ENo.3330 ネイト・グラスウォール

山については何とか無事通り過ぎることが出来た。
流石に山三つは堪えたが、人間やろうと思えば何とかなるもんだと思い知らされた。
山の先、東側の土地は砂地だった。
とりあえず、山の入り口付近は避けて野営をしようと言うことで
さらに東に移動したところでのことだった。

「っと、ストップだ。前に何かいるぞ」

少し前で警戒しながら進んでいた兄がこちらに腕を突き出して止めてきた。

「やれやれ、もう少しで休憩ってところで」
「…………」

後ろをちらりと振り返る。
そこにはあれだけの山歩きにもまったく変化がないように見える女性が居た。
実際変化がないわけじゃない、今の彼女は安易かあってもそれを表現できないだけだ。
中で疲労は間違いなく蓄積してるはずだ。
雪の為にも今日はもう休みたかったのだが……
このままやられるわけにも行かない。
兄妹のいる所まで近づいて声をかける。

「今度は、一体何が来た？」
「あー……なんだろうな、アレ」

兄の視線の先が少し上に向いてるのが気になり自分もそちらに向ける。

バサッバサッ．．．．．．

ゆっくりとした、でも力強い羽ばたきが聞こえる。
それは、自分達の前に悠然と降り立つとこう言った。

「我は死を告げる者、うみねこ」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

ね……は？

「おい、アレなんだと思う？」

兄が真顔で問うて来た。
何って言われても

「うみねこだろ、自称」

ここで何故俺があえて自称といったか。
まず、ウミネコは言葉を離さないと言う前提があるのに自己紹介をしたこと。
そして、ウミネコは普通に海鳥であり、
……まぁココは海も近い砂地なので底は分からないでもないが
兎にも角にもウミネコは鳥である。
間違っても猫の頭が乗った鳥の身体を持つナマモノではないのだ。

なんかやる気を殺がれ、溜息をつきかけた。
その瞬間、視界の端で巨大な物がぬるりと沸いて出た。
それは……蛸！？
地面半ば埋まった壷が砂と同化して見えなかったのか。
くそ、しかも大きい上に凄い近いな。

「食わせろ」

あっちはあっちでかなりやる気満々の様子だ。
この際喋ることはもうどうでもいい。
巨大蛸が相手にいると言うことに、俺は少し緊張を覚える。
海の魔物、それもクラーケンなどに代表される軟体動物系の種族は総じて能力が高い。
この蛸も、見た目ただの蛸とはいえこの大きさだ。

「クッ、しかたない。やるか」
「緊張してるな、どうした？」
「相手が相手だからさ！」

兄に対して幾分固めの返事を返し剣を抜く。

「貴方の未来は既に定まっている」

うみねこの台詞に心の中で五月蝿い！と吐き捨てながら蛸に突っ込む。
後衛まで回られたらことだ、何としてもココで押しとどめてけりをつける。

「俺は、未来を変えにこの先に向かってんだよ！！」

大振りになった剣先を蛸が独特の柔らかい動きで回避すると触手が伸びる。

「……ッ！」

咄嗟に腕を引き戻して身構える。
が、触手は自分の横を通りぬけてさらに後ろへと伸びる。
――しまっ……

「ねはっ」
「フトモモがたまんねぇなぁッ！！」

そのまま後方まで伸びた触手は涅槃雪の足に絡みつき
そしてその身体を引き倒した。
さらに、掴んだまま持ち上げようとする。

「へへ、ヤッパリいい感しょ……ぐぉぁ！？」

ジュアッ

焼けるような音と鼻に突く臭い。
薬品により、蛸の触手が焼け爛れた。

「…………」
「っつー、へへ。なんだ、しゃぶってみるか？」

触手を引っ込めた蛸はおどけたようにそういったが

「貴様の肉などいらん」

一瞬にして汗が吹き出た感触の後、
神経が隅々まで冷えるような気持ちになりながら

「ただただ、死ね」

蛸に告げ、その足を一本切った。

「ぐぉあ、てめぇ！！」

蛸が怒声を上げるがこちらはこれ以上ないと言うところまで感情が冷えている。
こいつはやっちゃいけないことをした。
だから殺す。
剣を構えなおすと、その後ろからうみねこが飛び出てきた。
攻守交替か？

