ENo.854 享楽

（違う世界にいると言っても、年末年始はどこも同じように忙しいようだ。）
　年始の準備をしている人々を眺めながら享楽はしみじみ思っていた。

　享楽が今居る場所はセルフォリーフにある小さな集落である。
　人口で言うと30人ぐらいだが、そのすべてが親戚筋であるという。
　放牧をしながら各地を回る民で、簡単に組立ができるようになっている家と数多くの羊や馬の群を率いて季節に応じて土地を巡っているらしい。
と、ここまでが集落の長に享楽が聞いた話である。
　この集落に享楽たち一行が訪れたのは半日前の話なのだが、訪れるまでに一悶着あった。

　それはちょうど半日前、ソニアが確保した子羊をフィンチと享楽がどのようにして食べようか相談していた時である。
　突如焚いていたたき火近くに矢が突き刺さった。
　すわ敵かとこちらが戦闘態勢を整えると、目の前の草むらから弓を担いだ3人の若者が草をかき分け出てくる。
「いきなり何をする！」
　ソニアが声を挙げると、3人の若者のうち中央の男が
「うるさい！この羊泥棒め！！」
　と、声を荒げこちらへ言葉を返してきた。
「？何の事さ？」
　享楽が首を傾げ、フィンチへ伺うような目を向けるが目線の先でも傾げた顔が見えるだけだった。
「何をとぼけたことを！うちの･･･モガ」
　さらに声を荒げようとした中央の若者を両脇に控えた2人が片方は羽交い締めに、もう片方は口をふさぐ。
「いきなりの無礼、失礼した。」
　わめく男の口をふさいだ方が、こちらへ頭を軽く下げる。羽交い締めにしている方も目礼でこちらへと謝意を表していた。
　自由を奪われた若者のみが非難する眼差しで自由を奪った二人をみているが睨まれた方はどこ吹く風だ。
　いきなりの出来事に戸惑っていたソニア、フィンチ、享楽の3人も若者たちの謝罪を受け警戒レベルを一段下げた。どうやら、何か理由があるようである。

　頭を下げていた男の名はアイン、目礼してきた男の名はマウント、最初にわめいていた男の名はレギンスと名乗ってきた。
　話を聞くところによるとこの3人、ちょっとした集落から来たらしいのだがその理由というのが、
　「実は、集落を移動させる途中に子羊が一頭居なくなっているのに気づいてな、慌てて探索隊が結成されて各方面に探しに出たというわけだ。」
　アインがそう言うと、その後を次ぐようにマウントが話し始める。
　「たかが子羊一頭に大げさなと思われるかもしれんが、生活の糧であると同時に集落の財産でもあるからな。財産が無くなった訳だから、かなりの騒ぎになるわけだ。」
　「で、探してたところに子羊を食べようとしてる身なりも怪しい集団が居るわけだ。泥棒と思うだろう。あ痛っ」
　レギンスが声高らかに言い放つと、マウントの大きな拳がその頭へと突き刺さる。同時にアインはため息をつきながらこちらへ頭を下げる。
　「このような簡単な仕事では経験浅い若輩を隊のまとめ役に据えるのが通例でな。人を率いるという経験を積ませるのが目的なのだが、このレギンスは先走りがひどくてかなわない。」
　「まぁ、若さ故の勢いとも言えるのだがな!!羨ましい限りだ。がははは。」
　アインがうなだれている横でマウントは大笑いをしている。どうやらこの二人、見た目通り正反対の性格をしているらしい。アインの苦労性とマウントの豪快性でレギンスの無茶を制御しようとしているのだろう。
　「いや、こちらも悪かったのだ。」
　2人の様子を観察していたソニアが軽く頭を下げながら話し始める。
　「そもそも、こんな森の中に子羊が一頭でウロウロしていること自体おかしいのだ。どこかから逃げ出してきたのかもと少しは思うべきであった。」
　「私たちもお腹空いてたしね！！そんなこと考える余裕なかったよね！」
　「しっかし、この子羊は返さないとねぇ。財産とまで言われては、無断でお腹に入れる訳にもいかないさ。なにより、そんな事したらこの人たちが何するか･･･」
　フィンチがあっけらかんと言うそばで、享楽は3人の男をからかうような目で眺めている。
　（実際戦闘になれば俺たちが簡単に負けることはないが、3人の男の実力もわかっていない。男たちもむやみに暴力を振るうつもりはないようだし、ここは男たちがどう動くのか観察したいところ･･･と、いうか良い暇つぶしができた！！）
　そんな考えが透けるような顔をした享楽にソニアの拳が頭頂に炸裂する。
　
　蠢く享楽を文字通り尻目にして、ソニアとフィンチは3人の男へ子羊を引き取るように話を持ちかける。
　男たちもソニアやフィンチと話をする方が早く問題が解決しそうだと思ったのか、2人の話に頷きながら今後の対応について話し始めた。
　蠢く享楽がその痛さから立ち直ったとき、その目に映ったのはソニアとアインが握手を交わし、フィンチとマウントが拳を突きつけあっているというすべて問題は解決した！と、言うような光景であった。
　ちなみにレギンスは少し皆と離れたところで子羊に何か話しかけているようだが、何を言っているのかはわからない。
　短編的に「･･･リーダー･･･俺･･･」と言った言葉が風に流されて来ているような気がしたと後に享楽は語っている。

　交渉の結果、
\x87@子羊はアインたちに返却。
\x87Aお礼と言っては何だがアインたちの村にソニアたちを招待。
\x87Bどうせだからみんなで年越ししようぜ！！
　と、いう事が決まったと歩きながら享楽はフィンチに聞いていた。
　こうしてソニア、フィンチ、享楽の3人はアイン達の集落へと赴くことになったのだ。

　そして今日は一年で最後の日。
　子羊を保護してくれた恩人であると同時に来客という立場を得た享楽達は、年越しの宴が行われる夜までゆっくり休んでくれと各個部屋を与えられていた。
　享楽が部屋の窓から外を眺めると、そこには年越しの準備に追われる大人や子供が縦横無尽に走り回る景色が広がり･･･その様子を眺めながら享楽は元の世界にある自分の田舎の景色によく似ていると、日も暮れたき火の火が辺りを暖かく照らし出すまで故郷とこの集落を想いながら年末の時間をのんびりと過ごしていた。

　そう、狂乱の年越し宴がその背へと足音をたてながら近づいてくるのに気づきもしないまま･･･

（次回へ続く）