ENo.96 トレニア＝フロイントリヒ

　夜の空気の中、同じ色の長い髪がなびいて、走り抜けた。
　太陽の沈んだ世界では、白を基調とした鎧装束はひどく目立つ。
　加えてプレートメイルという重装備が無遠慮な音を立て、使い手が身を躍らせるたびにその存在を知らせていた。
　計算通り、そして予定通りだ。
　隠れるつもりなどないのだから堂々と立ち、観客のいない戦場で笑みを浮かべる。

（――明るいですね）

　煌々とした月も、街から離れてるために見える夜空も、自分にとっては目を刺すようで、眩しすぎる位だ。
　自分の世界で星は砕け、聖痕として身に宿っている。
　光に見放された世界で育ったために、この世界では常に光を過剰に感じていた。
　闇が恋しいとは言えない、光がないために、弱って死ぬ赤子も目の前で見てきたから。

（――その時は、奇跡を使って）

　私が持つマーテルの聖痕は、願うなら死者を引き戻す事も出来る。
　条件が一致した時のみに使える、文字通りの奇跡。
　英雄足らんと身を差し出す覚悟を固め、聖痕が応えようとすれば闇の鎖を砕いて顕現するだろう。
　尤も、アルカナの加護が届かないこの世界では余り意味がないが。

　◆

　少し前の夜更け。
　依頼地点につく直前にて、私は適当な場所を見繕って地に膝をついた。
　術式展開、一秒足らずで障壁を固定し、襲撃への備えとして本番の術式を唱え始める。
　地についた手が魔方陣を広げ、白い光が身を包んだ。絶えず沸き上がってくる光の飛沫は逆流する滝のようにも見える。
　自分に作用させる術は活性化、体に残った活力を増幅させ、空腹や疲労をまとめて塗りつぶす術式だった。
　次第に光が収まり、肉体の感覚が消えて一息をつく。
　空腹に逆らうというのはなんというか、人間としてまっとうな生き方をしていないのだが、個人的に食べるも食べないも余り代わり映えはしなかった。
　しかしあまりほめられたことじゃないので、教会にいた時はこの術式を禁じられたりもした。
　思わず「先輩も時々使ってるじゃないですか」って暴露したら、世話役がキレて大変なことになった。
　根本的な解決にはならない、元ある活力を使っている以上、術が持つのは体力が続く限りなのだから。
　だから力を得られたとしても、内側には空洞を感じたままだ。
　魔力で支えたとして、体が持つのはおよそ三日くらいだろう。

（今日、三日目なんですよね……）

　好きでやっている、つまり自分が望んだのだから文句などあるはずもない。
　『三人分』の依頼品を持って村へと向かう、この先の村にて、恐らくは……。

　◆

　そして今。依頼先の村へとたどり着いた後、私は『予定通り』に村へと向かう道を逆走していた。
　届ける先の村が、よく襲撃を受ける事は事前情報として知っている。
　今回の依頼でそれに鉢合わせする事は覚悟していたし、事実そのとおりになった。
　たまには外れてくれてもいいと思うのだけれど、そうなった試しがないから、諦めつつ笑い飛ばすしかない。

　村にて六体の敵と遭遇し、私は迷わず下がる事を選択した。
　敵が見えなくなる前に足を止める、挑発としての術式をぶち込む。
　こうして敵を後方に従えながら、目印となる鎧の音を派手に立て、私は『合流地点』へと向かっていた。

　血迷った訳でもなければ、依頼放棄するつもりもない。
　私の仕事は村にてモンスターと遭遇した後、それを『合流地点』へと連れて行く事だった。

　シルベリスは一度街へと向かい、三人分の補給を抱えて時間が許す限りの移動を行う。
　私は街に寄らず村へと先行し、シルベリスがいけそうな地点まで敵を引きつけていく。
　結果、私はシルベリスから補給を受け取り、シルベリスも私と合流して依頼をこなすことが可能になった。
　こうして私たちは依頼と補給を同時に成立させた。
　軽い裏技だが、何の問題もない。合流して分け合う、それだけの話だ。

　◆

　……日差しが眩しい。
　夜更けから合流地点へと突っ走って、結局そこそこの休憩だけで夜を明かしてしまった。

（でもまぁ……本番はこれからですから）

　場所は見晴らしのいい平原、依頼は継続中。
　後は仲間の合流を待って、連れてきた敵をぶちのめすだけ。
　だいぶ余裕を持ってエルがたどり着き。なんか色々ペットに背負わせて、シルベリスが到着した。

　◆

　戦闘態勢に入ると共に、癒しの魔術陣を広げ、固定。
　白い円はスカートより一回り大きく、シンプルな形そのままに使い手へ付き従う。
　直後、身を落とすとより強い魔力の奔流が湧き上がった。強化された筋力は鎧の重量をものともせず、防御力を得たままに、本来の素早さへ近づいていく。
　息を落とし、軽く踏み込んだ。
　武具は聖なる力を帯び、使い手に加護を与える。斬撃を加えて対峙、横から何か突き刺した音が聞こえたかと思えば、エルの呪いが敵の体力を奪い去る。

　敵は六体、数の暴力もそうだが、時折行なってくる跳びかかりがまず油断ならない。
　軽くいなした傷は、直後にシルベリスが祝歌を詠み上げて癒し切った。
　そして私の準備が整う、武具の祝福を維持したまま、剣に力を込め――。

　敵を断ち切った。
　食い込んだ剣に手応えを感じる、思ったより深いが、まだ動くことだろう。

「――aufsaugen《奪え》」

　コードを口にすると、突き刺した剣が強引に敵と魔力のリンクを確立させた。
　リンクは一方的で、ただ此方が敵から魔力を吸い上げて途切れる。剣を振り抜かれ、虫の息になった敵へエルが笑顔の追い打ちを放つ。
　確実に戦闘不能だ。しかし用心深さがある、私たちは確実に仕留める事を決めていたから、結果としてシルベリスが死体に鞭打つ事になってしまった。

　◆

　敵の数さえ減らしてしまえば、後は地力で負けることはない。
　慎重すぎるくらいの作戦だったが、無事功を奏して依頼は成功していた。
　とは言え、一日休んだら次の依頼予定がある。
　先に手配するとか、引き付け役を交代するだのという話になって、シルベリスとは今回帰り道で分かれていた。

　大した傷もないのが幸いだ。
　これなら着替えた後に、さくっと文化祭へ行くことが出来るだろう。
　術式が続いているため、体調も悪くないと感じるのは喜んでいいのだろうか。
　とはいえ食事をしないと夜にはぶっ倒れてしまう、体を驚かさない程度に、少しずつ（りんごとかチーズとか、生で）食べないと。

　――正直、食事の場所をそこに定めた理由は、単に物好きとしてメイドを見物したくなったとかそんな話だった。
　依頼帰りのせいで、昼からはかなりの時間が経っている。
　途中、食事した店で従業員が一人暴れかけるというハプニングを微笑ましく思いながら、占い関係の店に二つほど立ち寄った。
　出店の性質はさすが魔法学校だと思うべきなのだろうか。

（……そういえば……）

　喫茶店と店二つ、なんかたてつづけに同じ人を目撃した気がする。
　さて、二日目で同じ偶然は果たして続くでしょうか……？