ENo.122 ルーノフューム

イコの記憶

仲間と手分けして森林の探索をしていた彼女の耳に、騒ぎ声が聞こえてきた。
躍動の世界と言ってもこの辺りはまだ静かで平和なところらしい。
だからこそ、その声は彼女にもはっきり聞き取れた。

「…だから、あなたは乱暴過ぎると言っているのです」
「いいじゃない、楽しければさぁ！」
「楽しいからと言って生き物を傷付けて良いことにはなりません」
「固いなぁ。あんた、そんなんだと友達いなくなっちゃうよ！」

「ああ、もう、こんなところで何騒いでるの！？」

騒いでいたのはふたりの少女だった。
放っておけば良かったのだが森の爽やかな雰囲気を害されたせいか、つい口を出してしまった。

「あら、お客様ですね。いらっしゃいませ」
「なによ、放っておいてよね！」
「あなたはまたそういう口のきき方をして…」
「うるさいなぁ、何でもかんでも文句言わなきゃ気が済まないわけ！？」

どうやら少女たちは絶望的に仲が悪いらしい。
彼女はすぐに口を出してしまったことに後悔したが、良く見ると何かがおかしい。
少女たちはそれぞれに異様な姿をしているのだった。
茶色い髪の少女の背中からは昆虫の脚のようなものが生えており、正直かなり気持ち悪い。
金髪の少女の背中には小さな羽が生えていてこれは少し可愛らしいが、その手足は半透明で向こう側が透けて見えた。
どちらも、人間ではないようだ。

「…それはお前も同じではないか？」

そう考えていたのが読まれたかのように、また別の声が聞こえた。
少女たちが言い争っていたのと少し離れてもうひとり、少年が切り株に座り込んでいたのだ。
少年の頭からは三本の大きな角のようなものが生えている。

「アナタが保護者？ま、見た目は一番子供みたいだけど、中身は違うみたいね」
「どうやら、異形に慣れているようだな」
「まぁ、ね。でも私は歴とした人間よ？」
「どちらでも良い………いずれにせよ、興味深いな」

少年の声が少し鋭く感じて彼女は差していた銃に手を伸ばした。
しかし敵意は感じられず、ただその金色の目だけがじっと彼女を見つめていた。

　※※※

急に辺りが暗くなったと思ったら、イコはテントの中にいた。
何だか身体の感覚がおかしいので掌を顔の前に出してみるとやけに小さい。
いや、そう言えばこの時はこのくらいだったし、そもそもこれは自分の身体じゃない。
これは別の世界で彼女が戦っていた時の記憶だ。

「あ、起きた」

テントの入り口がめくられて黒髪の少年、スルゲリが顔を覗かせた。
外では火が焚かれているのか明るい光が差し込んでいる。
明日の戦に備えてみんな準備をしているのだろう。
決戦の前の高揚感は宴となって賑やかな声を響かせていた。

「あれ、寝ちゃってた…って、アンタなんでここにいるのよ！変態！」
「装備新調しにここの工房寄っただけだよ、そういうの自意識過剰って言うんだぜ男女！」
「ひとのスカート捲ったくせに…」
「オマエ下にズボンはいてただろ！」
「変態じゃなかったらスカートなんか捲らないわ！」
「あぁもう、うるせえ、こないだの戦闘でぶっ倒れてたからわざわざ心配してやったのに損したぜ…ばーか！」

スルゲリを見た途端、彼女も当時のイコに戻って勝手に言葉が出てきた。
この世界ではいつもこんな風に喧嘩ばかりしていた。
しかし今思えば、それも楽しいものだったのだろう。

「アンタが心配なんて気持ち悪い…いいからどきなさいよ！」
「言われなくてもさっさと出て行くわ！」
「明日の準備をしなきゃならないからね！！」
「明日の準備をしなきゃならねぇからな！！」

そう言いながらふたりでテントを出て行くと周囲では他の戦士たちもそれぞれに動いていた。
武器の手入れをする者がいて、魔法の鍛錬をする者がいる。
おぅ、相変わらず仲が良いねぇ、と声を掛けてきたのは屋台を引いた料理人だ。
明日のために腹ぁ満たしてくかい、と開けた蓋から、湯気がもうもうと立ち篭めた。

この世界にも実に多種多様な冒険者が集まっていた。
そんな彼らでも同じ目的を持って焚き火を囲んでいると親近感が湧いてくる。
口喧嘩をしていても、明日にはともに命を懸けて戦うことになる。
だからこそイコは彼らにまた会おうとして―――

　※※※

「そんなに脚があるなら優しく追い払うこともできるでしょう？」
「いいじゃん、可愛いものを見るとつい力が入っちゃうんだよ！」
「少しは加減というものができないのですか？」
「あんたの文句も少しは加減したらいいんじゃない！？」

相変わらずの騒ぎに彼女が気付くと、元の森の中だった。
どうやら少し昔のことを思い出していたらしい。
もちろんそれが誰の仕業かはわかりきったことだ。

「なるほど、面白い力ね。満足した？」
「まだ未知の世界は多い、か」
「アナタも違う世界から来たのね？」
「ああ、だが、今はこの世界が問題だ」

少年も自分と同じように世界を渡ってきたと知って彼女は少しだけ親近感を覚えた。
それに目の前で繰り広げられている騒ぎとさっきの記憶が重なって懐かしさも感じる。
少女たちはまだまだ騒いでいるが、それでも森の爽やかさが戻ったような気がした。

「さて、私はそろそろ戻らなくちゃ。楽しかったわ。
　最後におせっかいかもしれないけど、あの子たちをちゃんと仲直りさせてあげるのよ？」
「そうだな…まぁ、心配ないだろうが」

そうね、と彼女も心の中で同意する。
喧嘩していても本心では認め合っていることは彼女も良くわかっていたからだ。

まだ当分は収まらないであろう騒ぎに彼女は背を向けて歩き出す。
去り際に少年の口元が少しほころんでいたのを見て、何故だかとても珍しい気がした。

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