ENo.1305 ジンとニック

ジン「……。」

…何故だ。一体どうしてこうなった？

ニック「さぁさぁ、頑張っていきやしょうねアニキ!!」

奴は見るからに張り切っているようだ。
それ程やる気があるならば一人でやればよかったものを。

こうなっては仕方がない。
あまり気は進まないが、腹を括るしかないだろう。

それは数刻前に遡る。

ジン「…おい。」

撃退した陸裸亀貝を調べながら私は隣の奴に話しかけた。

ニック「ん？アニキ、どうかしやしたか？」

私の調査の間、手持ち無沙汰だった奴はすぐさま反応を示した。
私は調査の結果を手帳に書き込みながら、そのまま目線を移動することなく話を続ける。

ジン「先日は迷惑をかけた。」

ニック「…へっ？あぁ、別にそんな…」

ジン「…私は、ゾンビが苦手だ。」

奴の言葉を遮るように言葉を被せる。
その様子から、私がこれから何かを話すことを察したらしい奴はそのまま黙り込む。

ジン「いや…苦手という言葉で済むレベルではないな。以前のある出来事から私はゾンビというものに恐怖を感じるようになった。奴等を前にするとパニックを引き起こして呼吸すら儘ならなくなる程にな。」

ニック「…アニキ…。」

ジン「…そのトラウマは今でも克服できていない。幸い貴様と組んでからはゾンビに遭遇していなかった為に問題は起きなかったが、今後何事もなく済むなどと上手い具合に事が運ぶとは限らない。
…いや、この間のようなことは十分起こり得るだろう。先日の敗走はこの事を貴様に告げておかなかった私の失態だ。」

そこで言葉を止め、一息つく。
改めて奴と向き直り、その双眸から視線を逸らさずに見つめた。

ジン「だから…貴様の力を借りたい。」

ニック「…！」

奴が息を呑む気配が伝わる。

ジン「勿論、そのトラウマも必ず克服するつもりだ。明確な弱点などあってはあの男に返り討ちにされるのがオチだからな。だが、それには些か時間がかかりそうだ。
いざというときは…頼む。」

私は、奴に頭を下げた。

寸刻、場を静寂が支配する。

ニック「…アニキ。」

その沈黙を奴が破る。
面を上げて奴を見ると、奴は笑みを浮かべてこちらを見ていた。

ニック「何言ってんすか、元々アニキの手助けをする約束だったじゃねえですか！それにそんなもんが無くたってアッシはアニキの手伝いがしたいんでやす。
でも…アッシを頼ってくれるなんて嬉しかったでやすよ！不肖ニック、全力でアニキをお守りしやす！」

ジン「……。」

ニック「…アニキ？どうしやした？」

ジン「…いや、何でもない。よろしく頼む。」

――これで良かったのだろうか、と思う。

今までの闘いではコイツに援護させることはあれど、その主導権は常に私が握ってきた。
だが、この頼みはコイツを更なる闘いの矢面に立たせる悪魔の願いとなるかもしれない。

このような事をさせるつもりはなかった。
出会った時の契約。その代償はただ一つの『命令』を遂行させるだけだった筈なのに。

ジン「私は――もっと強くならねばならないな。」

これ以上闘いへと巻き込まなくても済むように。

と、そこで奴がふと思い出したかのように話を切り出した。

ニック「そういや…アニキ、闘技大会ってヤツはご存じで？」

…闘技大会？いきなり話が飛躍しすぎて訳が分からないが…

ジン「あぁ、聞いたことはあるな。それがどうかしたのか？」

私の答えに満足したのか、奴はしきりに頷くと――

ニック「さっすがアニキ！その大会がついに開催されるらしいんでやすが、アッシと一緒に――」

ジン「私は行かないぞ。」

奴が言い終わらないうちに言葉を遮る。

ニック「えぇ〜、そんなアッサリと…アニキ、考え直して下せぇって!!」

奴が不満そうにするが――

ジン「貴様…今の状況が分かっているのか？」

全く何を考えているのだ、コイツは。あの男に匹敵する力を少しでも蓄えておかなければならないというのに。

だが、それに対し奴はさも当然というように、

ニック「そりゃあモチロン。アニキは復讐の為に力をつけてるんでやすよね？」

と答える。
…ふむ、幾らおめでたい思考回路のコイツとはいえ、一応私の目的は理解しているらしい。
だが――

ジン「分かっているなら尚更だ。そのような暇があるとでも――」

ニック「まぁまぁ、とりあえず聞いて下せぇって。その大会ってのは各地から強者が集まって参加してるそうなんでやすよ。」

ジン「当然だな。腕に覚えのない者が出場しても怪我をするだけだ。
…それで？」

ニック「大会には誰でも参加できるそうでやす。その中には当然このセルフォリーフの救援依頼を受けてきた奴等も含まれているわけでやして…つまり、他の世界からやってきた奴等の戦いぶりが間近で見れるわけでやすね！
その中にはもしかしたらアニキの知らないような未知の力や技術があるかも知れやせん。復讐に役立ちそうな力や技術が。
…どうでやす？気になりやせん？」

