ENo.928 蒼月樟葉

TURN-9

「反射がカウンタートラップの役割をするのはずるい」

「流石に倒れるんじゃねぇかと思ってひやりとさせられやしたが」

「頑丈に産んでくれた親に感謝しとけ」

「前衛がかよわい私一人なのはずるい」

「勝手に前出てるクセに何を言うかこいつ」

「向こう岸が見えてるのに泳いで渡れないのはずるい」

「渡れたとしてもおっさん肺弱いから連れてけないぞ」

「へへぇ」

「置いてくわー」

「それもそうだな」

「ひでぇ」

そんなこんなで落とし穴を反射され続けた甲斐が有ったのか無かったのかは別として。
新たに二枚のカードが手に入った。
一枚は既に効果が記述されたカード、速符「声援」。
そしてもう一枚は英語名のみが刻まされたカード、「Waylay」。
こうして入手した直後から効果がわかるカードとそうでないカードがある。
その理由は私にはわからない、特に説明されたわけでも無いし。
他にもこのカテゴリー別け、速符と魔符の違いも感覚的には分かるけど、まぁいいか。
今日も先日に引き続きサポート役のメリアに声を掛けても応答が無いのでいよいよもって忙しいのだろう。
しかしサポート役だというのにこうも居なくなられると本当にサポートなのかと気になってしまう。
まぁぶっちゃけ居ても居なくてもそう変わりはないのだが、喋る相手が居ないと暇に輪をかけて暇だ。
かといって他の人に見えない相手に喋りかけてる姿はあまり人に見られたくないけど。
もはや手遅れな感じもする。
そもそも話しかけなければあっちも返して来ないんだから大体一人で喋ってるように見える原因は私そのものにあるんだけど。
退屈の使い方は何年経っても覚えられない。
本を読むのも好きになれない、そもそもここには本なんて殆ど無いけど、あるとしても技術書ばっかり。
私は勉強とかそういうのが嫌いだ。
嫌い、と言うよりは苦手なのかもしれない。
ただそういった事をさせられ慣れていない。
学校なんて仕事で学生として潜入した事が数度、どれも長くて三ヶ月程度の在学。
その度に違和感が無い程度の局所的な情報を叩き込まれるだけ。
おかげさまでカバー範囲はチグハグ、役立てる機会は無い。
それに教育っての自体があまり好きじゃない。
なんだか誰か顔も知らないヒトの思惑を押し付けられているみたいで、気持ち悪い。
私には洗脳と同じ印象しか抱けない。
じわりじわりと脳味噌を侵食していく。
淡々とした調子で山場も無く進み思考力を奪って行く。
正常な判断が出来ない状態を作り出し隙間にすりこんでいく。
そうやって思想を統一して扇動しやすい地盤を作る。
そんな事をして一体何をしようとしているのか……。
ま、考えても私のようなイレギュラーは無関係なんだろうし。
今そんな事を考えたところでそういった世界に居ない状態なんだし。
大体そういう意味じゃ私はもっともっと恐ろしい洗脳を受けて育ってきたのだから。
そう、私はあのimitationから教育を受けていたのだから……。

それは私が１０歳の頃だ。
忌々しいこの体質になる５年前。
奴は私と、双子の弟の家庭教師として現れた。
今と寸分違わぬ姿で、寸分違わぬ笑みを浮かべて。
家庭教師と言ったがその授業内容はその枠に収めるには大きすぎた。
私達の武術の師であり、それ以前より習っていたモノを基本に様々なモノを教えられた。
勿論それらはスポーツではなく実践的なモノ、つまりは敵を破壊する為のモノだ。
私達の魔術の師でもあった、人為らざる者である私達は使う使わざるに関係なくある程度の魔力を内に生まれ持っている。
私達の寿命はこの体内に残る魔力が尽きた時だ。
減る一方ではなく、増やす方法も勿論ある。
何せ私の祖父は齢３００を越えた古狼だった。
最終的には命を維持するのに必要な魔力を補給しきれず静かに死んでいったが、結局父よりも長生きした。
私達の種族は内包する魔力は高いがそれを魔法として使うのは苦手な種族で体術が基本だった。
出来て簡単な身体強化、自動的に発動する身体再生、普段よりも強力な獣化、そんなところだ。
それでも私と弟はimitationの指導により種族としては異例の魔術師となった。
勿論、他の種族と比べれば劣る、凡庸な人間の魔法使い程度だ。
私は極々一般的な魔術しか使えなかったが、弟は獣化と身体強化に関して更に異様な才能を発揮した。
私達の種族は獣化する場合全身を獣とする事しか出来ない。
これは種族的な縛りであり原因は不明だが、その中で弟は体の一部を獣化し、尚且つそれを更に強化出来る様になった。
逆に一般的な魔術は殆ど使えないままだったが、この違いによって弟の方が優れていると周囲から言われ始めた。
１２の頃だ。
凡そ２年の歳月でそこまで叩き上げられた私と弟はその後３年別々に分かれ違う事をさせられた。
しかしその中でも１年に１度だけ私と弟は再会させられた。
理由は成長度合いの比較だ、極々限られた身内達が遠巻きに見守る中私と弟はどちらかが死ぬ寸前まで戦わされる。
３回行われた結果は……私の全敗。
当然周囲の評価は弟が上だ。
私は弟に劣る、名前の通りクズに育った、樟葉ではなく屑刃だ、と揶揄されるようになった。
私は別になんとも思わなかった、私には弟を目の前にして、年々変わっていくその姿を見て。
とても死闘を繰り広げる気にはならなかった。
一度目の戦いの時、私はもはや弟の敵でしかなかった。
初めて二人で死ぬまで戦えと言われた私は拒否したが弟はそうではなかった。
言葉少なく、脅すように私に声を掛けて来た時のその眼はもはや正気には見えなかった。
二度目の戦いの時、見物人は一人も現れなかった。
私は不審に思いながらも空の闘技場で弟を待った。
弟は少し後れてやってきた、私と弟しか居ない空間で開始の合図は無かった。
速度では私の方が上だが攻撃力が圧倒的に弟が上だった。
その速度も部分獣化によって埋められ、私は両足を砕かれ、その場で食われながら犯された。
破瓜の痛みは首筋を深く噛み付かれる痛みと混じりわからなかった。
後から聞いた話だが、来る予定の人物達は全員殺されていたらしい。
犯人は特定されていないが、恐らく弟がやったのだろう。
三度目の戦いの時、１５歳の誕生日、その一週間前だ。
見物人はimitation、父、祖父、そして見覚えのない少女の四人だった。
私はこの時初めて祖父の姿を見た。
imitationの合図、私は動かなかった。
もういい、こんな事を続けるなら、それにこの身を別けた弟になら、殺されても良いと思っていた。
闘技場の対極から一直線に駆けて来る弟が見える。
あの爪が、あの牙が私に届くのは刹那だろう。
瞳には怒りが映っている、何をそんなに怒っているのだろうか。
私は無意識に胸に飛び込んでくる子供を抱きとめる時のように両手を軽く広げていた。
ごめんね―――。
何故そう口にしたかは今でもわからない。
まるでフェンリルのような巨大な口が私を飲み込んだ。

私と弟。
双子は１つの存在を２つに別けたモノ。
それは等分ではなく。
私の中身が弟だった。
中身を失った私はただのクズだった。
私という邪魔なモノを捨てた弟は本来の私だったのだろうか。
私から消えた中身の代わりに私の中を満たすモノは何なのだろう。
隙間どころかそのぽっかりと空いた穴に詰め込まれたモノは何なのだろう。
私は……私なのだろうか……。
それとも私は―――。