ENo.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士

「よろしくね。さあ、新技いきましょうか」
「よろしい！　始めて結構ですよ！」
「お手合わせ、宜しくお願いします」
「おっと、取引の方もよろしく頼むな。んじゃま一戦、やるか」
「練習試合！よろしくね！」
「お手柔らかにお願いしますね」

取引相手兼、試合相手。
そんな中で浮きまくったカエシスに一斉に視線が向く。
主に私とファニアの視線が。

「…皆さん真面目ですね、私が浮いています。はっはっは」
「…………」

結局この試合は長時間すぎて何処からともなく現れたレフェリーが止めてしまったのだが。
…本当にどこから来たのだろうか。

「これでいきますか！　精神干渉」

Delusion

「口を閉じてください。腹の中身が飛び出ますよ」

カエシスはギミィを魅了した！(1)

「ッくそ……あぁもうやりにくいな！」

ここが唯一の見所だったかもしれない。
あ、もう一つ。新技が微妙すぎる多段だった。

―――――

「だいぶ召喚術も板についてきた感じがするの」
「はい。戦力、までは行きませんが壁としては充分ですね」

Pain trapで凄まじいオーバーキルを喰らったBrownieの勇姿を思い出す。
あれを受けたらただでは済まないだろう。私の場合ダメージを受けるのは鎧だけれど。

余談だが、あのBrownieは戦闘不能で還されたため報酬は無しと満場一致で決まった。

「ごーれむ？が新しく加わったねっ」
「土人形かな。有名な割に出てくるのは遅め…？」
「この先がまだ解らないから早い方かもしれないわ。使うのは明日からね」

強さは残念らしいけれども。
頭に浮かんだ召喚陣を羊皮紙に書き写し、読んでみる。

「召喚…にしては特殊ですね。体は現地調達のようです」
「何のゴーレムかは書いてないものね。クレイ、サンド、ウッド、ウォーター、ファイア…」
「ファイアゴーレム…今の時期なら温かくていいと思います」
「夏はウォーター！」
「んんと…ならここに書き加えれば…」

書き上げた召喚陣にすぐさま火炎媒体式と水霧媒体式の差分が出来上がった。
どうしても寒いとか暑いとかはどうにかできそうだ。こんな使い方をするのは他に居ないだろうけれども。

それらとは別に基礎だけ書いた陣を用意し、ひとまず遊びは終わりにする。
戦術以前に頭の痛いことを考えなければならない。

丁度よくカエシスとファニアが集まってきた。

　　「二人ともどうだった？」
　　「お二人の首尾は？」
　　「買い物は出来ましたか？」

三人同時だった。気があってるような合ってないような。
目配せしあい全員で荷物を広げる。全員もれなく微妙な表情になった。

「ポーションセットが1つも買えませんでしたねぇ…」
「そう言うカエシスは食べ物がないじゃないの」
「いやぁ、困りました」
「私も心もとないですが…なんとかなるでしょう。節制は慣れています」
「さすが本職の騎士ですな」

手持ちの単品ポーションはなかなかの物体を作るために潰してしまう。
入念に計算したのが裏目に出た。食べ物よりポーションを重視すべきだった。

嘆いても仕方ないのは解っているけれど、頭を押さえずには居られない。
魔力の消費を抑える限界はいつくるだろうか。休憩の予定もあまりなかったと思う。

「とりあえず、装備ができていればあとはなんとかなるでしょ。作製師不足のほうが困るもの」
「全くですな」
「街に近づけば或いは、程度に期待するしかありませんね」
「新しくするものも考えないと…」

各々の装備は新調できた。私は左手の中指に目を落とす。
金と銀の地で出来たリングにルビーの薔薇とアネモネが嵌め込んである指輪。

材料を軸、要といった部分に用いれば後は好きに造形できるこの世界は素晴らしい。
救援者に与えられた特別な能力かもしれないけれど。

「そういえば闘技大会ですかな、よろしくお願いします」
「そこそこ勝利したいところですね。頑張りましょう」
「足だけは引っ張らないようにするの」

現状、最も戦闘力がない自覚はある。
勝敗でオマケがもらえる闘技大会は大抵の人間が躍起になって勝利を狙うのだ。
三分の一が戦力にならないというのは相当のハンデだろう。

「このパーティで探索を続ける事は変わりません。自分たちに合った戦い方を見つけ、磨きましょう」
「安心して引っ込んで居られる分だけ召喚は便利ですとも。最後に誰かが立ってればいいんですよ」
「解ってる。…じゃ、ひとまず解散でいいかしら？」
「ではまたここで。迷子にならないでくださいね」
「ならないわよ！…多分」

ここから動かなければいいんだ。大丈夫だ。
この二人が一緒に居ないとき、何をしているのか私は知らない。
二人も私に干渉してくるわけでもなく、私からも干渉しない。

この関係を『冷たい』と取るか『心地がいい』と取るかは個人差として。
独りの時間が欲しいときには便利だと思う。

「さあ、また研鑽に励みましょう。あれをするために」
「ゴーレムの召喚陣は役立ちそうですね。あとはどこを弄るか」
「喚ぶための記述を見つけて書き換えればいいのよね」

