ENo.1951 メリム・ファルトリア

※今回の日記には、Eno.1263 アノーサラル＝リツさんをお借りしました。

夜の森。躍動の世界の名を表すかのように、木々は大きく育っている。
そして、寒さが増してきてもなお、月明かりを半分以上遮断するほどの葉を擁していた。

そんな薄暗い森の中で、メリムは１人黙々と特訓をしていた。
他の２人に迷惑をかけないように、少し離れた場所で明かりもつけずに特訓を行っている。
と言っても、メリムには元々暗視が備わっているので、明かりなど必要ないのだが。

特訓の内容は至ってシンプルである。
まず目を瞑って、無作為に、地面へと丈夫で長い針を多数突き立てる。
そして、針にぶつからないようにその間を飛んで抜ける、というものだ。
ただし、目は開かずに、瞑ったまますり抜けなければならない。

「あいたっ！？」

ゴツン、という音がしてメリムが頭から針の柄にぶつかった。
頭を揺さぶられてくらりと来たのか、バランスを崩して地面に落下する。
下はむき出しの地面であるため、羽の浮力と防禦魔法である程度軽減しても、それなりに痛い。

「わ、わ、わ……あぐっ！」

慌てて体勢を立て直そうとするも、一時的に平衡感覚を失った状態ではそれも適わない。
出来る限り勢いを殺し、受身を取ったが、それでも自分の身長位の高さから、強かに地面に体を打ちつけた。
特訓に失敗したときのサンクションとして、メリムが自分自身に科した痛みだ。

「うぅっ……いた、た…………」

地面に手をついて何とか上体を起こす。
頭を打ったために歪む視界の中、強引に精神を集中させて回復魔法を使う。
メリムの回復魔法は効果が弱く、発動までにも時間がかかる。
時間を無駄にしないため、動けるようになるまでの最低限の回復をして、すぐにメリムは特訓に戻った。

痛みで集中力は万全とは言い難い。だが、むしろ万全であっては困るのだ。
何故なら、これは戦闘中の動きを想定した特訓だからだ。

目を瞑り、地面に突き立った針を全て消す。
一度目で見てしまえば、もうそれらの針は障害物としての役には立たない。
空中に手を翳し、無作為に魔法で針を作り出して地面に突き立てる。

ふぅ、と息を吐き出し、メリムは集中する。
打ち付けた身体のあちこちがズキズキと痛むが、それらを強引に遮断する。

今、メリムが行っているのは魔力ソナーの特訓だ。
まず、自分の身体から、物体に当たると跳ね返るように調整した魔力を放射する。
そして、その魔力が反射して戻ってくるまでの時間から、対象までの距離を計算するというものだ。
これにより、たとえ目を瞑っている状態であっても、自分の周りがどういう状況かを知ることができるのだ。

しかし、実際に魔力ソナーを使いこなすのは容易ではない。
まず、視覚情報があらゆる方向と時間という情報に代わるため、基本処理量が膨大なものになる。
更に、自分も絶えず動き続けるため、対象との距離は常に変化し続ける。
その結果、四六時中この複雑で膨大な計算を続けていなければならなくなるのだ。
そして何よりも、この計算を、多大な集中力を要する戦闘行為と並行して行わなければならない。

いや、そもそも「計算をしている」という感覚がある限り、満足に戦闘を行うことはできないだろう。
返ってきた情報を即時に「視覚」へと転化できるほど熟練していなければ、とても実用化できるものではない。

メリムは今日特訓を始めたばかりなので、今やっているのは全方位ではなく、前方のみに展開するソナーだ。
しかし、慣れていないメリムにとっては、それでも情報の波に押しつぶされてしまいそうだった。

（……前50cmくらいに、針。それの手前、右側20……いや、30cmくらい？　左は……たくさんある。ちょっと危ない）

計算速度が追いつかず、障害物の位置があやふやにしか定められない。
速度を落とせば正確に定めることができるだろうが、そんな手ぬるいことをやっていては習得に時間がかかりすぎる。
だから、多少強引でも身体に覚えさせるしかないのだ。

下手に動くとすぐに身体をぶつけてしまうような針の迷路を、メリムは不確かなソナーだけを頼りに進む。
何度も何度も繰り返して、少しずつではあるが計算速度も上がってきている。

（右、通過。もう１つ、右、前にもある。左に迂回して……次は右に……！）

しかし、１回のミスがあっさりと失敗を招く。

「あっ……！」

計算ミスか、それとも計算が追いつかなかったのか、針の向こう側を回りぬけるつもりが、針に突っ込んでしまった。
気づいたときにはもう遅く、止まることも、身を翻して避けることもできない。

「――――！」

ガァン、と音を立ててメリムは針と衝突した。
当たっても倒れることのないように、太い針を深くさしているから衝撃は相当のものだ。
今まで蓄積したダメージが祟ったのか、メリムの意識がプツリ、と一瞬途切れる。
そして、力が抜けたメリムの身体は反作用により後ろへと弾かれる。
更に運が悪いことに、弾き飛ばされた先にはまた針の柄があった。

