンさんかしら。…背だってわたしよりは高いメイちゃんを子供扱いすると自分も悲しくなるけど…。

「どうかしら。　無理しなくてもいいのよぅ？　ナナちゃんはかわいいし！」
「うん、かわいいし！」
「姉御、姉御！　話が進まないッスよ！」

ペットの方がしっかりしててつらい。

「それでひどいのよぅ。３人いるのに足りないっていうの！」
「だから姉御、ペットは頭数に……」
「姉御、頭が足りないっていうのー」
「ナナちゃんとアップルちゃんが足りないのよぅ？」

事情をぱなどに説明した。ちょっと言いまちがえて葉っぱにメイちゃんの歯形がつきそうになった。

「それじゃあさ、俺が入ろうか？」
「……パナドが？　ふーん、ぱなどってなにかできるの？？」
「できるのー？」

苦笑いするぱなどがジャケットから綺麗な小瓶をいくつか取り出した。気持ち、さっきの苦笑いより肩が落ちてるかもしれない。

「んじゃま……」

ご覧あれと、ぱなどが瓶から手際よく試験管に調合すると、優しく試験管を揺らす。
　　　仄かに甘い香りが漂う――

「にゃにゃ？出番かにゃ？」

ゆるい破裂音に続いてかわいい猫妖精が現れた。ぬいぐるみのような妖精がぱなどの周りを舞う。

「か、かわいい！」
「わー！　かわいい！　その子どこで捕まえたの？」
「んー、呼んだって感じだけど。この香水でね」

ぱなどが試験管を手に紹介してくれた。この猫妖精はケットシーというとか。ちょっと取り乱してあまりわからなかったけど、メイちゃんが森でアップルちゃんを捕まえたのと違って、この子はあの試験管で呼んでくるものらしい。それにしても、かわいい…。

「合格！　ぱなどが微妙でもこの際許すわ！」
「ええ？」
「わー、ぱちぱち」

アップルちゃんもかわいいけど、かわいい子はいくらいてもいいと思う。それにあの試験管で呼べるなら―…

「ねぇぱなど、この子わたしにも呼べる？」

…うん、わたしもメイちゃんみたいにペットが欲しい！

「もう一匹出せたりしないの？」
「んー、この子は一匹ずつしかこれないみたいなんだよねー」

「がーん！」ですよ。いっぴきずつ…ですって？　この子はぱなど専用？？　期待してたのにちょっとショック。

「わたしもその子欲しい……」
「え？　んー、あげられるのかなこれ。俺がいる時はいつでも出せるよ、じゃダメ？」
「”ぱなどの”じゃなくて”わたしの”がいいの」

ぱなどのでもかわいいけど！　みんながこぞってかわいい子連れてるとわたしだって、って思うじゃない。

「んー……んじゃちょっとやってみる？　もしかしたら出来るようになるかも知れないし。そんなにたくさんは要らないから」

落ち込んでいるとぱなどが呼び出す前の試験管を貸してくれた。そっか自分で呼べば…！　ぱなど頭いい！
ぱなどの合図で一度猫妖精が消える。待っててねケットシーちゃん！　わたしがすぐ呼びだすから―…！

「こいーおいでー」

わたしが試験管を振ると同じ香りが辺りに漂う。けれどあの猫妖精は現れない。

「こわくないよー。苺も林檎もあるよー！」

苺と林檎は食べられないけど。今度は少し強く試験管を振ってみた。辺りの香りはぱなどの時よりも強くなったはずなのに、かえってくるのは”君は違う”って違和感ばかり。ケットシーが召喚された時のゆるい破裂音はいつまでも聞こえない。

「うぅーん、だめっぽいかも？」
「……ダメだったみたいだね」
「ナ、ナナの姉御、落ちこんじゃだめッス！」

乾いた試験管からはどんどん香りが薄れて、もう匂いもわからい。召喚失敗…それもちょっと失敗、じゃなくて無理なものは無理って感じ…思ってたよりずっと難しいのかもしれない。

「ちょっとコツがあったみたいだね。大丈夫、出来るようになるまで教えるから。ね、メイちゃんも」
「え？　そ、そうよ！　ナナちゃんもすぐ出来るようになるわ！」
「…うん！　わたしだって花が咲けばきっと……！」

気をとりなおして召喚のコツを聞いていると、突然メイちゃんが声を上げた。

「できた！」

手には闘技大会の書類を持っている。今の間に参加登録をすませていたらしい。そう言えば今日はそのために来たんでした。
闘技大会の登録で困ってたのを見て声かけてくれたのに、ケットシーの召喚まで教えてくれるなんて、ぱなど先生良い人！　と、感動していると、

「……なにこれ、負けたら俺が脱ぐって」

ぱらぱらと書類を確認していたぱなど先生の手が止まる。

「えっ、なんか脱ぐって入れるのがはやってるって！　メイもナナちゃんも脱ぎたくないしーぱなどならいいかなーって！」

どんなに安心世界でも、困っていた友人に声をかけたら、会ったばかりの子にケットシーをねだられ、成り行きで脱がされるような事件は起こってしまうものらしい。

「俺のなら見たいわけ？」
「見たくないから負けたら、なんでしょ？」
「……」

笑顔と苦笑いで見つめ合うこの二人は、きっととても仲の良い親友に違いないと思う。

「じゃあーつぎからは早い者勝ち？でいいんじゃないかしら！」
「一番先のが受理されるってこと？」
「たぶんね！」

メイちゃん、そう言うとぱなどは「負けたらメイちゃんが××」って書くと思うけど。あっわたしも何か書いていいのかな。

「ふぅん？　じゃあどうしようかにゃー」
「あっ！？　ヘンなのはなしよぅ！？」

ぱなどが猫妖精を真似て意地悪に笑う。

「さー　どうしようかな。ねーナナちゃん」
「おお？　どうしようかにゃー？」

メイちゃんの言った、楽しい修羅場はもうすぐ。
広場の日差しが気持ちよくて、心配事なんて何もなかった気がした。