ENo.1828 霊夜　代

ある日の事。

部屋に一通の手紙が届いた。
差出人は不明。

ただ書かれていた事はひとつだけ。

『図書館で調べていた人物についてお話があります。
　日没頃に図書館の裏路地、赤いごみ箱の前にてお待ちしています。』

……見覚えのある字だった。

地図のときもそう。
一度『見た』ら俺は決して忘れない。

この字は、前に図書館で調べ物をしていた女性。
あの女の人からだ。

……ラブレターにはとても見えない書き方だな。
恋文というよりも、これは果たし状だろうか。

その手紙を持って、路地裏に向かってみる。

赤いゴミ箱の前に、やはりあの女の人が立っていた。

「やーやーどーも。このラブレターは貴女様から？」

いつも通り、普段通りで接してみる。

それでも俯いたままで、決して此方を見ない。

「……呼び出しておいて、だんまり？　要件を言ってよ。」

今度は少し強い口調で。
そうすると相手はようやく口を開いた。

「……ここ数日、貴方の事を調べました。」

「はあ、俺の事を？」

「……賞金稼ぎ、だそうですね。それも、名のある。」

「はあ、名前なんてその人を特定するしか意味が無いよ。で、だからどうしたの？」

「……お願いがあります。」

「ん？」

「今すぐ、この国から出て行って下さい。」

「……は？」

いきなり何を言い出すんだろうこの人は。
少し話が飛んだから呆気に取られたが、頭の中で考えて大体の事情を察する。

「……ああ、つまりはここで俺が賞金首のコト調べられると困るって訳なんだね。」

「そうです。」

「……あんた、言ってる意味わかってる？　犯罪者のコト庇ってんだよ？」

「……承知の上です。」

どうやら本気らしい。
顔は俯いたまま、表情も崩さず、ただ淡々と言うだけ。

「……もう一度言います。この国から出て行って下さい。」

これは……どうしたもんか。少しだけ探ってみるか。

「いきなり出て行けなんて言われてもねぇ。」

「……。」

「じゃあ二つだけ質問。何で庇うの？」

「……答えるつもりはありません。」

「ああそう。じゃあもう一つ。全員を庇ってるの？　誰か一人だけ庇ってるの？」

「……一人だけ、です。」

「ふーん……」

「……私は、あの人を助けると心に誓いました。十年以上経とうとも。だから貴方を……」

そう言いながら、ゴミ箱から何かを取り出した。

「……殺したくない。だから、今すぐこの国から出て行って下さい。」

取り出したのは、大きな剣だった。

「……本気か。」

「……本気です。」

「……そっか、くくっ……はは、あはははははははははッ！！」

「なっ、何がおかしいのですか……！？」

だって、笑わずにはいられなかった。

こんな短い期間で、二人も！
あの人を庇ってくれる人が居た！

あの人を……師匠の味方になってくれる人が、二人も……！！

「ああいやいや、ごめんねぇ。きみさー、もーちょっと脅迫について学んだほうがいいよぅ？」

「なっ、私は真剣に……！」

「じゃあさ、殺し合いなんて生々しいのやめようよ。素直に勝負しよ？」

「え……？」

「俺が負けたら、素直にこの国から……いや、貴方の言う人を追求するのは二度とやめるよ。」

「なっ……」

「その代わり、俺が勝ったら……そーだなぁ、その生意気な口が叩けないようにしてやるよ。」

「ふっ、ふざけないで！！」

顔を真っ赤にして剣を振りかざしてきた。
挑発には弱いタイプか。減点マイナス2点かな。

腰のベルトから針を二本取り出す。
その二本の針で剣を受け止める。

「えっ……！？」

あー、この子駄目だね。多分実戦経験は無い。
ただまあ剣の扱いはなってるから剣術道場あがりかな？

「くっ……！！」

針を剣で払われる。
そして少しだけ距離をとられた。

……？
何故だろう、この女の人の構え方に見覚えがある。

「はああああッ！！」

今度は横から来た。
横薙ぎは嫌なんだよな、避けにくいから。

でも、重い剣を横に振るのは力がいる。
だから重心をとるのが難しい。

素早く姿勢を低くする。
そしてそのまま自分の足を相手の足をあわせ、

「きゃっ！？」

ひっかけて、転ばせる。

「どーしたのー？　このままだと俺の圧勝だよー？」

「くっ……！」

んー、少しからかいすぎたかなぁ。
さっきから何か涙目になってる。やだなー女の人って泣くと怖いんだよなぁ。

「わ、私は……あの人を助けるんです！　あの人の帰る場所を、取り戻す……です……ッ！！」

半分泣いたまま言われても。
これだと俺が悪者じゃん。やだやだ。

そろそろ、終わらせてあげようか。

「あああああああああああああッ！！」

叫びながら剣を降ろしてきた。
剣の軌道を読んで、そっと横に避ける。

そして、相手の耳元で、

「……ありがとね、ロウの事、助けようとしてくれて。」

「え……？」

首に手刀を下ろし、相手の意識を奪う。
女の人は面白いように、その場に崩れ落ちた。

「……。」

暫く、俺は立ち尽くしてた。

この国で師匠の事を調べるのは『師匠を捕まえるためにこの国に来た』設定でやっていたのに。
それが仇になった。それもこれで二度目。

……やっぱり、あの人はあんな事をする筈が無い。
それを十年以上も思い続けた人が、少数だったとしても居てくれた。

俺は、それが凄く嬉しかった。

「師匠、良かったね。味方、案外少なくはないよ。」

届かない声。だから誰も応えてくれない。
……俺はいつも、独りだったから。

さて。
感傷に浸るのはこれまでにして。

この人をどうしようか。

自業自得とはいえ、このまま放置しておくのはまずいよなぁ……
仮にも女の人だし、割と良い育ちの人みたいだしなぁ……

……やっぱり運ぶしかないか。
面倒だなぁ、もう…………

よっこいしょっと。
あ、剣も剣も。えーと。

うおっ…………重てぇ…………！！

よく見たら、剣は装飾用のあんまり斬れない宝石だらけの重たいだけの物じゃん。
この人、こんなんで勝負挑んだのか。世間知らずにも程があるなぁ。

ぐ、ぐお…………！！

ま、待て太陽！！
今日ぐらい日没は遅くても構わないだろう！！！

ちょっと待て！！　暗くなるな！！
路地裏でこれは危な過ぎる！！　ていうか俺が無実の罪で捕まっちゃう！！

うおおおおおおお根性じゃシロおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ！！

宿に着いたのは、深夜だった。