「が……っ！」

弾かれた勢いそのままに、メリムは後頭部を針にぶつけてしまった。
前後に頭を揺さぶられて脳震盪を起こしたのか、メリムの意識が闇へと落ちていく。
どこか遠いところで、何かが地面に叩きつけられるような音が聞こえた気がした。

★★★

メリムが魔力ソナーを練習しようと思ったきっかけは、とある半妖精との出会いだった。
その半妖精は目隠しをしていたが、奇妙なことに行動に全く支障はないようであった。
目隠しをしていても平然としているその姿に興味を引かれ、メリムは話しかけてみることにしたのだ。

その半妖精は、「アノ」と名乗った。
身長はメリムより更に小さく10cm程度。小さな妖精の中でも、おそらく更に小柄な部類に入るだろう。
少し紫がかった桃色の髪をしており、人間の感覚からすれば際どいと感じられるであろう服を着ていた。

目隠しのことをたずねたところ、アノは目隠しを外して、メリムに目を見せてきた。

「ほらみて？　へんなめでしょ？　めはもともとみえないのよ」

その目は、目というよりはまるで宝石のようだった。
瞳は白濁しており、光を全く映していない。
アノの言うとおり、目としての機能は備わっていないのだろう。

「でもへいきなの♪　みえなくても、みえるのよ？」

しかし、その半妖精の少女はそれを気にする様子もなく、くすくすと笑いながら話し続ける。
メリムは、目が見えないはずの少女に、困惑の表情を読み取られたような気がしてドキリとした。
いや、もしかしたら彼女は、こういう質問をされるのに慣れてしまっているだけなのかもしれない。

「まほうのせんせいは……『まりょくそなー』っていってたかしら？　よくわからないけど」

魔力ソナー。聞いたことは無かったが、響きからそれがどのようなものか、メリムには容易に想像がついた。
それを念頭に置いてみると、なるほど、彼女の身体から魔力が放たれ続けている様子が見えた。

「あたしはめがみえる、ってことはよくわからないけど、でもぜんぶわかるのよ？
　どういうかたちのものが、どのくらいのきょりにあるか。もちろん、あなたがそこにいることもね♪」

メリムの方に向かって、アノはうふふ、と楽しそうに笑いかけた。
この半妖精は、確かに目は見えないが、それに代わる機能を確実に持っているのだ。

それがきっかけだった。そしてメリムはこう考えたのだ。
この魔力ソナーを使いこなすことができれば、戦闘の役に立つのではないか、と。

魔力ソナーは目に頼らない。
目を潰された場合や、死角から攻めてくる敵がいる場合、このソナーは十二分に役に立つ。
しかし、目の前にいる少女に方法を聞いたとしても有効な答えは得られないだろう。
彼女自身「よくわからない」と言っているし、そこに嘘があるとは考えにくいからだ。

そして、メリムの周りに魔力ソナーの教えを請えそうな者は他にいない。
となれば、身に着けるための方法は１つ。

試行錯誤のみ、だ。

★★★

冷たい夜風に吹かれて、メリムは目を覚ました。
どうやら気絶してしまっていたようだが、どれくらい時間が経ったかはよく分からない。
しかし、夜が明けそうな気配がないことからすると、たいした時間は経っていないように思えた。

「うっく……いたっ……！」

意識がはっきりしてくると同時に、身体の痛みが感じられるようになった。
体がズキズキと痛むが、何よりも直接ぶつけた頭が痛い。
額に手をやってみると、血がべっとりとついてしまった。
どうやらぶつけた拍子に額がパックリと裂けてしまったらしい。
血が乾いていないところを見ると、まだ出血が続いているのかもしれない。

「うっわぁ……こりゃまた、派手にやりましたねえ……」

そうつぶやき、メリムは横たわったまま回復魔法をかける。
時間はかかりそうだが、おそらく朝食を作る時間までには確実に回復するだろう。
妖精特有の回復力の早さもあり、疲労が残ることもないだろう。

「さて……今のうちに復習でもしておこうかな……」

メリムは目を閉じ、今日の特訓の感覚を思い出す。
何もかもが、新鮮な感覚だった。
アノが言っていた、「見えなくても見える」という感覚が、少し理解できた気がした。

「……すごいなあ…………」

自然に、メリムの口からそんな言葉がこぼれた。
あの半妖精の少女は、この気が遠くなるほどの作業をたやすくやってのけているのだ。
いや、正確に言うならば、彼女にはおそらく計算しているという感覚すらないのだろう。
なぜならば、生来目が見えない彼女にとっては、あの状態があまりにも自然な状態だからだ。
もはや、彼女の魔力ソナーは「魔法」というべきレベルに達しているのだ。

彼女が失った視力という代償は大きいが、代わりに得た魔力ソナーという力も大きい。
その大きな力を一から手探りで取得しようとしているのだから、この先大変な努力が必要だろう。

「でも……立ち止まってなんて、いられませんよね」

これを取得できれば、確実にメリムは強くなれる。
それが分かっていて手を抜けるほど、メリムは惰弱ではなかった。
「あのひと」のところに辿り着いて、その手で撫でて欲しいから。

「ああ……でも、やっぱり……すごいなあ……すごい…………」

再び、その言葉が口をついて出た。
冷たい夜風がヒュウ、と激しく吹いたが、メリムにはその冷たさがどこか心地よかった。