ENo.167 八代襲

罪を犯した者が集う場所、アンジニティ。

ある者は処罰により。ある者は運命の手により。

否定の世界へと、引き寄せられた。

その少女の名は、八代襲。

罪状は、その『存在』そのもの。

生まれ落ちた時から、彼女は罪を背負っていた。

自然の摂理に背き、この世に産まれ落ちることができてしまったという罪を。

ウラギ

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11日目。
その日、2人目の通信相手が現れた。

？？？「……聴こえるかい？」

若い男の声だった。

？？？「やっと捉えた。元気にしてたかな？」

かさね「……アンタは？」

？？？「わからない？」

驚いたような声を出された。
フランクな話し口調から、彼もまた、自分の知り合いだったのだろうと察する。
それも、電話で名乗らずに話せるほどに身近な存在。

――少し、心が痛んだ。

かさね「……ごめん。その……記憶喪失なんだ」

？？？「……………………そうか……。苦しいことがあったもんね」

かさね「なにか知ってるのか？」

ウラギ「改めて自己紹介しなきゃか。僕は浦木雅慧（うらぎまさとし）。『ウラギ』とでも呼んでほしい」

かさね「……ああ」

ウラギ「うん……今回僕が連絡を取ったのは、アンジニティへ飛んだキミの消息を知るためだったんだけど。こうなったからには、記憶を戻す手伝いをしようか？」

かさね（！　……こんなに簡単に……）

かさね「……待ってくれ。花子からは、記憶に関する事は言えないって言われてる。その理由、心当たりがあったらそれを先に聞きたい」

ウラギ「そうか、彼女ともう接触してたのか……。そうだね、まずはそれから話さないと」

ウラギ「一言で言うと、キミの記憶喪失はトラウマからの自己防衛だと推測される。記憶が戻ったときに、過度なストレスがかかる恐れが多分にあるんだ」

かさね（………やっぱりか）

予想はしていた。

いや、付け加えるならもう一つ。
記憶を取り戻したときに、自分の意思が「消えてしまう」可能性もあるのではないか――？

未だに、この体が借り物であるかのような違和感が拭えていない。
まるで、幽体となって他人の体に乗り移ったような気分であった。

今の自分の選択肢は二つ。
記憶を集めて、元の持ち主に体を返して成仏するか。
体を奪い取り、このまま好奇心と戦い続けながら過去のない人生を生きるか。

かさね（当然『八代襲』としての記憶も失いたくはないんだけど……）

死ぬというわけではない。
が、実態は死に近い何かだ。

ウラギ「ただ、ここで僕が何も話さなくても、ふとしたきっかけで全てを思い出して終わってしまうという可能性もある。僕としては、万全のバックアップがとれる環境で、ストレスなく君の記憶を戻したいと思ってるが、そこから出てこっちの世界に戻るのは簡単な事じゃあない。だから、僕自信がキミのストレスを軽減しながら記憶を引き出す手伝いをしたいと思うんだ」

提案には、確かに納得できる部分もある。
だがどこか引っかかるものを覚えないこともなかった。

まるで用意していた選択肢のように、スラスラと対策を立てているのは何故だ？
もし記憶喪失を予想できる状態にいるとしたら、記憶を取り戻したときの『八代襲』としての私の意思の行方に関して、何故コメントしない？

かさね（……そうだ、まだ信用するには早い。どんな待ちわびた情報を持った相手でも、いや、だからこそ、最初は疑ってかからないといけないんだ）

もしかして彼は、記憶を戻させることによって、私を消去して元の人格に戻すつもりなんじゃないだろうか？
元の人格の知り合いなら、その考え方自体は不思議なものではない。恋人だったのかもしれない。

現に花子は、迷いを見せるようにどっちつかずな態度を取っていた。

かさね「ちょっと……考えさせてくれ。またいつか、連絡をくれないか？」

ウラギ「……わかった。一週間後に、もう一度連絡するよ」

かさね「せっかくの好意を……ごめん」

ウラギ「最後に一言だけ言わせてくれ。キミが記憶を失う原因であり、キミがその世界に落ちた原因であり、キミの産みの親である男の名前だ」

ウラギ「白鷺刀磨（しらさぎとうま）。刀を磨く、と書いて『とうま』だ。彼には気をつけて。近いうちに接触してくるはずだから」

かさね「白鷺……刀磨……」

聞き覚えのある名前な気がする。

花子の父親か。
そういえば花子の家は刀匠で、刀にゆかりのある命名をしていたと言っていた。
刀を磨く、と書いて、とうま、か。

かさね「わかった、ありがとう。ホントは聞きたいことがいっぱいあるんだ。一週間後までには、落ち着いてハラを決めておくよ」

ウラギ「うん。それじゃあ、気をつけて」

そして会話は打ち切られた。

かさね「花子に……相談しよう……」

自分は、花子のことを結構信頼していたんだな、と気付く。
花子は適当なようでいて、見えないところで気配りをする繊細な少女だ。

かさね「昔の記憶や、写真の効果でのえこひいきもあるかもしれないが……」

花子なら、襲のことも、自分の前の人格のことも、ちゃんと考えて相談に乗ってくれる。
そう思えた。

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「と、いうことがあったんだけど、花子、どう思う？」

「ウラギって奴は知らないなあ……ねえ、フルネームは何て言ってた？」

「マサトシ……だったかな？」

「マ……ああ、やっぱり」

「？　どういうことだよ」

「アナグラムだよ。文字を並び替えてみ」

「文字って言うと、つまり、ウラギマサトシって名前を……」

ウラギマサトシ。

ウラギマサトシ。

シラサギ、ト………

「あ………あ、あ、あ………」

「あのヤロー！！！！！！！！！！！！！！！」

全ての始まりの男、諸悪の根源。
マッドサイエンティストの白鷺刀磨とは、そういう男だった。