ジン「…ふむ。」

奴の言う事にも一理ある。
…というか、奴にしては割とまともな事を考えていたとは正直驚きだ。

尤も、そう都合良くいくとは限らないだろう。しかし、強者達の戦いを観戦する事でより効果的に力をつけるための何らかのヒントが得られるかもしれないし、戦術そのものについても学べるかもしれない。
後学の為にも、応援のギャラリーに紛れて大会を視察しておくか。

ジン「良いだろう。貴様の案を採用してやる。
…何をしている、行くぞ。」

ニック「へっ？…へ、へいッ!!
いや〜、アニキがこんな簡単に了承して下さるなんて思わなかったでやす。でも…へへっ、これで大会に参加してイイトコ見せれば、きっとカワイコちゃん達とお近づきになれるに違ぇねえっす!!」

…前言撤回。
やはりコイツは碌な事を考えていないようだ。
しかも大会に出場する気なのか？

まぁ、奴が出場しようがしまいが私には関係の無い事だ。
観客席から強者達の戦いを存分に観察し、今後に役立てるとしよう。

その時はそう考えていたのだが――

ジン「おい貴様…何故私まで出場することになっているんだッ!?」

ニック「へっ？…何かマズかったでやすか？」

ジン「当り前だッ!!何を勝手に…」

ニック「えぇー…、だってアニキがアッシの案を採用してやる、って言うから…」

ジン「…待て。確かに私はそう言った。言ったが出場するなどとは一言も…」

ニック「…へっ？アッシは一緒に『出場』しやしょうって誘いのつもりだったんでやすが…。」

――そういえば。
コイツが最初に大会について話しかけてきた時に、『一緒に』と途中まで言いかけていたが、てっきり観戦の事だと思い、最初に鰾膠も無く『行かない』と断って遮った、ような、気が…。

……。

最後まできちんと確認しなかった私の落ち度でもある。あるのだが…

ニック「あ、あの、アニキ…？…へぶしッ!!」

何となく納得いかず、私は無言で奴の鳩尾に蹴りを入れた。

ジン「ところで、だ。この大会は『3人以上』のチーム戦らしいが、当然貴様は誰か当てがあるのだろうな？」

ニック「へっ？…あぁッ!?ヤベェ!!アニキが参加してくれる気になってくれたと思ってやしたから、アッシはてっきりアニキが誰かに連絡つけて誘ったもんだと…。」

……。

ジン「おい…まさか、今から探せというのか？」

ニック「あ…う…えっと…そ、そういうことになりやすね〜、へへっ…
スイヤセンスイヤセン!!そんな今にもアッシを殺しかねねぇような顔で睨まねぇで下せぇ!!」

一体何なのだ、この笑い話にもならない状況は。
大会開催まであまり時間がない。普通に考えればこんな状況でメンバーが見つかるわけがないだろう。

だが、案外何とかなるものである。
とにかく誰かに当たってみようと行動を起こそうとしたところ――逆に声を掛けられた。
それも同時に2名。

一人は私達と同じような獣人――虎の少年だ。
名前は『ランディ・フォルトゥニス』というらしい。
もう一人は人間の女性。
『リン・フラムドルフ』が彼女の名前だ。

彼らも大会のメンバーを探していたようで、私達が2人組であるらしいと当たりをつけて声を掛けてきた、という訳だ。

しかし、まさか同時に2名集まるとは思わなかった。
どうすべきかと一応奴にも話したところ、

ニック「へ？別に全員で組みゃあ良いんじゃねぇでやすか？『3人以上』ってなだけであって『3人じゃなきゃ駄目』って訳じゃねぇみてぇでやすから。」

と、何ともアバウトな意見が返ってきた。
懐が広いのか、それとも単に何も考えていないのか。
私は後者に違いないと思うが、結局そのまま全員で組むこととなった。

ジン「……。」

どうやら2人ともかなり闘いなれている様子。
チーム戦をしたことのない私達が彼らの足を引っ張らないか些かの不安を覚える。

ニック「…？…アニキ、どうかしやした？」

尤も、そんな事などお構いなしな能天気な馬鹿者もいるようだが。