ENo.1337 コルト・イサキリ

（この日記は前回の日記の続編となります）

考える。
彼女があるときを境に落ち込んでいるように思えることについて、だ。
といっても些細な違いで、心なし元気がないかなぁと思う程度。
ここで言う彼女というのは、男女の関係で言う彼氏彼女のソレではない。
……うん、内心でこうやってまで言うってことは結構困ってるんだろう。
この世界にくるまでは、兄弟が知恵を貸してくれたしなぁ、こうすれば。
さて、僕には知恵があまりない。
というか散々兄弟や義妹から鈍感だと罵られてきた僕が、女心なんてわかるわけない、と若干開き直っている。

「……そんな僕には、直接聞くしかないかー」

というわけで、月子さんに問うことにした。

「月子さん、この間から何か落ち込んでいるけど、何かあった？」
「……知りません！」

そっぽを向かれてしまった。
……というかどう見ても怒ってるんですが。
落ち込んだ状態になってないから大丈夫、なんていえない。

「え、えーと、どうして怒ってるのかな？」
「自分の胸に聞いてください」

自分に聞いて答えが出るなら苦労はしない、と言いたい。
けれど、そう言うってことは僕に原因があるわけで……。
……うん、わからない。

「何か怒らせるようなことしちゃったかな？　正直、僕としては思い当たるところがないんだけれど……」
「……」

何だろう、凄い冷たい目で見られている気がする。
答えた風もなく見つめ返す……ように見えてるけど内心凄く怖い。
そんな心臓と心に悪い時間が過ぎる。

「……イサキリさんが」

根負けしたのか、色々諦めたのか月子さんが口を開く。

「あんなことを言うからです」
「あんなこと？」

思い当たる言葉を捜す。
……思い当たらない。
その様子がどうやら月子さんの怒りをさらに刺激したらしい。

「だから……見捨ててればいい、なんて言ったでしょう！？」
「あ、言った」

うん、確かに言った。

「……っ！　それを聞いて、私が、どう思ったか……！」
「あー、いや、そのー……」

だめだ、こういうシチュエーションの経験がないせいで何も言い返せない。

「この世界で過ごして、信頼できる人ができたかなって思った矢先に！　その人から見捨ててもいいとか言われた気持ち、わかりますか！？」
「……わからないなぁ」

うん、今までもずっと見捨てていいからねーとか言い続けてたしなぁ。
そこらへんは、僕の背負った字の性なので、気にしないでほしいのだけれども。
そうは、いかないんだろうなぁ。

「イサキリさんは、私のことを信用していないんだって……！」
「あー……」

この問いには言い返せなかった。
どこか、守ると言う意識を抱えたままだったと思うから。

「大体！　何でそんな自己犠牲をしようとするんですか！　そうやって残された私が何も思わないと思いましたか！？」
「いや、そんなことは」
「思っていたからあんなこと言ったんでしょう！？」
「あー、ごめん。ちょっと落ち着いてくれると助かるかな？　さすがに、こう畳み掛けられちゃうと僕としても言葉を返せないからね？」

どうにかそれだけ言ってみる。
それだけで落ち着いてくれたみたいだった。
……それにしても、まぁ出会いが出会いなだけにあまりいい印象をもたれていないと思っていたのだけど。
信頼、とは。

「まず、自己犠牲とかそういうことについてだけど、そのつもりはないから安心して。……僕としても長生きはしたいからね？」
「なら、なんであんなことを？」
「あー、ほら、僕は結構逃げなれているけど、月子さんはそうでもなさそうだし。それに、月子さんが逃げ切った僕が追いかければ済む話だから」
「……結局、それは自己犠牲だと思います。どうして、私と一緒にどうにかするって言う選択肢が、ないんですか」
「それについては謝るよ。……つい、ね。どこかで月子さんを守らないと、っていう意識が働いてたから、ね」

仕方がない、その一言では済ましにくい。
だから、僕の話でもすることにした。

「僕の家は……あー、武士っていってわかるかな？」
「わかります、けど」
「ならよかった。まぁそんな家でね？　その中でも、戦場では常に殿を務めていた家だった。だから、という訳でもないけれどそういう意識が働きやすくてね」

でも、それが理由だけじゃなくて。

「それに加えて、僕の両親が殺されたときに、血が半分しか繋がっていない義姉さんがさ、僕のことを庇いながら逃げてくれて育ての親のところに預けてくれてね。憧れたんだよ、僕は」

そうなりたいと、思った。
そうなれるだろうか、とも思った。

「だからさ。義姉さんみたいに、背負った字に恥じない生き方をしようと思ったんだ。誰かを助け、誰かを守り抜く。時には……この身を盾にしようとも、ね」
「でもそれは……！」
「うん、月子さんを信用してないってことだもんね……ごめん。どうにも僕は、そういうのが下手でね。なかなか人に、頼れない」

そう自嘲気味に笑う。
今まで僕と兄弟の『二人』で旅を続けていた。
そのせいか、僕は他の人に頼ることが酷く下手になったのかもしれない。
いや、もっと深いところを言えば。
僕にとって、人は昔恐怖の対象だった。
それがまだ残っているのかもしれない。
まぁ、それはそれとして……また義姉さんに怒られそうだ。
結局、他の誰かを僕の後ろに置き続けていた。

「だから、今まで月子さんを信用してなかった。そのことをまず、謝る。……ごめんなさい」

頭を下げる。
誰かに指摘してもらわないと気が付けないとは、僕もまだまだなのだと思う。
一つ、息をついて顔を上げる。
しっかりと、月子さんの目を見つめ返して再び口を開く。

「だけど、ね。僕の月子さんを守りたい、って思いは変わらない。その代わり……」

ここまで言われたら僕にだってわかる。
彼女は、僕の後ろに置くべき人ではない。

「お願いしてもいいかな？　僕の背中を預かってほしいって」

そう言って、笑う。
その笑みは若干の照れ隠しも含んでいる。

「……なら一つ、条件があります」

こっちを凛とした表情で見つめる彼女。
今の彼女を見れば、普段の儚い印象ではなくまた別の印象を抱くのだろうと思う。

「自分を犠牲にしようとしないでください。それが、条件です」

その条件は、飲まざるを得ない。
女性の頼みはなるべく断るな、とは義姉さんの教え。
断ったのがばれたら、なぜか石原桐に伝わる奥義でのお仕置きだ。

「わかった。『石原桐』の名の下に、約束する」

この名を口にした以上後には退けない。
何しろこの名前、『折れずの石原桐』とも呼ばれた程で、つまるところ戦場で折れることなく最後まで退かない者の名前である。
この名前を出したなら、精神的に退けはしない。
僕にとって名前というのは存外大事なものなのだから。

「わかりました、信じます」
「ありがとう。その代わり……そっちの背中は勝手に預かった、返却予定は当分無い」
「本当に勝手ですね。でも、預けないつもりは、ありませんでしたよ」
「それは良かった。ま、安心してよ。信頼には信頼で、誠意には誠意で返すのが、僕のやり方だから」

さて、これからが大変だ。
体を戻そうとしていたけど、どうやらそれ以上を目指さないといけないらしい。
後ろには置けない、されど前に行かれても守れない。
というかこっちとしても一方的に守られるのはもうごめんだ。
ならば、並び立つしかない。
だけど、下手をすればこっちが後ろにおいていかれてしまうのだから。

「これからも、よろしく頼むよ。相棒」