「くるぞ」
「おうよ！」

兄に告げ、左右に散る。
うみねこが向かった先は兄の方。

「抗うか、それも良いだろう」

眼前に魔力で出来た巨大な水球が出現。
そこから大量の水流打ち出され、兄を直撃する。

「うぉぁ！？」

かなり後方まで弾き飛ばされた上でさらにウミネコが追撃をする。
今度は頭上からの狙い撃ちだ。

「輝く生命とは裏腹に、貴方達の未来は闇に堕ちている」
「んなことあるかぁっ」

兄が気合で身体を捻りそれを回避する。

「俺はな、俺たちはこの先でやんなきゃいけないことがあんだよ！！」

いつも以上に熱く……
いや、どこか必死さすら感じさせ兄が叫ぶ。

「お前らにそんなことを勝手に決められてたまるかぁ！！」

中々に心を抉る台詞だ。
うみねこのもそうだったが、兄の台詞もそうだった。
俺はどこかで少しウミネコの言うような諦めを持っていたかもしれない。
そう考えると、諦めないことをこうまで見せ付ける兄は
とても眩しく、そして心強く感じた。

「……ふん」

再度構えなおして蛸に集中する。
まだ悶えててくれたお陰で、
今まで少し気をやっていても平気なのは助かった。

「さて、そろそろいいか？」
「てめぇ、許さん！！」

上手く誘導するように横に広く動きながら戦端を後ろから遠ざける。
今度は成功したようだ。
頭に血が上ったヤツはこっちに主に集中し始める。

涅槃雪も攻撃に参加するために牽制ぐらいは飛ばしているが
それも地の魔力で上手く弾かれているため大したことにはなっていない。

「じゃぁな」

懐に入って斬撃を入れた上で涅槃雪の岩石が直撃する。
ぐらりと体勢を崩すとそのままべしゃりと後ろにつぶれるように倒れた。

「へへ、せめて食えよ」
「やだね」

言って剣を突き刺し、
動かなくなった後振りきるように抜いて鞘に戻す。

「そこでカラカラに乾いて風化するんだな」

見もせずに言うと、兄とウミネコの方へ向かう。
しかし――

「貴方と出会いたくはなかった。だがこれも運命だ」
「うっせぇ、大人しくしろ！」

さっきまでとはウミネコの動きが明らかに違う。
どことなく弱弱しいと言うか、キレが全くなかった。
なんというか、魔力が抜けてるような感じだ。

「…………」
「あ」

その時、うみねこの身体から少量の魔力が涅槃雪に流れているのが見えた。
少しずつ、こうして吸い取って弱体化させてるのか。

「貴方には未来を変える力があるようだ」

そして、やっとウミネコも地に落ちる。

「……はぁはぁ、ようやっと倒れたか」
「お疲れ。なんだか、凄い振り回された感があるな」
「本当にな、ったく」

言ってた内容もこの一戦だけに限ったことっぽいしな。
それにしても、『勝手に決められてたまるか』か。
いやはや、全く持って同感だ。
俺は、俺達はこの先でやらなきゃいけないことがある。
だから、こんな所で止まってられない。

「まぁ、何とかなって何よりってことで」
「おうよ」

コンッ

拳を軽く上げると、兄がそれに軽くぶつけてきた。
お互い、利用するだけのＰＴだと割り切ってはいたが……
いけないこととはいえ、なんだか今は変に心地がいいな。
もうちょっと割り切らないといけないのにな……まぁいいさ。

「この先も、俺たちで全て決めてくんだからな」
「へへ、そうだな」

後ろの方で、妹が腰に手を当て息をついていた。
あいつのことだ、やれやれとかでも思っているんだろう。
俺もそう思わなくもないが……たまにはいいだろう。

「……な、雪」

倒されてから座り込んだままの彼女を起こし、
塵を払いながらそう言って笑い掛けた。

その言葉に対して、彼女が笑いながら頷いてくれてるようなそんな気がした。