基礎だけ書いておいた羊皮紙を広げる。基礎、というのは召喚術の『召す』部分。
招く、とか身体に取り込むという記述部だ。

「ここから『ゴーレムの魂』みたいな意味の部分を探すんですね」
「なんか五線譜みたい！歌えそう！」
「五線譜に見える……か……？」
「文字が音符に見えるくらいかしら…理解不明の文字なんて記号みたいなものだから」

口と手を同時に動かす。陣に沿って意味を一つ一つ解読しメモしていった。
自分の居た世界でなら簡単にアレンジできる召喚術。
しかしこの世界で効力を発揮させるならこの世界に合わせなければならない。

「……前から思っていましたが、魔力制御に関する記述が多いですね」
「やっぱり仕組みが違うの。それにセルフォリーフの召喚術は術者と召喚物の繋がりが強いみたいね」
「どういう事ですか？」
「ええとね…」

別の羊皮紙を広げ、人と巨大な鳥を描く。2つの間には［世界の壁］。
人には術者・セルフォリーフと添える。
鳥には召喚・異界。
召喚物がどこから来るかは判らないけれど仮に、と。

「この［世界の壁］に魔力で穴を開け、召喚物を呼び込む。これが召喚術ね」
「うんうん。ここの穴を繋ぐためにたっくさん魔力を使うんだよね？」
「そうなるわ。でも、セルフォリーフの仕組みだと…」

一直線に鳥、壁、人を繋ぎ、更に線を伸ばした先に鳥を描く。
ただし大きさは最初より小さめに。

「召喚物は一度、術者の体を通り、術者自身を媒体の一部として現れる。これは多分……」
「―――――召喚物の暴走を防ぐため、ですか」
「恐らくはね。もちろん全く別の要因で結果的にそうなった可能性もあるけれど」
「ううん……？」

完全に頭が追いついていない第三人格と第四人格のために言葉を探す。
『なんとなく解っている』ことを説明するのは難しい。
直接思考を流し込んでもいいけれど、それは情緒に欠けるというもの。

「恐らくだが、術者を通すことで召喚物を弱らせているんだ。制御できなくなった時の為にな」
「逆に言えば術者が強ければより強く顕現させられる、ということでもあるわ」
「つまり、強さを調整するために、魔力の流れにすごく気を使ってるんですか？」
「ものすごくアバウトに言えばそうよ。だって喚ぶための魔力があれば召喚自体は可能なんだもの」
「サイレンちゃんとミニドラちゃんだね！」

召喚後にも魔力の消耗があるタイプの術式。
それらは術後に放出される分の魔力が不足していても召喚自体は行える。

マイケルは？というのは愚問なので誰も言わなかった。
多分もう、宴会芸よりも低い扱いになっているはずだ。

「理論的にはマイケルばかり召喚して、いきなり神話級のものだって喚べるってことかぁ…」
「この世界の仕組みではね。ロマンがあっていいと思うけれど地道に少しずつランクアップして欲しいところなの」
「基礎ができてないと応用はできないけど、基礎ができてるからって応用できるかは別だもんね」
「筋力体力をつけても武器の扱いがうまくならないのと同じだな」

説明が終わった所で落書きされた羊皮紙を回収する。後で綺麗にして再利用しよう。
後は黙々と、ただひたすら術式を解析する。
メモ用にもう一枚羊皮紙を。理解できた場所の意味を書き込む。

…

………

「疲れたー！」

どれくらい時間が経ったのか定かではないが、私は顔を上げた。
同時に大きく息を吐いて肩を回す。

「お疲れ様でした。なかなか予想外の式でしたね」
「もう法則も解ったし大丈夫！ゴーレム方式でなら何でも作れるわ」
「パーツ式の魔法陣なんてかっこいい！」
「古の石板とかにほってありそうですよね」

ゴーレムに関するの記述を抜いた陣を新しい羊皮紙に描く。
そして別の羊皮紙にゴーレムの記述のみを書き写した。
二枚重ねればGolem召喚用の陣になるように。

「それにしても…どうしていきなり召喚陣の勉強なんです？」
「喚ぶだけなら書かなくてもできるよねっ」

地面に剣を刺したり空間を一閃するだけで召喚術は行使できる。
陣すら要らない。

だから改めて勉強する必要なんて本来全くないのだ。

「ちょっとね。遊べそうな物だったからっていうのが大筋の理由だけれど」
「大抵の場合、唐突な思い付きと暇潰しですよね？」
「暇潰しでおべんきょー…」
「こういうのは面白いからいいと思います。うん…」

これは本番。兼、予行練習。

―――――

「どう？おかしくない？」
「はい。変わりなく麗しく美しいですよ」

リンディは目の前にの髪を掬い、軽く口づけた。
他の人格とは感覚と思考を切り離している。これを知覚できるのは二人だけだ。

「そういう意味じゃなくて、ね？」

いつもと同じ黒い鎧に身を包んだリンディ。
黒絹と真珠のドレスに身を包んだリンディ。

片方は愛おしげに髪を弄び、片方は苦笑している。

「視ても触れても、匂いも全部同じですから」
「ありがとう。それじゃ、行ってくるの」

黒衣のひとり、或いは二人は闇に溶けた。

ぱなど（3199）さん、ふーりん（1000）さんの日記とリンクしています